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第2章 修練の時
53 実践
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新藤はロプタをまず三つ立て続けに解体し、そこで一旦ヘルメットを外した。一希もそれに倣って自分のヘルメットを外す。
「お前の居場所はどうやって決めた?」
「居場所?」
「どこにいてもいいと言ったろ。なぜその位置にしたんだ?」
「それは……遠すぎたらお手元がよく見えませんし、何か……もちろん何もないとは思いますけど、万一何か不測の事態が起きた時にぱっと対応できる程度の距離で、でも禁戒半径からは一応出ておいた方が予備要員としての安全が確保できるかなと思いまして」
禁戒半径とは、オルダの爆発時に防爆衣を着用していなかった場合、即死もしくは重傷に至る距離のことだ。一般的には二メートルだが、一希は念のため二メートル五十センチほど空けていた。
「ん。正解だ。お前の安全感覚はどうやら天性だな」
「えっ?」
「お前が学校帰りに通って来てた頃、遠隔抜きのセットアップをさせたろ? というかまあ、実際にはやらせなかったわけだが」
「ああ、そうでした。懐かしいですね」
「あの状況でやってみろと言われれば、普通はどうやってセットするかに気を取られる。しかしお前は何がまずいかを全部自分一人で洗い出した。並の素人ではそうはいかん」
「あ……え?」
「実技には期待してないとあの時言ったろ」
「はい……」
「土橋が『口答え』と呼んでるものの正体を確かめたくてな」
「正体、ですか?」
「お前はそれを『純粋な不明点』と呼んだ」
「そう……ですね」
新藤の記憶力の良さに改めて驚かされる。あの遠隔抜きのテストを経て、決して口答えしているつもりはないと説明を試みた時のことだ。
「何かが引っかかる、基礎的な理論と矛盾する、筋が通らない……そういう事柄を不明点として瞬時に認識できるってのは、才能だ」
「そう、なん、ですか?」
一希は驚いて舌を噛みそうになった。
「与えられた状況を疑ってかかることは非常に大事だ。しかし、この疑う習慣ってやつを教えるのは難しい。もちろん訓練で改善は可能だが、基本的には持ってるか持ってないかだからな」
あのテストにそんな意味があったなんて、一希は想像だにしていなかった。自分の呑み込みの悪さと「口答え」を、新藤はあくまで大目に見てくれているのだと思っていた。まさか長所として評価してくれているとは……。
「ちなみに、ここでの非常時にはこれを使う」
と新藤が指差したのは、すぐそばの壁に設置された白い電話機のようなもの。作業時の新藤の背後にあたり、腰の高さより少し下になる。
「発信専用の電話だ。受話器を外すと、自動的に埜岩の緊急用番号にかかる。発信元は向こうでわかるようになってるから、最悪しゃべれなくても受話器を外したままにしとけば、爆弾専門の救護要員が来る」
先日、一希が合格通知とともに受け取った『不発弾処理補助士業務細則』にも、陸軍が立ち会わない業務における事故発生時は、救急隊ではなく陸軍に通報すること、とあった。陸軍が立ち会わない業務とはすなわち、探査やオルダ解体だ。
怪我人の救護にあたる者は必ず防爆衣を身に着け、付近にある活性の爆弾をまず禁戒半径外に移動させることも規定されている。
「この受話器を外すことができない状況っていうのは、想定されてないんですか?」
「想定するとすれば、複数人での作業が理想的ではあるな」
「そうですよね」
新藤がいつも一人で処理室にこもっていることが、一希は少なからず気になっていた。自前の処理室を持っている処理士など全国的にも稀だろうから、明確な規則がないことは想像がついた。実際、業務細則にもオルダ解体を必ず複数名で行えとは書かれていない。そこは処理士個人の裁量に任されているということだ。
新藤は受話器に目をやり、しばし考え込む。
「俺はもう意識までなくなってりゃ運の尽きだと思ってきたが……お前が一人で作業するようになったら考えた方がいいかもしれんな」
