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第2章 修練の時
39 憧れ
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日中の風もだいぶ冷たくなった。ある日を境に、洗濯に出される新藤の作業服が分厚くなり、このオレンジ色の繋ぎにも冬物があることを一希は初めて知った。生地を二重にして中綿を入れてあるらしい。
一希は大机に着き、日課の自習に励んでいた。新藤が監修したという例の本を読んでいると、徐々に近付いてくる車のエンジン音。時刻は午後四時。新藤が探査から帰ってきたのだ。
一希はすかさず外へ出て、車庫のシャッターを開けてやる。寝室や台所にいる時にはこのエンジン音は聞こえないから、一希がたまたま大机にいる時限定のサービスだった。
「お帰りなさい。今日はいかがでしたか?」
「ちっこいロプタが一個だ。割に合わんからぶっ壊してやった」
ロプタというのは、ボール型のオルダ爆弾の一種。
新藤は玄関を入るなり、
「今日はどんな感じだ?」
質問がない日などないことは新藤も承知している。「どんな感じ」というのは大机で道具を広げるような実技系なのか、しゃべって済む類かの目安として聞いているのだ。
「事故関係で二、三お聞きできればと……」
「ああ」
特別何も言われなければ、後で質問に答えてくれるという意味だ。
間もなく、シャワーを浴び終え、Tシャツとトレーニングズボンに着替えた新藤が台所に顔を出した。夕食にはまだ早いがお腹は空いているだろう。お茶と一緒に大福を出してやると、案の定勢いよくかぶりついた。
一希はテーブルの向かいに座り、「不発弾処理に懸る事故筆録」を開いて、付箋を付けた箇所について順に尋ねる。新藤は白い粉を散らした口で一つひとつ丁寧に答え、余談と呼ぶにはあまりに有意義な補足情報もたっぷりと与えてくれた。ついでに、一希が教本に書き込んでいた疑問もいくつか拾って解決してくれる。
「そろそろ試験対策にも本腰を入れなきゃと思ってます」
不発弾処理補助士試験。一希が受ける初級の試験は毎年一月。今から二ヶ月後だ。
「過去問とか、一応やっといた方がいいかなと思うんですけど……」
勝手に買うなと言われているから、これを機におねだりのつもりだったのだが、
「まあそんなに力まんでも、試験ぐらい何とかなる」
の一言。そこへ電話が鳴った。新藤は二分ほど席を外して戻ってきた。
「破損のあるザンピードが出たそうだ。ちょっと行ってくる」
つまり、軍が方針を立てる段階でアドバイスを求めてきたということだろう。
せっかく風呂に入ってさっぱりした体に、小一時間前に脱ぎ捨てた作業服を再びまとい、悪態をつくでもなく淡々と車に乗り込んでいく新藤を、一希は憧憬の眼差しで見つめた。一流の職人の後ろ姿は、ただただ眩しかった。
一希は大机に着き、日課の自習に励んでいた。新藤が監修したという例の本を読んでいると、徐々に近付いてくる車のエンジン音。時刻は午後四時。新藤が探査から帰ってきたのだ。
一希はすかさず外へ出て、車庫のシャッターを開けてやる。寝室や台所にいる時にはこのエンジン音は聞こえないから、一希がたまたま大机にいる時限定のサービスだった。
「お帰りなさい。今日はいかがでしたか?」
「ちっこいロプタが一個だ。割に合わんからぶっ壊してやった」
ロプタというのは、ボール型のオルダ爆弾の一種。
新藤は玄関を入るなり、
「今日はどんな感じだ?」
質問がない日などないことは新藤も承知している。「どんな感じ」というのは大机で道具を広げるような実技系なのか、しゃべって済む類かの目安として聞いているのだ。
「事故関係で二、三お聞きできればと……」
「ああ」
特別何も言われなければ、後で質問に答えてくれるという意味だ。
間もなく、シャワーを浴び終え、Tシャツとトレーニングズボンに着替えた新藤が台所に顔を出した。夕食にはまだ早いがお腹は空いているだろう。お茶と一緒に大福を出してやると、案の定勢いよくかぶりついた。
一希はテーブルの向かいに座り、「不発弾処理に懸る事故筆録」を開いて、付箋を付けた箇所について順に尋ねる。新藤は白い粉を散らした口で一つひとつ丁寧に答え、余談と呼ぶにはあまりに有意義な補足情報もたっぷりと与えてくれた。ついでに、一希が教本に書き込んでいた疑問もいくつか拾って解決してくれる。
「そろそろ試験対策にも本腰を入れなきゃと思ってます」
不発弾処理補助士試験。一希が受ける初級の試験は毎年一月。今から二ヶ月後だ。
「過去問とか、一応やっといた方がいいかなと思うんですけど……」
勝手に買うなと言われているから、これを機におねだりのつもりだったのだが、
「まあそんなに力まんでも、試験ぐらい何とかなる」
の一言。そこへ電話が鳴った。新藤は二分ほど席を外して戻ってきた。
「破損のあるザンピードが出たそうだ。ちょっと行ってくる」
つまり、軍が方針を立てる段階でアドバイスを求めてきたということだろう。
せっかく風呂に入ってさっぱりした体に、小一時間前に脱ぎ捨てた作業服を再びまとい、悪態をつくでもなく淡々と車に乗り込んでいく新藤を、一希は憧憬の眼差しで見つめた。一流の職人の後ろ姿は、ただただ眩しかった。
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