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第3章 蜜月
65 バースデー
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六月十日。浅葉の携帯から電話があった。
「よう、寝ぼすけ」
「それを言うなら、眠れる森の美女、でしょ?」
「お目覚めですか、お姫様?」
「あの日はちゃんと起きて、授業も出ました。目覚ましありがとね。タイミングばっちり」
「そりゃよかった。俺の山勘も捨てたもんじゃないな」
実際はもちろん、千尋の支度にかかる時間と、大学までの移動時間を計算した結果に決まっている。
「王子様は久々にご帰還ですか」
「それがさ、ちょっと必要なものがあって寄っただけ。今また出るとこ」
「そうだ、鍵……よく入れましたね」
「ま、自分ちなら二秒ってとこかな」
「何それ。捕まりますよ、そんなことしてると」
「そりゃ、よそんちでやったら捕まるけどな。ところでさ、お前、誕生日はどうすんの?」
千尋の誕生日は七月七日。もちろん浅葉がそれを知らないはずはないし、知っていながら忘れるはずもない。
「どうすんのって……そりゃあ、できれば彼氏と過ごしたいなと思ってますけど」
「うーん、彼氏は……なんと、三日だったら夕方六時から翌朝まで空いてる模様」
「三日って、金曜日か。それは素晴らしく優秀ですね」
「で、どんなバースデープランをご所望かな?」
千尋はしばし考えた。
「なんか、渋いとこ行こっか」
「渋い? 縁側でカポーンみたいな?」
「何それ、じーさんみたいの、やめてよ。そうじゃなくて、こないだがとってもお洒落だったから、打って変わって全然違う方向性がいいかなと思って。敢えて気取らない感じで、でも汚くはなくて、やかましくもないけど程良く賑わってて、しっかりつまみながら結構しっかり飲んじゃう感じ」
浅葉が喉で笑うのが聞こえてくる。
「何だって? 全部おぼえられたか心配だな」
「要するに、テキトーでいいってこと」
「オッケー。じゃテキトーに考えとくよ」
「ねえ、そういえば、浅葉さんのバースデー……は?」
浅葉といるとついその場を楽しむことに夢中になってしまうし、浅葉の方は千尋のことなど何でも知っているせいもあり、ごく普通の情報収集が千尋側からは全くと言っていいほどできていなかった。
「六月二日」
「なんだ、過ぎたばっかりじゃない。どうして言ってくれないの?」
「ちゃんと祝ってもらったよ、先週」
誰に? と聞き返そうとして、はっと気付く。先日のフレンチデートは六月四日だった。
「あ、あれって……」
「自分の誕生日なんて気にしたことなかったけど、お前がいると思ったら何かちょっと特別なことしてみたくなってさ。当日は休み取れなかったけど、近い日付で」
「私……ごめんなさい、あの日、ぐっすり寝ちゃって」
「いや、いいんだ。幸せだった。お前の寝顔がたっぷり見れて」
「でも、もともとはそのつもり……だったんじゃない?」
「え? あ、うちねえ、セックス禁止なんだ。隣に丸聞こえだから」
浅葉はそう言って、ははは、と笑った。千尋もあの晩に隣家から聞こえてきた話し声はおぼえているが、浅葉は千尋の罪悪感を拭おうとしているだけだろう。
「じゃあ、彼女呼んでも、いつもお預けってことね」
とからかってみる。浅葉はふと黙り、やがて静かに言った。
「うちには誰も入れたことなかった。お前だけだ」
そんなことを聞かされては、頬が緩み切ってしまう。千尋はその特別扱いにすっかり気を良くしながら、あの一夜を思い出していた。
「ありがとう。本当に……素敵な夜を」
「よかった、楽しんでもらえて」
「それから……お誕生日、おめでとう」
「ありがと。お前のも楽しみにしてる」
千尋は、誕生日云々よりも、またデートの予定ができたことに心ときめかせた。
「よう、寝ぼすけ」
「それを言うなら、眠れる森の美女、でしょ?」
「お目覚めですか、お姫様?」
「あの日はちゃんと起きて、授業も出ました。目覚ましありがとね。タイミングばっちり」
「そりゃよかった。俺の山勘も捨てたもんじゃないな」
実際はもちろん、千尋の支度にかかる時間と、大学までの移動時間を計算した結果に決まっている。
「王子様は久々にご帰還ですか」
「それがさ、ちょっと必要なものがあって寄っただけ。今また出るとこ」
「そうだ、鍵……よく入れましたね」
「ま、自分ちなら二秒ってとこかな」
「何それ。捕まりますよ、そんなことしてると」
「そりゃ、よそんちでやったら捕まるけどな。ところでさ、お前、誕生日はどうすんの?」
千尋の誕生日は七月七日。もちろん浅葉がそれを知らないはずはないし、知っていながら忘れるはずもない。
「どうすんのって……そりゃあ、できれば彼氏と過ごしたいなと思ってますけど」
「うーん、彼氏は……なんと、三日だったら夕方六時から翌朝まで空いてる模様」
「三日って、金曜日か。それは素晴らしく優秀ですね」
「で、どんなバースデープランをご所望かな?」
千尋はしばし考えた。
「なんか、渋いとこ行こっか」
「渋い? 縁側でカポーンみたいな?」
「何それ、じーさんみたいの、やめてよ。そうじゃなくて、こないだがとってもお洒落だったから、打って変わって全然違う方向性がいいかなと思って。敢えて気取らない感じで、でも汚くはなくて、やかましくもないけど程良く賑わってて、しっかりつまみながら結構しっかり飲んじゃう感じ」
浅葉が喉で笑うのが聞こえてくる。
「何だって? 全部おぼえられたか心配だな」
「要するに、テキトーでいいってこと」
「オッケー。じゃテキトーに考えとくよ」
「ねえ、そういえば、浅葉さんのバースデー……は?」
浅葉といるとついその場を楽しむことに夢中になってしまうし、浅葉の方は千尋のことなど何でも知っているせいもあり、ごく普通の情報収集が千尋側からは全くと言っていいほどできていなかった。
「六月二日」
「なんだ、過ぎたばっかりじゃない。どうして言ってくれないの?」
「ちゃんと祝ってもらったよ、先週」
誰に? と聞き返そうとして、はっと気付く。先日のフレンチデートは六月四日だった。
「あ、あれって……」
「自分の誕生日なんて気にしたことなかったけど、お前がいると思ったら何かちょっと特別なことしてみたくなってさ。当日は休み取れなかったけど、近い日付で」
「私……ごめんなさい、あの日、ぐっすり寝ちゃって」
「いや、いいんだ。幸せだった。お前の寝顔がたっぷり見れて」
「でも、もともとはそのつもり……だったんじゃない?」
「え? あ、うちねえ、セックス禁止なんだ。隣に丸聞こえだから」
浅葉はそう言って、ははは、と笑った。千尋もあの晩に隣家から聞こえてきた話し声はおぼえているが、浅葉は千尋の罪悪感を拭おうとしているだけだろう。
「じゃあ、彼女呼んでも、いつもお預けってことね」
とからかってみる。浅葉はふと黙り、やがて静かに言った。
「うちには誰も入れたことなかった。お前だけだ」
そんなことを聞かされては、頬が緩み切ってしまう。千尋はその特別扱いにすっかり気を良くしながら、あの一夜を思い出していた。
「ありがとう。本当に……素敵な夜を」
「よかった、楽しんでもらえて」
「それから……お誕生日、おめでとう」
「ありがと。お前のも楽しみにしてる」
千尋は、誕生日云々よりも、またデートの予定ができたことに心ときめかせた。
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