少なくとも補助士であるうちは、一人で作業することはないわけだが……。
爆弾に触れている時に爆発が起きれば、防爆衣に守られず手袋だけに覆われた両手は吹き飛ぶおそれがある。その状態で意地でもこの受話器を蹴り落とすという覚悟が、一希にあるとはとても言えなかった。
その後の解体はひたすら同じ作業を繰り返すだけだからと、一希は見学を続ける代わりに安全化済みの爆弾での練習を命じられた。ただし、いつもの大机ではなく、処理室の作業台でだ。隣では新藤が本物を着々と解体している。
作業内容自体はこれまでの練習と同じだが、一希は経験したことのない緊張感と闘っていた。これが本物だったら、気を抜けば冗談抜きで死人が出る。それを実感させるのに十分な空気がそこにはあった。
それからというもの、タイプの異なるオルダが届く度に新藤が解体を実演してみせ、その後一希が同じ型を不活性版で練習するというパターンが続いた。
今日もまた、新藤が子爆弾の入ったプラスチックケースを持ち帰り、台車に載せて慎重に処理室へと運んだ。いつもの光景だ。
「今から解体、ですか?」
「ああ。やってみるか?」
「えっ!?」
思わず声が裏返る。
「お馴染みの典型ストロッカだぞ」
一希がこれまでに練習してきたオルダの中でも、一番回数を重ねているのがこのタイプだ。それは、そもそもの絶対数が多いからでもある。
「やってみるって、補助じゃなくて、その、つまり……」
「解体をだ。オルダ解体の補助なんて仕事は理論上にしか存在しないからな。練習にもそろそろ飽きたろ。お待ちかねの本番だ。感謝しろ」
「あの、でも中級レベルで解体作業って、あり……ですか?」
「もちろん全ては俺の責任で行う。しかし監督下であれ何であれ、解体を丸ごと補助士にやらせるというのは明確には認められてないグレーゾーンだ。だからまあ、くれぐれも口外しないという条件付きにはなるが」
一希がどこかでうっかりしゃべろうものなら、全面的に罪を被るのは新藤だ。そんなリスクを冒してまで一希にやらせる理由はただ一つ、一希を成長させるためでしかない。
「わかりました。ありがとうございます。やらせてください」
「お前の居場所はどうやって決めた?」
「居場所?」
「どこにいてもいいと言ったろ。なぜその位置にしたんだ?」
「それは……遠すぎたらお手元がよく見えませんし、何か……もちろん何もないとは思いますけど、万一何か不測の事態が起きた時にぱっと対応できる程度の距離で、でも禁戒半径からは一応出ておいた方が予備要員としての安全が確保できるかなと思いまして」
禁戒半径とは、オルダの爆発時に防爆衣を着用していなかった場合、即死もしくは重傷に至る距離のことだ。一般的には二メートルだが、一希は念のため二メートル五十センチほど空けていた。
「ん。正解だ。お前の安全感覚はどうやら天性だな」
「えっ?」
「お前が学校帰りに通って来てた頃、遠隔抜きのセットアップをさせたろ? というかまあ、実際にはやらせなかったわけだが」
「ああ、そうでした。懐かしいですね」
「あの状況でやってみろと言われれば、普通はどうやってセットするかに気を取られる。しかしお前は何がまずいかを全部自分一人で洗い出した。並の素人ではそうはいかん」
「あ……え?」
「実技には期待してないとあの時言ったろ」
「はい……」
「土橋が『口答え』と呼んでるものの正体を確かめたくてな」
「正体、ですか?」
「お前はそれを『純粋な不明点』と呼んだ」
「そう……ですね」
新藤の記憶力の良さに改めて驚かされる。あの遠隔抜きのテストを経て、決して口答えしているつもりはないと説明を試みた時のことだ。
「何かが引っかかる、基礎的な理論と矛盾する、筋が通らない……そういう事柄を不明点として瞬時に認識できるってのは、才能だ」
「そう、なん、ですか?」
一希は驚いて舌を噛みそうになった。
「与えられた状況を疑ってかかることは非常に大事だ。しかし、この疑う習慣ってやつを教えるのは難しい。もちろん訓練で改善は可能だが、基本的には持ってるか持ってないかだからな」
