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第1章 弟子入り
5 一流
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「ちなみに今のは……?」
「デトンだ。一トン半。まあそれなりにはでかいが、型は典型的だそうだ」
スム族が落とした単体の爆弾の大多数がこのデトンだ。構造や形状はいろいろあるが概ね円筒に近く、重量は五百キロから二トン超までさまざま。大きさは重量にほぼ比例する。
「それをわざわざ新藤さんほどの方に連絡してきたのって、もしかして避難範囲を調整するためですか?」
「そういうことだ。現場が商業地域のど真ん中だからな。決して珍しい話じゃない」
一希は思わず大きく頷く。
さっきの話だと、埜岩基地の担当者が諸々考慮した結果の避難範囲が半径一キロなのだろう。しかし、陸軍としては安全を最優先しながらも、現場がオフィス街となれば、避難の範囲や時間は最小限で済ませたいはずだ。
「避難のせいで営業時間が減って、苦情が来たりするからですよね?」
「そうだな」
「何年か前、大きなデモがありましたもんね。営業妨害の分、税金で補償しろって」
「まあ、国が悪いわけじゃないんだがな。見付かったもんは放置するわけにはいかんし、避難させなけりゃ怪我人が出るかもしれん。だが、安全に避難人数を減らせるなら話は別ってことだ」
目安として算出された避難半径を、少なくともオフィス街の方角に関しては六割にまで減らしてくれる救世主。それが新藤というわけだ。作業時間も平均的な処理士より大幅に短いはず。
もちろん、処理士が提案した距離を陸軍が無条件に呑むわけではない。長年の付き合いを経て、それだけ新藤の腕を見込んでいるのだろう。
といっても、ミスを犯して爆発を起こす確率が単に低いという意味ではない。どんなに優れた処理士でも失敗はありうるため、不慮の爆発の可能性は常に考慮する必要がある。
新藤に期待されているのは、いわゆる爆風域転向。爆弾を布置する向きや周囲の防護壁の設置方法を調整し、万一の場合の爆風域を操作する技術にほかならない。
「爆風域転向って、計算ももちろん正確じゃなきゃいけませんし、実際の配置もその通りじゃなきゃいけませんから……責任重大ですよね、普通の安全化以上に」
「そりゃそうだ。だから追加料金を取る」
「南は六百っておっしゃってましたけど、その分、北が伸びる可能性はあるんですよね?」
「伸びるのが普通だ。ただし北側はどっちかというと過疎エリアだからな」
電話しながら地図を見て、素早くそういった判断もしていたのだろう。さすが業界ナンバーワン。
「いつなさるんですか? この件」
「あいにく、まだ決まったわけじゃない。必要なら折り返し電話がくる」
「それはつまり、誰に発注するかをあちらが検討してるってことですか?」
「そうだ。割増を払うだけの価値があるって結論が出ない限り、俺の仕事にはならん」
電話の相手は今頃、然るべき人物にかけ合っているのだろう。
「もし距離短なしでってことになった場合は……」
「その時はデトンの標準料金が安い奴にするか、軍関係者の息子でも優先するか、はたまた熱心に売り込んで回ってる奴を使ってやるか……いろいろだ」
「なるほど……」
やはり、学校で学べることなどたかが知れているとつくづく思う。もちろん、補助士として第一歩を踏み出す段階で実務の裏事情まで把握している必要はないのだが、理論をすでに概ね理解している一希の興味は、実際の現場へと強く吸い寄せられていた。
かの内戦に早くから関心を抱いたのは、おそらく家庭環境のせいだろう。一つの家族に二つの血。そこに和を思い描くことは、この国の人間には難しい。
両親が不仲だったわけではないが、いや、だからこそ、「もう一つの血」について世間で語られる見解は一希の幼心を混乱させた。
小学校低学年の頃、テレビで終戦記念日の特番を見ていた一希は、「ある民族の愚行が招いた悲劇」という表現を耳にし、「愚行」の意味を辞書で調べて大いなる疑問を抱いた。そのキャスターが明らかにスム族を一方的に責める意図でそう口にしていたからだ。
大規模な空襲は確かに愚行かもしれないが、背景にはワカによるスム差別があった。それだって愚行のはず。しかし、戦争がワカの目線だけで都合よく語られたのは、その番組においてだけではなかった。
あるニュース番組で不発弾処理の特集が組まれた時も然り。ベテラン処理士にマイクを向け、「スムの蛮行の尻拭いも大変ですね」と言わんばかりのインタビュアーの態度に、一希は辟易したものだ。
しかし、当の処理士はやんわりとそれを否定し、こう答えた。
「このまんま置いておいたら危ないでしょう。だから片付ける。それだけのことです」
その人物こそ、元軍員にして我が国初の不発弾処理士となった新藤隆之介。他でもない新藤建一郎の父親だ。
二十数年前、もともと陸軍が担っていた不発弾処理を民間に委託させ、ビジネスとして確立したのがこの隆之介だった。
直接のきっかけはオルダ爆弾にあった。単体の爆弾と比べて信管が非常に不安定なため、不発弾として見付かる個々の「子爆弾」は爆破処理が通例。……だったのだが、新藤隆之介は、この子爆弾を安全に解体することに成功した。
一希が生まれる前の話だが、それがいかに画期的だったかは当時の新聞を見れば明らかだ。小学校の図書館で不発弾関係の本を読み漁り始めるや否や、この技術を褒め称える記事を方々で目にした。不発弾処理の前提を大きく塗り替えた手法であり、この分野の歴史の転換点ともいえる。
そんな業界誕生の立役者の後を継いだ息子、新藤建一郎が今、一希の目の前にいる。一般市民にはほとんど名を知られていないが、業界では紛れもなくトップの技術力と噂されるこの一流処理士に、一希が聞きたいことは山ほどあった。
