君の思い出

生津直

文字の大きさ
上 下
67 / 92
第3章 蜜月

67 誕生日デート

しおりを挟む
 七月三日。駅前で待ち合わせ、今日は浅葉も電車でやってきた。一足早く千尋のバースデーを祝う日。

 千尋は例によって行き先を知らないまま、浅葉に連れられて混み合った歩道を歩く。

 駅からほんの五分ほど歩いた賑やかなエリアで浅葉に促され、引き戸が開いたままになった入口の暖簾のれんをくぐると、まず目に飛び込んできたのは赤ちょうちん。ビルのワンフロアをぶち抜いたようなエリアに、大小のあらゆる屋台風の店が所狭ところせましと並んでいた。その熱気に食欲をそそられる。

「わあ……」

「お前が言う『渋い』はこれかなと思って」

「うん。すごーい」

 焼き鳥におでん、ラーメン、海鮮、有機野菜の一品料理まで種類も豊富だ。

 端から順番に見て回り、千尋が選んだのは台湾風小皿料理。座面の縁が破れた丸椅子に座り、コンクリートの地面をガリガリと引っ掻いてカウンターに引き寄せる。こうして浅葉と並んで座ると、向かい合うのとはまた別のドキドキ感があった。

 千尋はコーリャン酒というものを初めて飲んだが、これは気合いの入った酒だ。こってりした料理にはちょうどいい。ストレートで飲みながら、水を別にもらった。浅葉は水割りにしてレモンを搾っている。

 料理は薬膳スープに炒め物の肉料理各種、イカにエビ、ギョーザ、チャーハン、ビーフンと、どれも少しずつ出してくれるのがありがたい。まあいざとなれば浅葉がいるのだから、料理を残してしまう心配はないのだが……。

 千尋はコーリャン酒のお代わりをもらってすっかりいい気分だった。時折浅葉を突っついてみたり、肩にもたれたり、膝に手を置いたりして甘える。あのおしゃれなフレンチと浅葉の見事なエスコートにはすっかり魅了されたが、気楽に飲み食いしながら適当にいちゃいちゃできるこういう環境も必要だ。



 大満足で店を後にし、まだまだ眠る気配のない夜の街を歩く。お腹がこなれ、程良く酔いがめてきた頃、浅葉がその問いを口にした。

「お前、今日は?」

「ん?」

「ご体調は?」

 この「事前のお伺い」に、千尋はふふっと微笑む。二人はちょうど先ほど、いかにもといった雰囲気のネオンがひしめくエリアに足を踏み入れていた。

「いいですよ」

 腰骨に浅葉の手が回った。

「……ご気分は?」

「うん。いいですね」

「じゃあ、ホテルとか行っちゃう?」

「うん、行っちゃう」

 二人してククッと笑う。

 浅葉が頬に唇を寄せてきた瞬間、千尋の視界の端に、ちょうど差し掛かった十字路の右手から歩いてくる人影が映った。見覚えのあるその髭面ひげづらは、見るからに派手な女を二人従えた長尾だった。

「あれ?」

 声を上げた千尋の視線をさえぎるように、

「あ、ここ、いいんじゃないかな」

と手近なホテルを指す浅葉。脇に抱えられるようにして入口へと連れ込まれながら、

「あれって……」

と言いかけて、千尋は慌てて手で口を押さえた。見かけても無視する約束だ。それでも千尋はつい振り返ってしまう。三者連れ立って、ホテルの一つへと消えていくところだった。

 見てはいけないものを見てしまったのだろうか。いや、長尾の性格上、この程度のことをいちいち隠すとは思えない。第一、独身なのだし、決まった相手もいないと言っていた。誰とホテルに行こうと、何人で行こうと、自由ではないか。

 エレベーターの中で、

「ねえ」

と、探るように浅葉の方を見上げると、返ってきたのは静かな、長いキスだった。なぜだかわからないが、浅葉はこの話題を避けたがっている。

(まあ、それならそれでいいか)

 浅葉とのラブホテル体験など、めったにあるものではない。こっちを楽しまなくちゃ、と千尋は頭を切り替えた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

処理中です...