君の思い出

生津直

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第5章 記憶

86 銃声

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 小谷は言われるまま、銃を地面に置く。宇田川は強気だった。

「そうまでしてやめさせたいと言うなら、交換条件ってことでどうだ。取引を中止させる代わりに、金をよこせ。うちが見込んでる上がりをそっくりそのまま、あんたらが都合する。それから今日の件は見逃してもらう。俺は罪をつぐなって出てきたまっさらな人間に戻る」

 長尾は両手をはっきりと宇田川に見せたまま言った。

「まあ落ち着け。そんなことしてもいいことはないぞ」

 小谷の後方には、まだ車の陰に隠れて待機している中川がいる。

 ところがその時、長尾の右手の柱の陰にいた浅葉が拳銃片手に姿を現した。その足音に振り向いた宇田川が叫ぶ。

「銃を捨てろ!」

 浅葉は従う代わりに、宇田川に銃口を向けた。宇田川は千尋を抱きかかえたまま、ますます声を張り上げる。

「俺を馬鹿にするな。こいつを撃つぞ」

 すると、浅葉は冷酷に言い放った。

「やりたきゃやれよ」

 宇田川、そして千尋が凍り付いた。浅葉は悠々と続けた。

「殺人の現行犯となればいい口実ができる。一般人を一人殺して銃器を手に抵抗。こっちはやむを得ず射殺、で十分通るからな。あんたがここで死んじまえば、若い連中も取引どころじゃなくなるだろ」

「たかだか六年入ってた間に、公僕こうぼくも変わったもんだ」

 宇田川は強がった笑いを浮かべた。

「別に警察の方針が変わったわけじゃない。俺は上なんか気にしないだけだ」

「面白い奴だな」

「いいことを教えてやろう。今日は俺の最後の仕事になる」

「何だと?」

「俺はこの日のために刑事になった。あんたさえ消えてくれりゃ、もう用はない」

「そりゃまた随分と恨みを買ったもんだ」

「こんだけ命狙われてちゃ、どの話だかわからんだろうがな。十年以上前の話だ」

「十年以上?」

「撃たれる予定だったのはあんただ。その銃弾を無実の人間が受けて死んだ」

 何の話か思い当たったのか、宇田川は黙っていた。

「人違いでたまたまうっかり殺された人間にも家族がいたなんて、考えたことあるか?」

 千尋はごくりと唾を飲み込んだ。

(十年以上前の人違い? 家族? まさか……)

 十五年前の銃撃事件。千尋がインターネットで見付けた記事には、死亡した一般人と警官、組員それぞれの氏名と年齢程度しか書かれていなかった。

 殉職した警官の名が気になって検索し直し、顔写真を見付けた時点で千尋はそれが誰なのか確信を持ったのだ。組員が対立組織の人間だと思い込んで警官を撃ったという話だったのだろうか。そして本来撃たれるはずだったのは……。

「いざ警察に入って、準備を整えて、やっとぶっ殺せると思ったら獄に入っちまいやがって。お陰で六年余計に待たされたぜ」

 そう言い捨てた浅葉の目は、千尋の目の前の宇田川をまっすぐに射抜いていた。千尋は銃を突き付けられている恐怖を半分忘れ、浅葉の顔を見つめた。

(そうだったの……恨みを晴らすために刑事に……)

 浅葉は宇田川に狙いを定めたまま、首の骨をボキッと鳴らして言った。

「何か言い残すことはあるか?」

 宇田川は乾いた笑いを漏らすと、諦めたように銃を下ろし、千尋を脇へ押しやった。

「待って、撃たないで!」

 宇田川の手を振りほどき、その前に立ちはだかった千尋は、自分の顔に銃を向ける浅葉と真っ向から対峙していた。殉職した父親のかたきとなれば、娘もろとも殺そうと思っても不思議はない。

 千尋は目を閉じた。浅葉と過ごした日々が、美しいまま千尋の心を駆け巡る。「夢みたい」という形容がそのまま当てはまる、これ以上望むべくもないような幸福。

(いつか生まれ変わったら、またあなたと出会いたい。そして今度こそ、愛し合えますように……)

 浅葉の部屋で見たビーチの写真が脳裏をよぎった。叶わぬ夢とは知りながら、あれから何度も思い描いた浅葉との未来だった。

(さよなら、シュウジ……)

 千尋の目から涙が一筋こぼれ落ちた瞬間、銃声が鋭く鳴り響いた。
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