君の思い出

生津直

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第3章 蜜月

68 淫ら

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 その大きなベッドは、左側と足側の二辺を大きな鏡に囲われていた。それ以外はいたってシンプルな作りの部屋で、千尋好みだ。妙に色のついたライトだの、特殊な空間だの、テーマパークさながらの仰々ぎょうぎょうしい演出にはどうもえてしまう。

 千尋がトイレを済ませ、手持ちのウェットティッシュで肝心なところを清めて出てくると、浅葉は洗面所でオペ前の外科医のごとく、熱心に手を洗っていた。その「出陣準備」っぷりに、千尋のテンションもつい高まる。

 浅葉は手を拭いたバスタオルをベッドの上にぽんと投げた。千尋はそれを見て今さらながらはにかむ。浅葉と事に及べば自分の体がどうなってしまうかは十分学習済みだ。

 浅葉は後ろから千尋を抱き締めた。ベッドの向こうの鏡がそれを映し出す。

「なんか……見られてるみたいでドキドキするね」

 浅葉が鏡の中から千尋を見つめ、

「ほんとだ。エッチだなあ」

などと煽るものだから、余計にエッチな気分になってくる。

 浅葉はゆったりとしたチュニックの上からたっぷりと千尋の体に触れ、額、頬、唇へと軽くキスした。

 千尋が改めて唇を求めようとすると、浅葉の舌がにゅっと伸びてきて千尋の唇を端から濡らしていく。もてあそばれるようなその感覚にすっかり高揚させられ、千尋は浅葉の腰をつかんで唇を舐め返した。

 浅葉はそれを切り返すかに見えたが、結局敗北を認めて唇を押し付けてきた。千尋は舌を絡めながらじりじりと押されて後ずさり、ベッドに乗り上げる。

 浅葉は千尋の体を両手でじっくりとでながら、例によってその肌を露出させる過程を長々と楽しんだ。

 ようやく素肌が触れ合うと、不意に浅葉が千尋の後ろに回った。正面の鏡の中で、美しい裸の男が背後から千尋の腹を抱いていた。鏡の中で視線を合わせたまま、左手を千尋の右胸に伸ばすと、乳首の根をそっとつまんだ。千尋は、触れられている感覚以上に視覚に気を取られていた。

 浅葉は折り重なった千尋の膝の下に両手を入れ、左右にぐいと引いた。鏡に向かって大きく足が開く。千尋はその奇妙な光景に見入った。

 浅葉には何度も見られているともちろんわかっているが、自らの当たりにすることはそうそうない。わずかな羞恥心と違和感の一方で、独特の興奮を覚えた。

 浅葉の右手が繊細なひだを縦になぞると、そこはすぐに潤った。親指に開かれて薄紅が覗き、中指が千尋の中に消える。何度か往復した後、そこに隣の指が加えられた。千尋は、荒くなりそうな呼吸を抑え、自分の体が愛される音に耳を澄ました。

 浅葉の唇が、右の耳からうなじへと下る。肩に歯が立った瞬間、乳房に添えられた手の血管がそれに応じるように波打った。

 食い入るように見つめていると、鏡の中の自分にやきもちを焼いたらしい浅葉が、千尋の前に回って視界をさえぎった。

「そろそろ集中してもらおうかな」

 千尋を押し倒し、熱心に首筋をしゃぶり始める。

 時間があるのをいいことに、今日の浅葉は一段と入念に奉仕した。ふと、浅葉が遠くなった。いや、これでもかというほど千尋に触れてはいるのだが、随分下の方にいる。と思った瞬間、太腿の付け根がべロンと舐め上げられた。千尋の喉が瞬時に縮み、かすれた音を立てた。

 その足の内側から伸びてきた手が千尋の腰骨を捉え、膝が横に倒された。熱い舌がV字の際をなぞり、下腹を渡って反対側の太腿を下る。外堀から徐々に迫ってきた温かい息が、ついに最もデリケートな部分にかかり、千尋はみぞおちを震わせた。

 谷の奥に分け入ってくる舌と、腰骨をがっちりとつかむ手、そして、そんなところに浅葉の頭が密着している光景とが三つどもえに入り乱れ、千尋は図らずも欲情を燃やしてしまう。

 惑わすようにうねり、触れたかと思えばすぐに逸れてしまう舌と唇に振り回され、たまらず思い切り喉を絞る。もはや恥ずかしいなどという感情は失っていた。
 
 浅葉は千尋の手を緩く握った。舌は核に留まり、押しては引き、わずかずつ位置を変えながら微調整に入っていた。ある一点で全身が反応し、千尋が咄嗟に手に力を込めると、浅葉の手はそれを優しく握り返し、舌の方はそこに集中した。

 今にも行き着いてしまいそうな感覚に、千尋は腹の底からえた。その道のりは想像以上に遠かったが、見事なまでに諦めを知らない浅葉には、やめないでと頼む必要もなかった。

 長らく漂流した後、体とは別のところで千尋の脳が陸地の片鱗へんりんを捉えていた。すがる思いでたぐり寄せる。

 ようやく手が届くと確信した瞬間、握った手に思わず爪を立てていた。浅葉は黙ってそれに耐え、あくまでペースを維持した。

 千尋の予想に反し、そのとてつもないエネルギーはまず内に向かった。押さえ付けられるような序章を経て、やにわに解放される。浅葉の手を握り締めたまま、全身が激しく揺さぶられた。この世にはまだ見たことのない景色があったのだと知った。

 千尋がようやく上陸に至ると、浅葉は全体をゆっくりと平たく舐めて締めくくった。千尋はその余韻にしばらく声を上げ続けた。

 天に昇った女の表情を味わっていた浅葉は、千尋がうーんと伸びをして寝返りを打つと、

「ねえ、何これ。いってー」

 親指の付け根に付いた爪の跡を見せる。皮が剥け、薄く血がにじんでいた。

「えっ? それ、私?」

「私に決まってんだろ。そのうち血管切られんじゃねえか、俺」

「ごめんね。あんまり気持ち良くって、つい」

と照れる千尋に、浅葉の頬がますます緩む。

「お陰様ですっげーかわいかったけど」

 千尋はそれが褒め言葉であり愛情表現だと知りながらつい赤面した。
 
 浅葉は鞄から取り出したペットボトルの水をぐいとあおり、千尋に差し出す。千尋は何だか身を起こすのも今は億劫おっくうで、首を横に振る。

 浅葉は再びボトルを傾けて水を口に含むと、腰をねじって唇を重ね、その隙間から千尋に与えた。

「ん……おいしい。もっと」

 浅葉は千尋のおねだりに気を良くし、嬉々ききとして何度でもそれに応えた。
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