37 / 118
第2章 修練の時
35 男の友情
しおりを挟む
帰りの車で、一希は感じたままを述べた。
「檜垣さんちっておしゃれですね。それでいて肩肘張らないっていうか、寛いだ雰囲気で」
「あいつの経歴、知ってるか?」
「えっと、たしか旭洋大学を出られたんじゃ……」
「その前がすごい。親父が商社マンだったもんで、一年とか二年で住む国が変わるような生活だったんだと。それこそピカピカの高層ビルが並ぶような大都会から、水洗トイレもないようなド田舎までさんざん連れ回されてる」
「へえ、すごい!」
「高校からはこっちに戻ってきてたんだが、好き好んで留学だとかをする奴でな。学生時代はあちこち行ったり来たりしてたらしい」
「わあ、世界を股にかけてって感じですね」
「だからこの業界じゃちょっと目立つぐらい小ぎれいだし、何語だかわからん言葉をいくつも喋る。それでいて雨ざらし泥まみれの現場も厭わんし、野宿なんかもへっちゃらだ」
「スーパーマンじゃないですか」
「そうだな。だから当然モテる」
モテるのは紳士的かつにこやかだからだと一希は思う。新藤とは典型的な凸凹コンビといったところか。
「それを射止めたのが芳恵さんってわけですね」
「いや、むしろ逆と言うべきか。あいつの一目惚れで、そこからはもうずっと芳恵さん一筋。大したもんだ」
特別美人というわけでもないが、芳恵の笑顔には確かに人を虜にする魅力がある。
「先生はどこで檜垣さんと?」
「お互い処理士になってからだな。ある現場でたまたま一緒になった」
「それがご縁でこんなに仲良く……」
「別に仲がいいわけでもないが、まあ腐れ縁とでもいうのか。その現場ってのはごく単純な五百の信管抜きのはずだったんだが、終わった後に便乗案件があってな」
「便乗?」
「その日の朝に見付かった完全不活性の掘り起こしと積み込みだ。場所が近いし、せっかく面子が揃ってるならついでに頼む、とな」
「ついでって言ったって、今日の今日でそんな急に……」
「まあ何も準備が要るわけじゃない。それに当時の俺らなんかどうせ手足の数のうちでしかない若造だ。なのにあいつは、たった一人で軍の指揮官に盾突きやがった。ぶっ続けで作業をするのは危険だ、人間には休憩が必要だと」
「確かにそうですけど、勇気ありますね。埜岩に嫌われたら仕事が減るかもしれないのに」
「指揮官の方も民間人に強制まではできんが、当時はまだ労働基準なんかも曖昧だったからな。現場の裁量で予定よりも多くの作業を課すことは珍しくなかった。俺は久々の現場だったし、余力も十分あったし、追加報酬はもちろん約束してくれたからむしろ続けたいところだったんだが、面白いからあいつに加勢してみた」
思いがけず賛同の声を得た檜垣の方も、さぞかし面白かったろう。
「最終的には全員体力的にも問題ないってことで、俺らが折れてやったんだが……全部終わって解散した後、補助士二人が俺らのところに来てな。勇気ある抵抗だったと称えられて、すっかり意気投合ってやつだ。日が暮れた野っ原で、いつまでも四人で取りとめのない話をした」
「へえー、そういう意味では貴重なひと声だったわけですね」
「まあな。一人で反対意見を述べるってのは、リスクが高い上に無駄に終わることが多い。しかし、それでも相手や外野に聞かせること自体が何らかの意味を持つこともある。俺はそれをあいつから学んだ」
(腐れ縁、か……)
この世界の大先輩。憧れの二人。その間をごく自然に流れる気負いのない友情は、一希には永遠に手の届かないもののように思えた。男同士の絆と信頼。この二人はたまたまそれが特に強固なのかもしれないが、他の処理士や補助士たちの間にも、大なり小なり熱い結び付きがあるのではなかろうか。
そんな世界に加わろうとしている自分を今一度見つめてみる。異物として弾き出されないためには、平均的な能力レベルでは不十分だろう。周りに負けるわけにはいかない。意欲でも技能でも、そして体力においても。
夕方、自室に戻った一希はすぐにジャージに着替え、普段以上に熱心に筋トレに取り組んだ。
