君の思い出

生津直

文字の大きさ
上 下
80 / 92
第4章 苦悩

80 要請

しおりを挟む
 八月三十日。千尋は、この日も朝からバイトだった。

 レジの横に並べてある客用の新聞や雑誌を新しいものに入れ替えている時、普段は新聞などまず読むことはないが、何かが目を引いた。

 乱雑に畳まれた紙面の隅に、見覚えのある顔。真智子が撮った写真の中で、浅葉の黒いジャケットの肩をがっちりとつかんでいた親分風の男だ。

 目付きの悪い白黒の顔写真は、あの大きなサングラスこそかけていないが、ほくろの位置からして間違いない。その隣には、銃刀法違反および覚醒剤取締法違反で逮捕、の文字が毅然きぜんと刷られていた。



 八月三十一日。千尋が洗い物をしていると電話が鳴った。覚えのない固定電話だ。

「もしもし」

「千尋」

「あ……」

 番号からは予想がつかなかったが、間違いようのない浅葉の声。途端に鼻の奥がツンとした。

「ごめん、寝てた?」

「いえ」

「ちょっと、知らせておきたいことがあって」

「はい」

「明日、お前に電話がいく」

「……電話?」

「警察から、協力の要請だ」

「え? それって……例の件の、続き?」

「いや、今度はまた別なんだ。今は……それ以上は話せない」

「そう……ですか」

「とりあえず来てくれって話になるから、急で悪いんだけど、できれば明日中に来て話を聞いてくれるかな」

 何となく深刻な話なのではないかという印象を受けたが、まだ詳しくは話せないというのでは仕方がない。千尋は素直に応じた。

「はい、わかりました」

「それから……」

 少し間がいた。

「滝本真智子が、逮捕された」

「えっ? 真智子!?」

 千尋は思わず携帯を取り落としそうになる。

「売春斡旋あっせんの現行犯で」

 千尋は茫然とくうを見つめた。信じられないといえば嘘になる。昔から問題児で、暴力団と付き合いがあると噂が立ったこともあった。しかしまさか逮捕されるようなことをしでかすとは……。

「どっかで報道される前に、お前には言っておきたくて」

「そうですか」

 全身から力が抜ける。自業自得とはいえ、真智子はこれからどうなってしまうのだろう。

「あの……それ、浅葉さんが?」

「いや、担当課が違うんだ。ただ……」

 数秒の間があった。

「情報を入れたのは俺だ」

 千尋は、妙に冷静な自分に驚いていた。友達といっても、悪事を働いたのならかばうつもりはなかったし、浅葉がその逮捕に関わっていても、特に気まずいとは感じなかった。

「かなりでかい組織が絡んでる可能性がある。今後もしクスリ関係でも出てくれば、うちも動員される」

「それってもしかして、あの写真から?」

 浅葉にあの写真を見せてからはまだ二日しか経っていないが……。

「ああ。あの店にいたこと自体は何の罪でもない。ただ、ちょっと気になって調べてみたら、裏はいろいろと華やかでね。別に手柄が欲しかったわけじゃない。このままにしておくと彼女に危険が及ぶ。話がでかくなる前に捕まっておいた方が、彼女のためなんだ」

「気になって、っていうのは、勘……みたいな?」

「いや。勘がそんなにえてたら、もっと出世してるよ」

 二人の間に、乾いた笑いが微かにこぼれた。

「強いて言えば、経験、かな」

 それが勘とどう違うのか、千尋にはわからない。

「どうして……私に聞かなかったの? 真智子のこと」

 千尋から名前だけでも聞き出せば、捜査の助けになったろうに。

「それどころじゃなかったろ」

 電話の向こうの浅葉の苦笑いが目に浮かぶようだった。

「いいんだ。女子校の同級生ってだけで十分。写真が撮られた角度から考えて、カウンターの角に座ってたショートカットのだろうって、すぐわかった。そういえばずっと携帯いじってたしな」

「こないだは……ごめんなさい。困らせて」

 言いながら声が震えた。伝えたいことは山ほどあった。もう怒ってなどいない。あなたの仕事を誇りに思う。いつもありがとう。今すぐ抱き締めたい……。

 浅葉は長いこと何も言わず、千尋の息だけを聞いていた。

「千尋」

「はい」

 長い沈黙を、短いため息が破る。

「いや……また今度ゆっくり話そう」

「うん。じゃ、また」

「また」はいつになるのだろう。千尋は締め付けるような胸の痛みに耐えながら、電話を切った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...