爆弾拾いがついた嘘

生津直

文字の大きさ
上 下
50 / 118
第2章 修練の時

48 スピード

しおりを挟む
 しかし、実技試験の制限時間の壁を果たして超えられるのだろうか。

「何だ?」

 不安が顔に出ていたらしい。

「制限時間が心配で……もともとテキパキやるってこと自体が苦手なんですよね」

「料理があれだけできるのに、か?」

「あ、お料理は……間違えてもどうにでもなるっていうか、後から直しもくじゃないですか。でも、爆弾はちょっとしたはずみで爆発するかもしれないと思ったら緊張もしますし、あれ、これでいいんだっけ、って思ってしまうと、そこからぐるぐるいろいろと考えてしまって……あ、でも、いわゆる呑み込みも悪いので、緊張とは関係ないかもしれないですね」

「なるほどな。呑み込みは悪いとは言わんが、人より時間がかかるのは確かだろう。しかし遠回りしてでも一度呑み込んだら忘れないってのは一つの価値だ。入ってこないものを入ったことにして先を急げばそれこそ何も身にならん。そこはお前流で地道にやればいい」

(私流で地道に……)

 思い起こせば、納得がいくまで突き詰める一希流を初めて認めてくれたのが新藤だった。この根源的な一希らしさを否定されなかったことは、実際、複雑な技能のスムーズな習得に大きく寄与していた。

「ただし、すでに呑み込んだものを実践する時のスピードは鍛える必要がある。実技試験での制限時間が一つの理由だが、実際の現場でも時間が永久に与えられてるわけじゃないからな。通行止めや住民避難の時間が決まってたり、天気が変わらんうちに済ませなきゃならんとか、やたら数の多いオルダを短い納期でやっつけないと金にならんとか」

「なるほど……」

 実務に付随するこういった雑多な情報が得られるのも、師匠が現役のベテラン処理士だからこそだ。

「といっても、手先だけ速くなればいいってもんじゃない。条件反射で体が動くのはいいことのように思えるかもしれんが、下手をすれば命取りにもなる。作業中に何らかの事情でスローダウンを強いられたり、何か突発的な事態が発生してペースが崩れた時、普段の行動を反射に頼ってる奴は立ち往生おうじょうする。だから理屈をよくよく理解して、頭の中で確認しながら速やかに進めていくのが一番強い」

「はい」

「そのためにはしっかり呑み込んだ確実な知識の分量を今の何百倍にも増やす必要がある。それと同時に、現時点で納得できてる部分の瞬発力を高める努力をしろ」

(納得できている部分の瞬発力……)

 一希は言われていることを理解しようと、早速いつもの噛み砕きモードに入っていた。

「説明するよりやってみた方が早いな」

 新藤は壁の棚からプラスチックの箱を持ってきた。

「まずは基本からだ」

 大机に上げられた箱には、解体済みを再度組み立てた不活性のストロッカと工具が入っている。新藤は処理室に入り、防爆衣を引きずりながら戻ってきた。

「解体をやってみろ。とりあえず時間制限はなしだ。その代わり失敗は一切許さん。自分のペースでいいから、いつも通り確実に仕上げろ」

 オルダの解体に限らず、練習は何でも本番だと思ってやれと新藤に言われ続けてきた。新藤自身も、模擬的な作業を一希に見せる時には、触っているものが不活性だろうと模型だろうと本物の爆弾として扱っていた。

 一希は、いつも通り新藤の助けを借りて防爆衣を身に着ける。上衣、靴と一体になった下衣、そしてヘルメットの三点セット。オルダ専用に作られたものなので、犯罪に使われるような殺傷能力の高い爆弾を想定した防爆衣よりは大幅に軽いが、それでも合計重量は十キロを超える。

 この重さと分厚さのため、一人で着るのは一希には難しいが、処理室内では壁に吊るしたままそでを通せば十分一人で着られる作りになっているという。

 これを着ていたからといって、爆発が起きても平気というわけではない。両手首から先は薄手の作業用手袋のみだから手指を失う可能性は非常に高いし、防爆衣の中とて無傷で済むことはまずないだろう。実際、オルダの破片が防爆衣を貫通した例は決して珍しくない。

 ちなみに、屋外で安全化するような大型爆弾の場合は、こんなものを着ていたところで大した役には立たないため、作業服のみだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

だから僕は音楽をやめた

那須与二
現代文学
ヨルシカの「だから僕は音楽をやめた」と「エルマ」に登場する2人の物語を小説風にまとめてみました。 あくまでも個人的考察を交えた自己満なので暖かい目でご覧下さい。 そして、これを機にヨルシカさんの曲をたくさん聴いて欲しいと思います。

光のもとで1

葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。 小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。 自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。 そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。 初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする―― (全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます) 10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

徒然草

春秋花壇
現代文学
徒然草 つれづれなるままに、日暮らし硯に向かひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

【完結】彼女が本当に得難い人だったなんて、後から気づいたってもう遅いんだよ。

すだもみぢ
現代文学
テーマは「本当のこと」 数年ぶりに再会した過去の恋人同士。お互いもういい大人になっている。 「昔、会社が倒産しそうだと言ったのを覚えているか? あれ、嘘だったんだよ」  そう過去の真実を告白した男に対して、女は静かに唇を開いた。 「知ってたわ。その上で別れを受け入れることに決めたの――」 何を思って男は女にその言葉を告げたのか。 そして女はどうしてその言葉の嘘を暴かなかったのか。 その裏にあったこととはなんだろうか。 過去の恋人たち二人のやりとりを、第三者視点綴っています。 2023/3/27 現代文学部門1位ありがとうございました<(_ _)> 2023/3/31 加筆修正いたしました。

たとえこの想いが届かなくても

白雲八鈴
恋愛
 恋に落ちるというのはこういう事なのでしょうか。ああ、でもそれは駄目なこと、目の前の人物は隣国の王で、私はこの国の王太子妃。報われぬ恋。たとえこの想いが届かなくても・・・。  王太子は愛妾を愛し、自分はお飾りの王太子妃。しかし、自分の立場ではこの思いを言葉にすることはできないと恋心を己の中に押し込めていく。そんな彼女の生き様とは。 *いつもどおり誤字脱字はほどほどにあります。 *主人公に少々問題があるかもしれません。(これもいつもどおり?)

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

処理中です...