爆弾拾いがついた嘘

生津直

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第1章 弟子入り

2  再訪

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 翌日も一希は新藤を待ち伏せた。授業は相変わらず退屈な教本をなぞるばかりで、何かを学んだという実感は皆無。このまま勉強のふりだけを続けることが、一希には我慢ならなかった。

 だからこそ、行動を起こしたのだ。腕利きの処理士、新藤建一郎の助手としてそばに置いてもらえたら、きっと実務のイメージも湧くだろうし、山ほど収穫があるに違いない。それに……。

 新藤は、一希がこの道に本気で入れ込むきっかけとなった人物でもある。


  * * * * * *


 この小さな島国は、四十数年前に大規模な内戦を経験している。国民の大半を占めるワカ族と、少数派のスム族。国を構成するたった二つの民族が果てしなくいがみ合った。

 と、そこまでは、幼稚園児でもごっこ遊びに使う程度には知っている歴史の基本。小学校の社会科の教科書では、いくらか詳しい事情を学んだ記憶が一希にもある。

 兵士の数ではワカの足元にも及ばなかったスムだが、兵器の破壊力はワカの予想を大きく凌駕りょうがした。実は、文明という点では、スムはワカを十歩も百歩もリードしている。もともと知能指数が高いとされる遺伝的傾向に、調和よりも競争を重んじる文化が重なったせいらしい。

 例えば、離れた場所にいる人とやりとりするのに、我が国の一般市民は、手紙を送る以外には電話を使うしかない。あとはせいぜい一部の企業や商店がファクシミリを導入している程度だ。

 一方、海外では、ワープロのような機械に打ち込んだ文字を遠方の画面に瞬時に表示させるシステムが実用化されて久しい。進歩的なスム族の頭脳集団がそれを黙って見ているはずはなく、密かに研究者を派遣してこの技術を習得しつつあるともっぱらの噂だ。

 政府は当然その動きをよく思ってなどいないが、正式な貿易許可の申請を却下するぐらいしか手立てがなく、陰で行われていることまでは制御しきれないのが現状だった。

 内戦時は、ワカにとっては小型飛行機がまだ新しい時代だったため、空からの攻撃はスムの専売特許のようなもの。ワカが多数を占める大都市圏はことごとく壊滅的な被害を受けた。

 ここ古峨江こがえ県も激戦に見舞われた。ところが、地盤が柔らかいため爆弾が投下時に予定通り爆発しないケースが多発。その分被害が小さくて済んだとも言えるが、問題はこれらが不発弾として今も多数地中に埋もれていることだ。

 一希の母は開戦時にはまだ二歳かそこらで、当時のことはろくにおぼえていなかった。住んでいた町がスムの集落に近かったため、空襲から逃げ惑うような状況ではなかったせいかもしれない。

 父は十五になっていたが、兵役は十六歳からだったからギリギリまぬがれた。いわゆるコテコテのスム族の村で息をひそめるように暮らし、終戦を待った。という大まかな話を一希に聞かせたのは母で、父本人は昔のことをあまり語りたがらなかった。

 決して楽しい思い出ではないだろうから、触れられたくないのは理解できる。一希も子供心に、戦争や民族対立の話は我が家では禁句、という暗黙のおきてを理解していた。その一方で、なぜ人間同士がそこまで憎み合わなければならないのかという問いは、心の中でくすぶり続けた。


  * * * * * *


 夜十時を回っても、あの軽トラは帰ってこなかった。街灯の下にいては頭上を飛び交う虫たちがうっとうしいので、一希は少し離れた暗がりで筋トレに励む。

(……四十八、……四十九、……五十! ふあー!)

 腹筋、背筋、スクワットに腕立て伏せ。屋外での肉体労働が多い不発弾処理業は、体が資本だ。一希はもともと体力はある方だが、男ばかりのこの業界で、どうしても目に付く身体的な劣位を少しでも緩和したい。

 ひと息ついて腕時計を見る。さすがに今日はそろそろあきらめて帰らねばならない時刻だ。

 しぶしぶ立ち上がって砂を払っていると、ちょうど車のエンジン音が近付いてきた。数時間待ちわびたほこりまみれの車体に思わず駆け寄る。

 一希の姿がヘッドライトに照らされると、運転席の窓が下り、新藤のあきれ顔がのぞいた。

「こんな時間に何やってる? 何なんだ、毎日通うつもりか?」

「新藤さん、昨日はどうも……突然すみませんでした」

「極めてわかりやすく断ったつもりなんだが、伝わらなかったのか?」

「そうそう、その件なんですが、お給料が欲しいわけじゃないんです」

 新藤の立派な眉がぴくりと反応した。

「ただで使いっ走りをさせろ、と?」

「はい」

「何をたくらんでる?」

「えっ?」

「お前に何のメリットがあるんだ? 何かしら狙いがあるんだろ」

「狙いだなんて……ただ、見てみたいなと思いまして。その、どんな感じなのか」

「何がだ?」

「えっ……と、不発弾処理士の日常、というか……」

 まずい。これではまるで単なる覗き趣味だ。処理作業の見学も、工具や機材の整備も、資格試験を受けて初級補助士になっていなければ許可されない。その最低限の資格すらまだ持っていないのに、一体何を見たいのかと警戒されてしまうではないか。

 一希が言葉を探している間に、

「素人に見せるようなもんは何もないぞ」

と、ぴしゃり。

「お願いです! お邪魔にならないようにしますから……」

「お前、昼間からずっとここにいたのか?」

「あ、四時頃に一度来て、お留守だったので、埜岩のいわ基地にご挨拶に行ったりして時間をつぶして」

 埜岩はこの辺りで最大規模の陸軍基地だ。不発弾処理の仕事は彼らと深い関わりがある。

「ご挨拶? まさか助手はいらないかと聞きにいったんじゃないだろうな?」

「いえ、軍は入隊要綱がかっちり決まってますから、さすがに飛び入りでは……。倉庫周りにいた暇そうな方々と雑談させていただいただけです」

 といっても、決して歓待されたわけではない。彼らは、女が不発弾処理補助士を目指すこと自体を一笑に付した。思い出すと悔しさが再び込み上げる。

「軍員を暇潰しに使うとは、大したつらの皮だな」

「あの、履歴書だけでも受け取っていただけませんか? これ……」

「もらってやるからとっとと帰れ。何時だと思ってんだ」

 新藤は一希の手から封書をひょいと抜き取ると、一希の背後の夜道に視線を投げた。

「お前、今からどうやって帰る気だ?」

 そう言われて一希はふと腕時計を見やった。

「あ、いっけない! 最終バスが出ちゃう。すみません、お邪魔しました。失礼します!」

 ぺこりと頭を下げ、急いで坂を駆け下りる。ちょうど下のバス停を通過しようと減速したバスに向かって大きく手を振り、「待ってくださあい!」と声を張り上げた。街灯のお陰で運転手の目に留まったらしい。バスが停まり、ホワンホワンと二回クラクションが鳴った。

(よかった、間に合った)

 無事にバスに乗り込んで窓の外を見やると、丘の上のヘッドライトがにわかに動き出し、茂みの黒に飲み込まれていくところだった。
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