「檜垣さんちっておしゃれですね。それでいて肩肘張らないっていうか、寛いだ雰囲気で」
「あいつの経歴、知ってるか?」
「えっと、たしか旭洋大学を出られたんじゃ……」
「その前がすごい。親父が商社マンだったもんで、一年とか二年で住む国が変わるような生活だったんだと。それこそピカピカの高層ビルが並ぶような大都会から、水洗トイレもないようなド田舎までさんざん連れ回されてる」
「へえ、すごい!」
「高校からはこっちに戻ってきてたんだが、好き好んで留学だとかをする奴でな。学生時代はあちこち行ったり来たりしてたらしい」
「わあ、世界を股にかけてって感じですね」
「だからこの業界じゃちょっと目立つぐらい小ぎれいだし、何語だかわからん言葉をいくつも喋る。それでいて雨ざらし泥まみれの現場も厭わんし、野宿なんかもへっちゃらだ」
「スーパーマンじゃないですか」
「そうだな。だから当然モテる」
モテるのは紳士的かつにこやかだからだと一希は思う。新藤とは典型的な凸凹コンビといったところか。
「それを射止めたのが芳恵さんってわけですね」
「いや、むしろ逆と言うべきか。あいつの一目惚れで、そこからはもうずっと芳恵さん一筋。大したもんだ」
特別美人というわけでもないが、芳恵の笑顔には確かに人を虜にする魅力がある。
「先生はどこで檜垣さんと?」
「お互い処理士になってからだな。ある現場でたまたま一緒になった」
「それがご縁でこんなに仲良く……」
「別に仲がいいわけでもないが、まあ腐れ縁とでもいうのか。その現場ってのはごく単純な五百の信管抜きのはずだったんだが、終わった後に便乗案件があってな」
「便乗?」
「その日の朝に見付かった完全不活性の掘り起こしと積み込みだ。場所が近いし、せっかく面子が揃ってるならついでに頼む、とな」
「ついでって言ったって、今日の今日でそんな急に……」
「まあ何も準備が要るわけじゃない。それに当時の俺らなんかどうせ手足の数のうちでしかない若造だ。なのにあいつは、たった一人で軍の指揮官に盾突きやがった。ぶっ続けで作業をするのは危険だ、人間には休憩が必要だと」
「確かにそうですけど、勇気ありますね。埜岩に嫌われたら仕事が減るかもしれないのに」
「指揮官の方も民間人に強制まではできんが、当時はまだ労働基準なんかも曖昧だったからな。現場の裁量で予定よりも多くの作業を課すことは珍しくなかった。俺は久々の現場だったし、余力も十分あったし、追加報酬はもちろん約束してくれたからむしろ続けたいところだったんだが、面白いからあいつに加勢してみた」
思いがけず賛同の声を得た檜垣の方も、さぞかし面白かったろう。
「最終的には全員体力的にも問題ないってことで、俺らが折れてやったんだが……全部終わって解散した後、補助士二人が俺らのところに来てな。勇気ある抵抗だったと称えられて、すっかり意気投合ってやつだ。日が暮れた野っ原で、いつまでも四人で取りとめのない話をした」
「へえー、そういう意味では貴重なひと声だったわけですね」
「まあな。一人で反対意見を述べるってのは、リスクが高い上に無駄に終わることが多い。しかし、それでも相手や外野に聞かせること自体が何らかの意味を持つこともある。俺はそれをあいつから学んだ」
(腐れ縁、か……)
この世界の大先輩。憧れの二人。その間をごく自然に流れる気負いのない友情は、一希には永遠に手の届かないもののように思えた。男同士の絆と信頼。この二人はたまたまそれが特に強固なのかもしれないが、他の処理士や補助士たちの間にも、大なり小なり熱い結び付きがあるのではなかろうか。
そんな世界に加わろうとしている自分を今一度見つめてみる。異物として弾き出されないためには、平均的な能力レベルでは不十分だろう。周りに負けるわけにはいかない。意欲でも技能でも、そして体力においても。
夕方、自室に戻った一希はすぐにジャージに着替え、普段以上に熱心に筋トレに取り組んだ。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる