君の思い出

生津直

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第3章 蜜月

61 浅葉邸

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 車に戻ると、浅葉は運転席から千尋の顎を持ち上げてキスし、ゆっくりと発進した。

 千尋はすっかり安心しきって助手席に身を沈めていた。これからどうする、と聞かれない限り、浅葉に任せておけばいい。

 車が減速し、車道から少し乗り上げるようにして駐車場らしき場所に入った。浅葉はその空車スペースの一つに車を収め、キーを抜いた。

 ここは? と千尋が目で尋ねると、浅葉は千尋のひたいに長々と唇を押し付けてから、いたずらっぽくささやいた。

「俺んち」

 その響きにドキッとして千尋が固まっている間に、浅葉は車を降りて助手席のドアを開けに来た。その手に引かれて車を降り、蛍光灯の光に照らされた駐車場を横切る。

 建物の中に入り、一階に停まっていたエレベーターに乗った。ボタンは六まであり、浅葉は四を押した。

 エレベーターを降りて右側、一つ目のドアの前で立ち止まる。鍵を回してドアを開けると、浅葉は千尋の背中をふわっと撫でた。千尋はドキドキしながら足を踏み入れる。

「ひっさびさに掃除しちゃった」

 浅葉は電気を点けた。

 廊下の左手にドアが二つ並び、右手に立派なキッチン。まっすぐ進むとフローリングのリビング。真正面がベランダに通じる窓で、右手手前にベッド。真ん中に敷いたカーペットの上にシンプルな黒の低いテーブル。

 左手にはテーブルと同じ色と質感の、背の低い横長の本棚。本棚に向かって左手の壁にクローゼットらしき引き戸があり、反対側の窓際に小さなテレビがある。それこそ、学生の一人暮らしに毛が生えた程度の住まいで、実に浅葉らしい気がした。

 そこへ、数人の笑い声が聞こえてくる。隣の部屋だろう。五、六人が集まって話に花を咲かせている風だ。

「壁薄くてさ。まあ、ほとんどここにはいないから関係ないけど」

「そうね。でも、いない割には素敵なお住まいで」

「お褒めにあずかり、光栄です」

「ねえ、いきなり悪いんだけど、お手洗い借りてもいい?」

 ビールを飲んだ時ほどではないが、ワインにもそれなりに利尿作用があるらしい。

「ああ、そこの右のドア」

 ドアを開けて電気を点けると、余計なものが何もなく、カバーやマットといった類のものも一切見当たらない、つるんとしたトイレだった。かろうじてタオル掛けには白いタオルが掛かっているが、これは千尋用に出してきたものかもしれない。

 千尋が用を済ませて出てくると、浅葉はキッチンの引き出しを覗き込んで何かを探していた。リビングには低い音で音楽が流れている。その心地良いジャズに誘われ、千尋の心は甘いムードに満たされた。
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