あのテストにそんな意味があったなんて、一希は想像だにしていなかった。自分の呑み込みの悪さと「口答え」を、新藤はあくまで大目に見てくれているのだと思っていた。まさか長所として評価してくれているとは……。
「ちなみに、ここでの非常時にはこれを使う」
と新藤が指差したのは、すぐそばの壁に設置された白い電話機のようなもの。作業時の新藤の背後にあたり、腰の高さより少し下になる。
「発信専用の電話だ。受話器を外すと、自動的に埜岩の緊急用番号にかかる。発信元は向こうでわかるようになってるから、最悪しゃべれなくても受話器を外したままにしとけば、爆弾専門の救護要員が来る」
先日、一希が合格通知とともに受け取った『不発弾処理補助士業務細則』にも、陸軍が立ち会わない業務における事故発生時は、救急隊ではなく陸軍に通報すること、とあった。陸軍が立ち会わない業務とはすなわち、探査やオルダ解体だ。
怪我人の救護にあたる者は必ず防爆衣を身に着け、付近にある活性の爆弾をまず禁戒半径外に移動させることも規定されている。
「この受話器を外すことができない状況っていうのは、想定されてないんですか?」
「想定するとすれば、複数人での作業が理想的ではあるな」
「そうですよね」
新藤がいつも一人で処理室にこもっていることが、一希は少なからず気になっていた。自前の処理室を持っている処理士など全国的にも稀だろうから、明確な規則がないことは想像がついた。実際、業務細則にもオルダ解体を必ず複数名で行えとは書かれていない。そこは処理士個人の裁量に任されているということだ。
新藤は受話器に目をやり、しばし考え込む。
「俺はもう意識までなくなってりゃ運の尽きだと思ってきたが……お前が一人で作業するようになったら考えた方がいいかもしれんな」
少なくとも補助士であるうちは、一人で作業することはないわけだが……。
爆弾に触れている時に爆発が起きれば、防爆衣に守られず手袋だけに覆われた両手は吹き飛ぶおそれがある。その状態で意地でもこの受話器を蹴り落とすという覚悟が、一希にあるとはとても言えなかった。
その後の解体はひたすら同じ作業を繰り返すだけだからと、一希は見学を続ける代わりに安全化済みの爆弾での練習を命じられた。ただし、いつもの大机ではなく、処理室の作業台でだ。隣では新藤が本物を着々と解体している。
作業内容自体はこれまでの練習と同じだが、一希は経験したことのない緊張感と闘っていた。これが本物だったら、気を抜けば冗談抜きで死人が出る。それを実感させるのに十分な空気がそこにはあった。
それからというもの、タイプの異なるオルダが届く度に新藤が解体を実演してみせ、その後一希が同じ型を不活性版で練習するというパターンが続いた。
今日もまた、新藤が子爆弾の入ったプラスチックケースを持ち帰り、台車に載せて慎重に処理室へと運んだ。いつもの光景だ。
「今から解体、ですか?」
「ああ。やってみるか?」
「えっ!?」
思わず声が裏返る。
「お馴染みの典型ストロッカだぞ」
一希がこれまでに練習してきたオルダの中でも、一番回数を重ねているのがこのタイプだ。それは、そもそもの絶対数が多いからでもある。
「やってみるって、補助じゃなくて、その、つまり……」
「解体をだ。オルダ解体の補助なんて仕事は理論上にしか存在しないからな。練習にもそろそろ飽きたろ。お待ちかねの本番だ。感謝しろ」
「あの、でも中級レベルで解体作業って、あり……ですか?」
「もちろん全ては俺の責任で行う。しかし監督下であれ何であれ、解体を丸ごと補助士にやらせるというのは明確には認められてないグレーゾーンだ。だからまあ、くれぐれも口外しないという条件付きにはなるが」
一希がどこかでうっかりしゃべろうものなら、全面的に罪を被るのは新藤だ。そんなリスクを冒してまで一希にやらせる理由はただ一つ、一希を成長させるためでしかない。
「わかりました。ありがとうございます。やらせてください」
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