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第3章 蜜月
67 誕生日デート
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七月三日。駅前で待ち合わせ、今日は浅葉も電車でやってきた。一足早く千尋のバースデーを祝う日。
千尋は例によって行き先を知らないまま、浅葉に連れられて混み合った歩道を歩く。
駅からほんの五分ほど歩いた賑やかなエリアで浅葉に促され、引き戸が開いたままになった入口の暖簾をくぐると、まず目に飛び込んできたのは赤ちょうちん。ビルのワンフロアをぶち抜いたようなエリアに、大小のあらゆる屋台風の店が所狭しと並んでいた。その熱気に食欲をそそられる。
「わあ……」
「お前が言う『渋い』はこれかなと思って」
「うん。すごーい」
焼き鳥におでん、ラーメン、海鮮、有機野菜の一品料理まで種類も豊富だ。
端から順番に見て回り、千尋が選んだのは台湾風小皿料理。座面の縁が破れた丸椅子に座り、コンクリートの地面をガリガリと引っ掻いてカウンターに引き寄せる。こうして浅葉と並んで座ると、向かい合うのとはまた別のドキドキ感があった。
千尋はコーリャン酒というものを初めて飲んだが、これは気合いの入った酒だ。こってりした料理にはちょうどいい。ストレートで飲みながら、水を別にもらった。浅葉は水割りにしてレモンを搾っている。
料理は薬膳スープに炒め物の肉料理各種、イカにエビ、ギョーザ、チャーハン、ビーフンと、どれも少しずつ出してくれるのがありがたい。まあいざとなれば浅葉がいるのだから、料理を残してしまう心配はないのだが……。
千尋はコーリャン酒のお代わりをもらってすっかりいい気分だった。時折浅葉を突っついてみたり、肩にもたれたり、膝に手を置いたりして甘える。あのおしゃれなフレンチと浅葉の見事なエスコートにはすっかり魅了されたが、気楽に飲み食いしながら適当にいちゃいちゃできるこういう環境も必要だ。
大満足で店を後にし、まだまだ眠る気配のない夜の街を歩く。お腹がこなれ、程良く酔いが醒めてきた頃、浅葉がその問いを口にした。
「お前、今日は?」
「ん?」
「ご体調は?」
この「事前のお伺い」に、千尋はふふっと微笑む。二人はちょうど先ほど、いかにもといった雰囲気のネオンがひしめくエリアに足を踏み入れていた。
「いいですよ」
腰骨に浅葉の手が回った。
「……ご気分は?」
「うん。いいですね」
「じゃあ、ホテルとか行っちゃう?」
「うん、行っちゃう」
二人してククッと笑う。
浅葉が頬に唇を寄せてきた瞬間、千尋の視界の端に、ちょうど差し掛かった十字路の右手から歩いてくる人影が映った。見覚えのあるその髭面は、見るからに派手な女を二人従えた長尾だった。
「あれ?」
声を上げた千尋の視線を遮るように、
「あ、ここ、いいんじゃないかな」
と手近なホテルを指す浅葉。脇に抱えられるようにして入口へと連れ込まれながら、
「あれって……」
と言いかけて、千尋は慌てて手で口を押さえた。見かけても無視する約束だ。それでも千尋はつい振り返ってしまう。三者連れ立って、ホテルの一つへと消えていくところだった。
見てはいけないものを見てしまったのだろうか。いや、長尾の性格上、この程度のことをいちいち隠すとは思えない。第一、独身なのだし、決まった相手もいないと言っていた。誰とホテルに行こうと、何人で行こうと、自由ではないか。
エレベーターの中で、
「ねえ」
と、探るように浅葉の方を見上げると、返ってきたのは静かな、長いキスだった。なぜだかわからないが、浅葉はこの話題を避けたがっている。
(まあ、それならそれでいいか)
浅葉とのラブホテル体験など、めったにあるものではない。こっちを楽しまなくちゃ、と千尋は頭を切り替えた。
千尋は例によって行き先を知らないまま、浅葉に連れられて混み合った歩道を歩く。
駅からほんの五分ほど歩いた賑やかなエリアで浅葉に促され、引き戸が開いたままになった入口の暖簾をくぐると、まず目に飛び込んできたのは赤ちょうちん。ビルのワンフロアをぶち抜いたようなエリアに、大小のあらゆる屋台風の店が所狭しと並んでいた。その熱気に食欲をそそられる。
「わあ……」
「お前が言う『渋い』はこれかなと思って」
「うん。すごーい」
焼き鳥におでん、ラーメン、海鮮、有機野菜の一品料理まで種類も豊富だ。
端から順番に見て回り、千尋が選んだのは台湾風小皿料理。座面の縁が破れた丸椅子に座り、コンクリートの地面をガリガリと引っ掻いてカウンターに引き寄せる。こうして浅葉と並んで座ると、向かい合うのとはまた別のドキドキ感があった。
千尋はコーリャン酒というものを初めて飲んだが、これは気合いの入った酒だ。こってりした料理にはちょうどいい。ストレートで飲みながら、水を別にもらった。浅葉は水割りにしてレモンを搾っている。
料理は薬膳スープに炒め物の肉料理各種、イカにエビ、ギョーザ、チャーハン、ビーフンと、どれも少しずつ出してくれるのがありがたい。まあいざとなれば浅葉がいるのだから、料理を残してしまう心配はないのだが……。
千尋はコーリャン酒のお代わりをもらってすっかりいい気分だった。時折浅葉を突っついてみたり、肩にもたれたり、膝に手を置いたりして甘える。あのおしゃれなフレンチと浅葉の見事なエスコートにはすっかり魅了されたが、気楽に飲み食いしながら適当にいちゃいちゃできるこういう環境も必要だ。
大満足で店を後にし、まだまだ眠る気配のない夜の街を歩く。お腹がこなれ、程良く酔いが醒めてきた頃、浅葉がその問いを口にした。
「お前、今日は?」
「ん?」
「ご体調は?」
この「事前のお伺い」に、千尋はふふっと微笑む。二人はちょうど先ほど、いかにもといった雰囲気のネオンがひしめくエリアに足を踏み入れていた。
「いいですよ」
腰骨に浅葉の手が回った。
「……ご気分は?」
「うん。いいですね」
「じゃあ、ホテルとか行っちゃう?」
「うん、行っちゃう」
二人してククッと笑う。
浅葉が頬に唇を寄せてきた瞬間、千尋の視界の端に、ちょうど差し掛かった十字路の右手から歩いてくる人影が映った。見覚えのあるその髭面は、見るからに派手な女を二人従えた長尾だった。
「あれ?」
声を上げた千尋の視線を遮るように、
「あ、ここ、いいんじゃないかな」
と手近なホテルを指す浅葉。脇に抱えられるようにして入口へと連れ込まれながら、
「あれって……」
と言いかけて、千尋は慌てて手で口を押さえた。見かけても無視する約束だ。それでも千尋はつい振り返ってしまう。三者連れ立って、ホテルの一つへと消えていくところだった。
見てはいけないものを見てしまったのだろうか。いや、長尾の性格上、この程度のことをいちいち隠すとは思えない。第一、独身なのだし、決まった相手もいないと言っていた。誰とホテルに行こうと、何人で行こうと、自由ではないか。
エレベーターの中で、
「ねえ」
と、探るように浅葉の方を見上げると、返ってきたのは静かな、長いキスだった。なぜだかわからないが、浅葉はこの話題を避けたがっている。
(まあ、それならそれでいいか)
浅葉とのラブホテル体験など、めったにあるものではない。こっちを楽しまなくちゃ、と千尋は頭を切り替えた。
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