君の思い出

生津直

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第5章 記憶

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 九月一日。その電話は、バイトの最中にかかってきていた。

 千尋がシフト終了後に折り返すと、すぐに坂口が出てきた。用件は浅葉が昨日言っていた通り。協力をお願いしたいので、都合のつく限り早めに警察署まで出向いてもらえないか、と。詳しくは行ってから、とのことだった。

 千尋はすぐに了承し、バイト先から直接向かう旨を告げた。



 浅葉と長尾が個室で打ち合わせをしているところに石山が顔を出し、「田辺千尋が一時間後に来る」と伝えた。

 ブリーフィング準備のため浅葉が出ていくと、石山は長尾を引き留めた。

「長尾、ちょっといいか」

「はい」

「浅葉と田辺のことだがな。他のメンバーには言うな。余計な憶測を招くと却って厄介だ」

 長尾は一瞬返事に詰まったが、平静を装って言葉を絞り出す。

「あ……えっと、あの二人の、というのは?」

 石山は深々と溜め息をつく。

「しらばっくれんでいい。先週この件が本決まりになってすぐ、浅葉から聞いたよ。『長尾には知っておいてもらいたいから後で自分で話す』と言ってたが? 聞いとらんか?」

 長尾の頭が急速にフル回転し始める。

「あ、ええ、聞い……てます。すいません」

「その報告とあわせて、あいつは田辺への協力要請を今日まで待ってくれと言ってきた」

「あ、そういうことだったんすね。それにしてもギリギリですけど……こんな短時間で決められますかね、彼女?」

「浅葉のやつ、断られてもいいならいつでも好きに電話しろとまで言うから、依頼延期を認めざるを得なかったんだ。返答期限はそのままという条件付きでな。大方おおかた、つまらんことで痴話喧嘩ちわげんかにでもなったんだろう。ハラハラさせてくれるよ、まったく」

「困ったもんですね。いや、でも……結果オーライでしたし、ここからはもう大丈夫です。あいつ、自分でいた種はいつも自分で回収するじゃないすか。万一何か怪しい動きでもあったら、俺も容赦しませんから」

「ん。頼むぞ」

 長尾は、立ち去る石山に会釈し、一人その場に残った。思わず目を閉じ、大きく息をつく。

「これで確定、か……」

 石山の話を総括すると、浅葉は先週の時点で石山に、自分が田辺千尋と恋仲にあると告げたようだ。作戦云々うんぬんではなく、純粋に男と女として。

 そして、その事実を長尾にも伝えると宣言した。長尾が課長よりも先に知っていたとなれば、長尾も報告不履行の共犯になってしまうからだ。

 長尾は、ホテル街で二人を目撃した翌日に浅葉と話した後、何かが引っかかり、もう一度浅葉との会話を頭から順に思い出してみた。

 そして気付いたのだ。浅葉は、田辺と一緒にいたことが仕事のうちだとは一言も言っていない。これまでの浅葉の傾向から、長尾がそう解釈しただけ。

 今思えば、それも浅葉の計算のうちだったのだろう。あの場でもし、田辺と付き合っている、個人的に好きだ、とまで言われたら、長尾は殴り飛ばしてやりたいのをギリギリこらえ、すぐに課長に報告していたかもしれない。

 普段とはどこか様子が違うものの、何か職務上の意図があってのことだと思えばこそ、黙っていてやろうという判断ができたのだ。

 しかし、長尾が自分の勘違いの可能性に気付いてからも、「浅葉に限ってまさか」という思いはそう簡単にぬぐえなかった。二人が本当に付き合っているのかもしれないと長尾が真剣に考え始めたのは、日付が変わった後のこと。

 それ以降も、結局確信に至ることはなかった。今だって、百パーセント信じ切れているとは言い難い。

 それにしても、こんな仕事をしていれば出会いが少ないのはわかるが、浅葉がその気になれば他にいくらでも選択肢があるだろうに。浅葉ほどモテて理性ある刑事がよりによってなぜ……。

「……ったくあの野郎」

 つい舌打ちが出る。いずれにしても、石山は事情を知った上でなお、浅葉をてると決断したということだ。まあ、この件から外したところで黙って見ているような浅葉ではないから、裏で勝手な行動を取られるぐらいなら正式に担当させた方がましだという結論にはうなずけた。

 長尾が最終的に二人の関係を悟ることは浅葉も想定済みだったろう。ただ、長尾以外の人間に知られていなければ、現場で万一判断に狂いが生じても、それが致命的でさえない限り何とかごまかして立場を守ることもできたはずだ。

 しかし、石山に二人の関係を知らせたとなると、現場に私情をはさむ余地は消えたといってよい。浅葉自身がおのれの気の緩みを許さず、自ら予防線を張ったとしか考えられなかった。つまり田辺に対する気持ちも、任務についても、そこまでするほど本気だということではないか。

「しかし、どうやって今日までもたせたんだ、あいつ。こんな生活してたらソッコー振られそうなもんだけどな……」
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