爆弾拾いがついた嘘

生津直

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第2章 修練の時

36 夢

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 一人でぼんやりと海を眺めるなんていつ以来だろう。ふとしたことで中途半端にモヤモヤしてしまった時、もっとはっきり落ち込みたくて、孤独を求めて海を見に行った。そんな思い出が一希にはいくつかある。寂しいような気分にはなるけれど、苛立ちだけは静まるのはなぜだろう。波の音のせいだろうか。それとも潮の香りか。

 いつの間にか群青ぐんじょうあかね色を侵食していくのを、一希は視界の隅に漠然と捉えていた。「人類の一員として罪の意識を感じます」と書いたあの作文を思い返し、独り肩を落とす。

 自分がその罪を償う一助となることなど本当に可能なのだろうか。そんな不安に駆られていた。ようやく希望が見えてきたところだったのに、それは技術面だけのことかもしれないと気付かされてしまった。

 以前電話で新藤に言われたことを思い出す。お前だってまさか、女が歓迎される世界だと思ってたわけじゃないだろう……。

 もちろん、歓迎されないであろうことは頭ではわかっていた。ただし、それはあくまで漠然としたイメージでしかなかった。いざ、いかに歓迎されないかを目の当たりにしてみると、その逆境に対する自分の抵抗力は思いのほかもろかった。

 新藤や檜垣のようにすんなりと受け入れてくれる人物は、数少ない例外でしかない。この世界のごく普通の人間とその反応に触れれば触れるほど、やっぱり間違ってるのかなという思いが首をもたげてしまう。

 働く父親と、家庭を守る母親。一希がもしそんな環境に育っていたら、不発弾処理士を目指すことなど早くから止められていたに違いない。別の道を提案され、日々口酸っぱく説得されるうちに、一希自身の気も変わっていたかもしれない。

 小学生の頃から図書館に入りびたり、新聞を切り抜き、不発弾処理の現場を何度も夢に見た。友達の親が少しでも関連のある仕事をしていれば話を聞かせてもらった。

 檜垣の存在は早くから知っていた。不発弾の危険性を一般人に周知させる活動にも力を入れており、一希の小学校にも講演に来たことがある。一希はまだ低学年で、本格的に不発弾処理に興味を持つ前だったが、カラー写真や実物大の模型で爆弾の外観が紹介され、もし見付けたら触らず、近付かず、大人に知らせるようにと指導を受けたことはよくおぼえている。

 それから三年後、不発弾関連の専門誌で、ある記事が一希の注意を引いた。

 一見何の変哲もないデトンの安全化作業。弾頭弾底両信管の離脱が完了した後、処理済みの爆弾を移送すべくクレーンで吊り上げた時点で異変に気付いた処理士がいた。通常なら信管が二つとも外れてしまえば爆発の危険はないが、重心の位置がおかしいという彼の主張により、再度点検が行われた。

 目視では異常は見付からなかったが、念のためX線検査を行ったところ、内部に第三の信管があることが発覚。この手のいわゆる隠れ信管は本来、特に構造が複雑なカルサというタイプの爆弾に見られるものだが、不発弾となった場合の安全化処理を撹乱かくらんする目的で外観を限りなくデトンに似せてあったらしい。

 結局この覆面ふくめんカルサは、後日爆破処理された。隠れ信管を残したまま移送していたら、何らかの衝撃で爆発していたかもしれない。現場は彼の指摘のお陰で大惨事をまぬがれたことになる。

 そのページには爆弾の他に、もう一枚の写真が載っていた。表彰でもされたのだろうか、初老の軍服紳士と握手し、断り切れなかったから仕方なくとでもいうような顔でたたずむ若手の処理士。それが新藤建一郎だった。

 この記事を読んだ日から、彼こそが一希の夢だ。

 他市の図書館から専門資料を取り寄せて調べた結果、あの新藤隆之介の一人息子だと判明。にも関わらずマスコミ嫌いで知られ、業界の外ではほとんど認識されていないという。
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