君の思い出

生津直

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第3章 蜜月

57 ドレスアップ

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 六月四日。千尋は、姿見すがたみに映る自分を見つめていた。去年の春、先輩の結婚式の二次会用に、一目惚ひとめぼれして買ったドレス。

 お店の人が「青藤色あおふじいろ」と表現した独特なブルーがいたく気に入った。胸から腰まで自然なギャザーが寄せられ、左胸には縦にフリルが入っている。ウエストから下に程良く広がったシルエットも品が良く、友達からは「大人カワイイ」と好評だった。

 肩が細いひもだけなので、その二次会の時と同じく今日もシースルーのショールを羽織はおり、胸元で結んだ。

 でも、今日は今日で特別な日。全てをまるっきり二次会仕様にはしたくなくて、ネックレスとイヤリングは、去年の誕生日に母がくれた比較的小ぶりなシルバーのセットを選んだ。

 最近サボりがちだったメイクも、久々に化粧品を買い替えて気合いを入れた。ネイルはちょっと落ち着いた感じに、と透明を塗り、先の方にだけ小さく斜めに紺を挟んで白を入れた。

 約束の夕方六時半。玄関に出しておいたシンプルな白のパンプスを履いてドアを開けると、目の前に浅葉が立っていた。

 飛び付く代わりに、その姿に見とれた。ごく控え目な紺の三つ揃いに淡いブルーのシャツを合わせただけの出で立ちだが、浅葉にかかれば何でもさまになる。レッドカーペットでも歩かせたらさぞかし絵になるだろう。

 千尋は、どうせならと思い切って美容院に予約を入れ、髪をセットしてきた自分に心底感謝した。アップにするか下ろすか迷い、その間を取った。

 上半分を思い切り左に寄せ、くるんと丸めたところに逆毛をたっぷり立たせて、残りの髪を左肩に垂らしている。やっぱりプロは違うわ、とつい先ほどまで鏡の中の自分にれしていた。自分ではなかなかこうはいかない。

 ちょっと照れて首をかしげた千尋を、浅葉は上から下までしげしげと眺めた。こぼれた笑みを隠すように少し伏せ、片方の眉をひゅっと上げる。

「参ったな」

「浅葉さん、素敵、とても」

「お前には負けたよ」

 浅葉は千尋のメイクをくずさぬようにと気をつかってか、千尋の肩にかかった髪を一房ひとふさ取ってキスした。

 まともにエスコートされることになどもちろん慣れていない千尋だが、絶妙な角度でさりげなく差し出された浅葉の腕に、いつの間にか自然に導かれていた。



 浅葉が車を停めたのは、どう見ても閑静な住宅街。

「ここ?」

「五分ぐらい歩くけど、靴、大丈夫?」

 浅葉の気配りを独り占めできるひとときは、未だに千尋をこそばゆい気持ちにさせた。

「大丈夫じゃなかったら、どうしましょ?」

 大袈裟おおげさに慌ててみせると、

「俺の腕力は知ってるだろ?」

と、白い歯を覗かせる。この人なら本当に私を抱きかかえて門をくぐりかねない、と思うと、笑いが込み上げてくる。

 浅葉は一瞬千尋の膝に手を置くと、車を降りていった。何となく、待っててと言われた気がしてそのまま座っていると、助手席のドアが開き、浅葉が手を差し伸べた。千尋はすっかりお姫様気分で、その上に自分の手を重ねた。
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