「デトンだ。一トン半。まあそれなりにはでかいが、型は典型的だそうだ」
スム族が落とした単体の爆弾の大多数がこのデトンだ。構造や形状はいろいろあるが概ね円筒に近く、重量は五百キロから二トン超までさまざま。大きさは重量にほぼ比例する。
「それをわざわざ新藤さんほどの方に連絡してきたのって、もしかして避難範囲を調整するためですか?」
「そういうことだ。現場が商業地域のど真ん中だからな。決して珍しい話じゃない」
一希は思わず大きく頷く。
さっきの話だと、埜岩基地の担当者が諸々考慮した結果の避難範囲が半径一キロなのだろう。しかし、陸軍としては安全を最優先しながらも、現場がオフィス街となれば、避難の範囲や時間は最小限で済ませたいはずだ。
「避難のせいで営業時間が減って、苦情が来たりするからですよね?」
「そうだな」
「何年か前、大きなデモがありましたもんね。営業妨害の分、税金で補償しろって」
「まあ、国が悪いわけじゃないんだがな。見付かったもんは放置するわけにはいかんし、避難させなけりゃ怪我人が出るかもしれん。だが、安全に避難人数を減らせるなら話は別ってことだ」
目安として算出された避難半径を、少なくともオフィス街の方角に関しては六割にまで減らしてくれる救世主。それが新藤というわけだ。作業時間も平均的な処理士より大幅に短いはず。
もちろん、処理士が提案した距離を陸軍が無条件に呑むわけではない。長年の付き合いを経て、それだけ新藤の腕を見込んでいるのだろう。
といっても、ミスを犯して爆発を起こす確率が単に低いという意味ではない。どんなに優れた処理士でも失敗はありうるため、不慮の爆発の可能性は常に考慮する必要がある。
新藤に期待されているのは、いわゆる爆風域転向。爆弾を布置する向きや周囲の防護壁の設置方法を調整し、万一の場合の爆風域を操作する技術にほかならない。
「爆風域転向って、計算ももちろん正確じゃなきゃいけませんし、実際の配置もその通りじゃなきゃいけませんから……責任重大ですよね、普通の安全化以上に」
「そりゃそうだ。だから追加料金を取る」
「南は六百っておっしゃってましたけど、その分、北が伸びる可能性はあるんですよね?」
「伸びるのが普通だ。ただし北側はどっちかというと過疎エリアだからな」
電話しながら地図を見て、素早くそういった判断もしていたのだろう。さすが業界ナンバーワン。
「いつなさるんですか? この件」
「あいにく、まだ決まったわけじゃない。必要なら折り返し電話がくる」
「それはつまり、誰に発注するかをあちらが検討してるってことですか?」
「そうだ。割増を払うだけの価値があるって結論が出ない限り、俺の仕事にはならん」
電話の相手は今頃、然るべき人物にかけ合っているのだろう。
「もし距離短なしでってことになった場合は……」
「その時はデトンの標準料金が安い奴にするか、軍関係者の息子でも優先するか、はたまた熱心に売り込んで回ってる奴を使ってやるか……いろいろだ」
「なるほど……」
やはり、学校で学べることなどたかが知れているとつくづく思う。もちろん、補助士として第一歩を踏み出す段階で実務の裏事情まで把握している必要はないのだが、理論をすでに概ね理解している一希の興味は、実際の現場へと強く吸い寄せられていた。
かの内戦に早くから関心を抱いたのは、おそらく家庭環境のせいだろう。一つの家族に二つの血。そこに和を思い描くことは、この国の人間には難しい。
両親が不仲だったわけではないが、いや、だからこそ、「もう一つの血」について世間で語られる見解は一希の幼心を混乱させた。
小学校低学年の頃、テレビで終戦記念日の特番を見ていた一希は、「ある民族の愚行が招いた悲劇」という表現を耳にし、「愚行」の意味を辞書で調べて大いなる疑問を抱いた。そのキャスターが明らかにスム族を一方的に責める意図でそう口にしていたからだ。
大規模な空襲は確かに愚行かもしれないが、背景にはワカによるスム差別があった。それだって愚行のはず。しかし、戦争がワカの目線だけで都合よく語られたのは、その番組においてだけではなかった。
あるニュース番組で不発弾処理の特集が組まれた時も然り。ベテラン処理士にマイクを向け、「スムの蛮行の尻拭いも大変ですね」と言わんばかりのインタビュアーの態度に、一希は辟易したものだ。
しかし、当の処理士はやんわりとそれを否定し、こう答えた。
「このまんま置いておいたら危ないでしょう。だから片付ける。それだけのことです」
その人物こそ、元軍員にして我が国初の不発弾処理士となった新藤隆之介。他でもない新藤建一郎の父親だ。
二十数年前、もともと陸軍が担っていた不発弾処理を民間に委託させ、ビジネスとして確立したのがこの隆之介だった。
直接のきっかけはオルダ爆弾にあった。単体の爆弾と比べて信管が非常に不安定なため、不発弾として見付かる個々の「子爆弾」は爆破処理が通例。……だったのだが、新藤隆之介は、この子爆弾を安全に解体することに成功した。
一希が生まれる前の話だが、それがいかに画期的だったかは当時の新聞を見れば明らかだ。小学校の図書館で不発弾関係の本を読み漁り始めるや否や、この技術を褒め称える記事を方々で目にした。不発弾処理の前提を大きく塗り替えた手法であり、この分野の歴史の転換点ともいえる。
そんな業界誕生の立役者の後を継いだ息子、新藤建一郎が今、一希の目の前にいる。一般市民にはほとんど名を知られていないが、業界では紛れもなくトップの技術力と噂されるこの一流処理士に、一希が聞きたいことは山ほどあった。
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