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第3章 血の叫び
61 客人
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日に日に空気が温み、沿道の緑も一段と濃さを増した頃、新藤が外の現場での補助に一希を指名した。
デトン五百キロの安全化。一希は受注から現場の下見、準備段階、安全化当日までの流れを初めてつぶさに見守り、実際の処理では道具渡しをメインとする補助業務を担当した。
爆弾自体は処理室で見るオルダよりも圧倒的に巨大で破壊力も桁違いだが、自分で直接手を下す緊張感に比べれば、補助の方が気は楽だった。
一希向きの手頃な仕事がない時には、新藤は自主的な探査を計画し、全ての作業を一希にやらせた。以前一希が探査を見学した際、新藤の監視のもとで作業を行っていた村越も、この春から中級補助士になっているだろう。負けてはいられない、と士気が上がる。
古峨江にもいよいよ梅雨が訪れようかというある日の夕方。買い物を済ませて帰宅した一希は、玄関から「戻りました」と声をかけたが、返事がない。なるほど、処理室の赤ランプが点いている。
しかし、一希が廊下に上がると、台所からガサゴソと物音がした。
(あれっ?)
処理室のランプは中から鍵をかけなければ点かないはずだから、点灯時は処理室の中にいるはずだが……。
台所を覗き、先生、と声をかけようとした瞬間、その息が喉の奥で凍り付いた。その場にいたのは明らかに新藤ではなかった。短いポニーテールを結い、ショートパンツから肉付きの良い脚を気前よく露出した何者かの後ろ姿が、お菓子類の入った棚を物色している。
「ちょっと!」
と、一希が思わず声を上げると、相手が弾かれたように振り向き、慌ててイヤホンを耳から外した。途端にシャカシキシャカシキと音楽らしきものが微かに漏れ聞こえる。
(何? 泥棒……?)
向こうも同じぐらい警戒した様子でじっとこちらを見つめ、遠慮がちな声を発した。
「一希さん、ですよね?」
「どちら様で……」
と言いかけて、一希ははたと気付いた。そばかすを散りばめた、やや挑戦的な、それでいてあどけなくもある女の子の顔。
「あ、もしかして、檜垣さんとこの……」
「はい、檜垣ミレイです。お邪魔してます。ケンケンが適当にやってろって言うから……」
「あ、ごめんね、びっくりさせて。お腹空いてる? 残り物でよければあっためるけど」
「いえ……カリントウ、少しもらってもいい?」
「あ、もちろんどうぞ」
器を渡してやると、ミレイは袋から遠慮がちにカリントウを五つほど出して食べ始めた。半年あまり前、一希たちが訪ねた時に挨拶にすら下りて来なかった子だと思うとどう扱うべきか迷ってしまうが、そこまで尖った雰囲気ではない。
「この間はごちそうさま、おいしいお鍋。ミレイちゃんも食べた?」
「ああ、ソーセージスープね。なんかあれ飽きちゃった。でもプリンはおいしかったよ」
「よかった、食べてくれたんだ」
「ケンケン絶対持ってこないし、ああいうの。いっつも食べて帰るだけ」
「そんなことないよ。ミレイちゃんたちに会えるの、すごく嬉しいんだと思うよ。ミレイちゃんだって、今日は新藤先生に会いに来たんでしょ?」
「私、家出したんだ」
「えっ、家出!?」
「そう。家出」
「どうして?」
「なんか話通じないんだもん、うちの親」
何の話が通じないのかにまで踏み込むことははばかられた。
「そう……でも、心配なさってるんじゃない? ここにいるってことはご存じなの?」
「うん、さっきケンケンが電話したから」
なるほど。新藤がこっそりかくまっているわけではないのだ。それなら安心。
デトン五百キロの安全化。一希は受注から現場の下見、準備段階、安全化当日までの流れを初めてつぶさに見守り、実際の処理では道具渡しをメインとする補助業務を担当した。
爆弾自体は処理室で見るオルダよりも圧倒的に巨大で破壊力も桁違いだが、自分で直接手を下す緊張感に比べれば、補助の方が気は楽だった。
一希向きの手頃な仕事がない時には、新藤は自主的な探査を計画し、全ての作業を一希にやらせた。以前一希が探査を見学した際、新藤の監視のもとで作業を行っていた村越も、この春から中級補助士になっているだろう。負けてはいられない、と士気が上がる。
古峨江にもいよいよ梅雨が訪れようかというある日の夕方。買い物を済ませて帰宅した一希は、玄関から「戻りました」と声をかけたが、返事がない。なるほど、処理室の赤ランプが点いている。
しかし、一希が廊下に上がると、台所からガサゴソと物音がした。
(あれっ?)
処理室のランプは中から鍵をかけなければ点かないはずだから、点灯時は処理室の中にいるはずだが……。
台所を覗き、先生、と声をかけようとした瞬間、その息が喉の奥で凍り付いた。その場にいたのは明らかに新藤ではなかった。短いポニーテールを結い、ショートパンツから肉付きの良い脚を気前よく露出した何者かの後ろ姿が、お菓子類の入った棚を物色している。
「ちょっと!」
と、一希が思わず声を上げると、相手が弾かれたように振り向き、慌ててイヤホンを耳から外した。途端にシャカシキシャカシキと音楽らしきものが微かに漏れ聞こえる。
(何? 泥棒……?)
向こうも同じぐらい警戒した様子でじっとこちらを見つめ、遠慮がちな声を発した。
「一希さん、ですよね?」
「どちら様で……」
と言いかけて、一希ははたと気付いた。そばかすを散りばめた、やや挑戦的な、それでいてあどけなくもある女の子の顔。
「あ、もしかして、檜垣さんとこの……」
「はい、檜垣ミレイです。お邪魔してます。ケンケンが適当にやってろって言うから……」
「あ、ごめんね、びっくりさせて。お腹空いてる? 残り物でよければあっためるけど」
「いえ……カリントウ、少しもらってもいい?」
「あ、もちろんどうぞ」
器を渡してやると、ミレイは袋から遠慮がちにカリントウを五つほど出して食べ始めた。半年あまり前、一希たちが訪ねた時に挨拶にすら下りて来なかった子だと思うとどう扱うべきか迷ってしまうが、そこまで尖った雰囲気ではない。
「この間はごちそうさま、おいしいお鍋。ミレイちゃんも食べた?」
「ああ、ソーセージスープね。なんかあれ飽きちゃった。でもプリンはおいしかったよ」
「よかった、食べてくれたんだ」
「ケンケン絶対持ってこないし、ああいうの。いっつも食べて帰るだけ」
「そんなことないよ。ミレイちゃんたちに会えるの、すごく嬉しいんだと思うよ。ミレイちゃんだって、今日は新藤先生に会いに来たんでしょ?」
「私、家出したんだ」
「えっ、家出!?」
「そう。家出」
「どうして?」
「なんか話通じないんだもん、うちの親」
何の話が通じないのかにまで踏み込むことははばかられた。
「そう……でも、心配なさってるんじゃない? ここにいるってことはご存じなの?」
「うん、さっきケンケンが電話したから」
なるほど。新藤がこっそりかくまっているわけではないのだ。それなら安心。
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