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第3章 蜜月
54 心痛
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五月七日。午前十時半、浅葉は半日の予定で自宅に戻っていた。
大抵はスイッチを切ったようにまずは寝て、風呂、飯、という順だが、今日はそのスイッチが見当たらないパターン。そういう時はまずシャワーを浴びて頭を切り替えるのが常だ。
ある組織間で、大型の取引の計画が持ち上がっている。しかしこれが曲者で、通常通り検挙を狙えばよいという話ではなかった。その点に関して上を説得する材料を揃えたまではよかったが、問題はその後だ。
いざ取引阻止という方針が固まってからは警察としても手を尽くし、浅葉自身も休暇返上で駆けずり回って公式非公式を問わずあらゆるルートから工作していたが、どれも実を結ばずに終わっている。
やはり、宇田川が動くしかないのか……。
獄中にいるこの男との接触を求め続けてもうどれぐらいになるだろう。大惨事を防ぐための最後の鍵となる人物。未だ面会は叶わず、浅葉の焦りは募るばかりだった。
冷たいタイルの壁に裸体を預けて中途半端な水音を聞いていると、あの晩の苦い涙が再びまとわりついてくるような感覚を覚えた。自分のベッドに彼女が裸身を横たえていたのがつい今しがたのような気がしてしまう。
途端に、その弾けるような肌が脳裏に浮かんだ。恋しく思うよりも先に体が反応し、思わず唾を飲み込む。
仕事の疲れやストレスがピークに達したときほど妙に射精したくなるというのは、駆け出しの頃によくあったことだ。そんな時はとりあえずいつも通り抜いておけば済む話で、これが具体的な対象を持った性欲と結び付くことは当時なかった。
ところが、たった一人の女が、この現象も含め、不動と思われた浅葉のそれまでの原理を次々に打ち壊した。彼女への思いは、非情な結末を経てもなお色あせることなく浅葉の心を支配している。
彼女が最後に見せた笑顔。ガラス越しにそれを見送りながら、一人許しを請い、奇跡を願った。
決して自分の理性が絶対だなどと思い上がっていたわけではないが、己を律する能力にはこれ以上ないぐらいに磨きをかけてきたつもりだった。しかし、最大の味方だったはずの理性が、膨れ上がった情念に対してついにオーケーを出してしまった。早い話が、感情に負けた。邪気に蝕まれたのだ。
それを自覚してからもなお、ひとたび生まれてしまった感情は明々と燃え続けた。
永遠の最愛の人。そんな形容に当てはまる相手には、いざ出会えばわかるものなのだと知った。
そんなかけがえのない存在を、突発的な衝動の「おかず」にしてしまうのかと後ろめたく思う気持ちはいくらか残っていた。しかし、浅葉の左手は既に、若干の躊躇を残した心中とは裏腹にすっかり欲情を漲らせて待っているその部分を駆り始めていた。
* * * * * *
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