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第3章 蜜月
59 晩餐
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だいぶイメージが湧いて選択肢が絞られたところで浅葉が言う。
「書いてないことはお店の人に聞いたらいい。あと、シェアもできるから」
「あ、それいいね。やっぱりちょっとずついろいろ食べたいもんね」
再びやってきたウェイターにあれこれ質問し、千尋主導でオーダーがまとまった。最後に浅葉が付け足す。
「あ、そうだ、二人でシェアしたいんですが」
「はい、プラでございますか?」
(何でございますって?)
千尋が理解しかねている間にも、浅葉はにこっとウェイターを見上げて
「全部」
と、堂々と希望を述べ、
「アントレは差し支えなければこちらで取り分けますんで」
と付け加える。店側も全く困った様子はなく、かしこまりました、と去っていき、じきにワインリストを持って戻ってきた。千尋も一応気取ってリストを開いてみる。やはりここにも値段は書かれていない。
「グラスは何がありますか?」
浅葉が尋ねると、白と赤、それぞれに二種類ずつ名前が挙がった。
白ワインの一つはちょうど二人が注文したメインディッシュに合わせて選ばれた銘柄で、もう一方も魚介全般によく合う、とウェイターが説明する。まずはその後者の方からでどうかと浅葉に聞かれ、千尋は落ち着き払った態度で、
「うん、それにします」
と微笑んでみせた。浅葉につられ、自分までこういう場に慣れているような気がしてくるから不思議だ。
「赤はちょっと様子を見て考えます」
と浅葉はワインリストを眺め始めた。
二人の席は六角形の部屋の角の一つに位置していた。そう広くない店内だが、隣の席との間は随分気前よくたっぷりと空けてある。
千尋のような年齢層は全く見当たらないし、浅葉もこの中では圧倒的に若い。五十代と六十代ぐらいの男女が一組ずつ既に食事中で、男性三人女性一人の接待風のグループが一組、ちょうど入店してきたところだ。
(カジュアルでもいいぐらいとか言ってたけど……)
およそそんな雰囲気ではない。皆装い麗しく、マナーも心得ているように見える。
ちょうどシャンパンを飲み終える頃に白ワイン、続いて前菜が運ばれてきた。
テーブル中央に千尋の方に向けて牡蠣のワイン蒸し、その隣に取り皿が一つ置かれ、残りわずかになっていた浅葉のグラスに炭酸水が注がれる。
皿の中心に寄せて高さを出した美しい盛り付けを千尋が目で堪能し終えると、浅葉はナイフとフォークを鮮やかに裁いてそれを取り分け、元の皿に千尋の分を美しく残した。
「すごーい、プロみたい」
と褒めると、浅葉は得意気に片目をつぶってみせる。たこ焼きを食べながらストロベリーバナナを飲んでいたのと同じ人物とは到底信じられなかった。
牡蠣はソースまで牡蠣の味がして素晴らしい出来だ。噂に違わず、フランス料理はやはりソースがポイントらしい、と千尋は納得する。香草の香りも邪魔にならず、ちょうどいい。
牡蠣自体の蒸し加減も、紛れもなく最適解だ。舌に触れる表面の柔らかさ。噛んだ時にジュワッと溢れ出す磯の風味。時間を厳密に計っているのか、はたまたシェフの勘なのか。火が通り過ぎたら台無しになるところを、余熱まで計算に入れ、確信を持ってケアしているのだろう。
これと入れ替わりに運ばれてきた前菜二皿目のオマール海老も実に美味。プリッとした身にしっかりと味があり、海老味噌を生かしたらしき独特なソースがそれを引き立てる。
フィンガーボウルというものを生まれて初めて使いながら、千尋はうっとりと目を細めた。
「書いてないことはお店の人に聞いたらいい。あと、シェアもできるから」
「あ、それいいね。やっぱりちょっとずついろいろ食べたいもんね」
再びやってきたウェイターにあれこれ質問し、千尋主導でオーダーがまとまった。最後に浅葉が付け足す。
「あ、そうだ、二人でシェアしたいんですが」
「はい、プラでございますか?」
(何でございますって?)
千尋が理解しかねている間にも、浅葉はにこっとウェイターを見上げて
「全部」
と、堂々と希望を述べ、
「アントレは差し支えなければこちらで取り分けますんで」
と付け加える。店側も全く困った様子はなく、かしこまりました、と去っていき、じきにワインリストを持って戻ってきた。千尋も一応気取ってリストを開いてみる。やはりここにも値段は書かれていない。
「グラスは何がありますか?」
浅葉が尋ねると、白と赤、それぞれに二種類ずつ名前が挙がった。
白ワインの一つはちょうど二人が注文したメインディッシュに合わせて選ばれた銘柄で、もう一方も魚介全般によく合う、とウェイターが説明する。まずはその後者の方からでどうかと浅葉に聞かれ、千尋は落ち着き払った態度で、
「うん、それにします」
と微笑んでみせた。浅葉につられ、自分までこういう場に慣れているような気がしてくるから不思議だ。
「赤はちょっと様子を見て考えます」
と浅葉はワインリストを眺め始めた。
二人の席は六角形の部屋の角の一つに位置していた。そう広くない店内だが、隣の席との間は随分気前よくたっぷりと空けてある。
千尋のような年齢層は全く見当たらないし、浅葉もこの中では圧倒的に若い。五十代と六十代ぐらいの男女が一組ずつ既に食事中で、男性三人女性一人の接待風のグループが一組、ちょうど入店してきたところだ。
(カジュアルでもいいぐらいとか言ってたけど……)
およそそんな雰囲気ではない。皆装い麗しく、マナーも心得ているように見える。
ちょうどシャンパンを飲み終える頃に白ワイン、続いて前菜が運ばれてきた。
テーブル中央に千尋の方に向けて牡蠣のワイン蒸し、その隣に取り皿が一つ置かれ、残りわずかになっていた浅葉のグラスに炭酸水が注がれる。
皿の中心に寄せて高さを出した美しい盛り付けを千尋が目で堪能し終えると、浅葉はナイフとフォークを鮮やかに裁いてそれを取り分け、元の皿に千尋の分を美しく残した。
「すごーい、プロみたい」
と褒めると、浅葉は得意気に片目をつぶってみせる。たこ焼きを食べながらストロベリーバナナを飲んでいたのと同じ人物とは到底信じられなかった。
牡蠣はソースまで牡蠣の味がして素晴らしい出来だ。噂に違わず、フランス料理はやはりソースがポイントらしい、と千尋は納得する。香草の香りも邪魔にならず、ちょうどいい。
牡蠣自体の蒸し加減も、紛れもなく最適解だ。舌に触れる表面の柔らかさ。噛んだ時にジュワッと溢れ出す磯の風味。時間を厳密に計っているのか、はたまたシェフの勘なのか。火が通り過ぎたら台無しになるところを、余熱まで計算に入れ、確信を持ってケアしているのだろう。
これと入れ替わりに運ばれてきた前菜二皿目のオマール海老も実に美味。プリッとした身にしっかりと味があり、海老味噌を生かしたらしき独特なソースがそれを引き立てる。
フィンガーボウルというものを生まれて初めて使いながら、千尋はうっとりと目を細めた。
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