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第1章 弟子入り
3 授業
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深さ三メートルの作業壕の中に、三人の男たち。その表情には緊張感こそあれ、一様に冷静さが見て取れる。明るいオレンジ色の作業服と同色のヘルメットは、不発弾処理業者のトレードマーク。
彼らの視線の先には、すっかり錆びついて周囲の土の色に溶け込んだ一トン級の不発弾がある。直径六十五センチ、長さ一メートル半。爆発すれば半径五百メートルを優に吹き飛ばす殺戮兵器だ。
「弾底信管、回転、始め!」
一人が指示を出し、残りの二人がそれを復唱して、弾底の信管に手をかけた。
刹那、空気が張り詰める。回し始めが最も危険であることは誰もが承知だ。信管に取り付けられたレンチが、ゆっくりと動かされる。
回転が四十五度を超えたところで動きが止まり、
「四十五度完了!」
の声。
それを聞くや、固唾を呑んでその映像を見守っていた一希たちにも安堵が広がった。
過去の処理現場で撮影された資料映像の緊迫感は、作業員の卵たち二十数名の穏やかな呼吸を奪うに十分だった。しかし、その先の作業風景はカットされてしまったらしく、次に映し出されたのは信管が抜かれる瞬間。最終的に十二回転半させたという字幕が出てきたから、その間の十二回転以上が丸々割愛されたことになる。誰よりも真剣に見入っている一希は当然不服だった。
それ以降の処理の様子も、実際の所要時間のイメージすら湧かないほどに短く編集されていた。間もなく、作業担当者や映像製作者の名前がスクリーンを横切り始め、教室の蛍光灯が点いた。
「先生」
と、一希がすかさず手を挙げると、土橋教官はちらりとこちらを見て、すぐに視線を落とす。あわよくば無視したいという本心が見え見えだ。
一希の周囲からは「またあいつかよ」、「今度は何だよ」と、うんざりムードで囁き合う生徒たちの声。一希はしかし、この手の聞こえよがしの非難にはいい加減慣れつつあった。
「先生、質問があるんですけど」
土橋がようやく顔を上げた。
「何だね」
返事とともに漏れ聞こえたため息は、この際無視する。
「あの、こういう風に編集されていない、最初から最後まで全部丸まんまの作業映像っていうのはないんですか?」
「見たことないねえ。あったとしても、そんなもん二時間も三時間も見てられんからね」
「られますよ! だってさっき、信管から一回手が離れた後、次はもう抜く瞬間だったし……これじゃ、その間に何が起きたのか全然わかりませんよね。あと、もうちょっと全体を映してくれたらいいのに。処理士がアップで映ってる間、補助士は何してるんだろう、とか……」
「大したことはしとらんから映っとらんのだろう。下っ端は所詮、あれ持って来いこれ持って来いとか、伝令だとかに顎で使われるのがせいぜいだ」
苦虫を噛み潰したようにぼやく土橋も、決して生徒たちのやる気を挫きたいわけではないはずだ。おそらくは自身の若かりし日の実体験にすぎない。
「あと、そもそも爆弾をあの穴にどうやって下ろしたのかとか、終わった後の引き上げなんかも写真でしか見たこと……」
「吊り上げて運ぶのは基本的に軍の仕事だ。処理士が安全を確認してゴーサインを出す。補助士には関係ない」
「いや、関係ないことはないと思いま……」
「教材に不満があるなら、校長に言いなさい、校長に」
一希は口をつぐんだ。実は、教材や指導内容について校長にはとっくに文句を言いに行っている。が、「少しでもわかりやすいよう最善を尽くした結果がこの選択だ」との返答。
これが技術訓練校の最善なら、全ては資格を取って現場に出てから学べと言われているに等しい。つくづくがっかりだ。
彼らの視線の先には、すっかり錆びついて周囲の土の色に溶け込んだ一トン級の不発弾がある。直径六十五センチ、長さ一メートル半。爆発すれば半径五百メートルを優に吹き飛ばす殺戮兵器だ。
「弾底信管、回転、始め!」
一人が指示を出し、残りの二人がそれを復唱して、弾底の信管に手をかけた。
刹那、空気が張り詰める。回し始めが最も危険であることは誰もが承知だ。信管に取り付けられたレンチが、ゆっくりと動かされる。
回転が四十五度を超えたところで動きが止まり、
「四十五度完了!」
の声。
それを聞くや、固唾を呑んでその映像を見守っていた一希たちにも安堵が広がった。
過去の処理現場で撮影された資料映像の緊迫感は、作業員の卵たち二十数名の穏やかな呼吸を奪うに十分だった。しかし、その先の作業風景はカットされてしまったらしく、次に映し出されたのは信管が抜かれる瞬間。最終的に十二回転半させたという字幕が出てきたから、その間の十二回転以上が丸々割愛されたことになる。誰よりも真剣に見入っている一希は当然不服だった。
それ以降の処理の様子も、実際の所要時間のイメージすら湧かないほどに短く編集されていた。間もなく、作業担当者や映像製作者の名前がスクリーンを横切り始め、教室の蛍光灯が点いた。
「先生」
と、一希がすかさず手を挙げると、土橋教官はちらりとこちらを見て、すぐに視線を落とす。あわよくば無視したいという本心が見え見えだ。
一希の周囲からは「またあいつかよ」、「今度は何だよ」と、うんざりムードで囁き合う生徒たちの声。一希はしかし、この手の聞こえよがしの非難にはいい加減慣れつつあった。
「先生、質問があるんですけど」
土橋がようやく顔を上げた。
「何だね」
返事とともに漏れ聞こえたため息は、この際無視する。
「あの、こういう風に編集されていない、最初から最後まで全部丸まんまの作業映像っていうのはないんですか?」
「見たことないねえ。あったとしても、そんなもん二時間も三時間も見てられんからね」
「られますよ! だってさっき、信管から一回手が離れた後、次はもう抜く瞬間だったし……これじゃ、その間に何が起きたのか全然わかりませんよね。あと、もうちょっと全体を映してくれたらいいのに。処理士がアップで映ってる間、補助士は何してるんだろう、とか……」
「大したことはしとらんから映っとらんのだろう。下っ端は所詮、あれ持って来いこれ持って来いとか、伝令だとかに顎で使われるのがせいぜいだ」
苦虫を噛み潰したようにぼやく土橋も、決して生徒たちのやる気を挫きたいわけではないはずだ。おそらくは自身の若かりし日の実体験にすぎない。
「あと、そもそも爆弾をあの穴にどうやって下ろしたのかとか、終わった後の引き上げなんかも写真でしか見たこと……」
「吊り上げて運ぶのは基本的に軍の仕事だ。処理士が安全を確認してゴーサインを出す。補助士には関係ない」
「いや、関係ないことはないと思いま……」
「教材に不満があるなら、校長に言いなさい、校長に」
一希は口をつぐんだ。実は、教材や指導内容について校長にはとっくに文句を言いに行っている。が、「少しでもわかりやすいよう最善を尽くした結果がこの選択だ」との返答。
これが技術訓練校の最善なら、全ては資格を取って現場に出てから学べと言われているに等しい。つくづくがっかりだ。
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