君の思い出

生津直

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第3章 蜜月

56 反省

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 翌朝、千尋はいつものアラーム音で目を覚ました。布団ふとんの中からそれを止めて振り返ると、浅葉は全裸のままベッドの上に座っていた。千尋が起きるのを待っていたらしい。昨夜の疲労はすっかり回復したような顔色だ。

「千尋」

 浅葉は両手で千尋の右手をそっと握った。しばらくそうしていたかと思うと、片手を自分の頭にやり、髪をぎゅっと握り締めた。そのまま大きく深呼吸し、再びその手を千尋の手に戻して言った。

「ごめん。本っ当にごめん」

 千尋はくすっと笑ってしまいそうになるのをこらえつつ、その手をきゅっと握り返した。浅葉はがっくりとうなだれていた。

「最低だな、俺。すげー勝手」

「いいよ。許してあげる」

 千尋はもう一方の手を浅葉の頬に添えた。そもそも怒ってなどいなかったが、こんなに深く反省した様子を見せられては、怒っていても許してしまったかもしれない。

「でも、心配したよ。何か変わったことでもあった?」

 浅葉は一瞬仕事の顔になりかけたが、すぐに思い直したように言った。

「いや……眠かった。すんごく」

「眠いとああなっちゃうんだ。手のかかる人ね」

とからかいながら、改めて付け足す。

「でも、来てくれて嬉しかった。ちゃんと私のところに」

 千尋は本当にそう思っていた。自分が寝ている時間だからといって、どこか手近なところではけ口を見付けたりなどされたくない。

 その言葉をしばし噛み締めた浅葉は、千尋の髪をひと房つまむと、くるくると指に絡めながら言った。

「シャワー浴びていい? ……一緒に」

「特別よ」

 千尋は微笑んで浅葉の手を引き、二人でベッドを抜け出した。



 五月二十九日。金曜の居酒屋の騒ぎの中、千尋は着信音を聞き逃さなかった。

 今日は学科のグループワークに一応真面目に取り組んだ後、他数名を呼び出して飲みに来ていた。座敷の隅に押しやられたバッグから携帯を取り出し、通話ボタンを押しながら外に出る。

「もしもし」

「おう」

 いつ聞いても愛しい、浅葉の声。

「どしたの? 休憩中?」

「うーん、ちょっと調べ物中で、行き詰まり中」

「それは大変」

「まあね。それよりさ、実は、久々に急じゃない休みが取れて」

「ほんと?」

「今度の木曜の晩、暇?」

 木曜の夜はバイトが入っていた。

「はい、暇です」

 バイトぐらいで断っていたら、会う機会などなくなってしまう。誰かにシフトを代わってもらうしかない。

「ちょっとさ、お洒落しゃれなとこ行ってみない?」

「お洒落な……?」

「高級ってわけじゃないけど、ムードがあるっていうか……カップル向けな感じのフランス料理。もちろん味もいい」

「へえ、素敵。なんか緊張しちゃいそうだけど」

「お前さ、友達の結婚式とか、行ったことある?」

「結婚式? 従姉いとこのなら……あとサークルのOBの時は二次会だけ行ったけど」

「その二次会の時の服って、着てこれたりする?」

「レストランに? あんまり格式高いお店とかじゃないでしょうね」

「大丈夫。結構小ぢんまりとしたとこで、わりとアットホームな感じ。俺もネクタイまではしないし、カジュアルでもいいぐらいなんだけど。まあせっかくだから、たまには」

 浅葉にそう言われると、何だか楽しみになってくる。

「うん、じゃあ、用意しときます」

 慣れない場所でも、浅葉に任せておけばたくみにリードしてくれるに違いない。千尋はほおが緩み切ったままテーブルに戻り、友人一同からの冷やかしをしばし楽しんだ。
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