君の思い出

生津直

文字の大きさ
上 下
53 / 92
第3章 蜜月

53 逢瀬

しおりを挟む
 そうこうしているうちに、ボーダーのカットソーが浅葉の手でめくり上げられた。

 その手が千尋の肌に触れ、ゆっくりと上半身の全てを巡ってゆく。それに対して、まだ触れられてもいない陰部が反応するのを感じ、千尋は既にその声を発してしまっていた。

 千尋の上半分がき出しになると、浅葉は下を脱がせる前に、もう一度千尋に断るチャンスを与えた。

「いいの。もうどうでもいい」

と千尋は意思を明確にし、露骨に興奮した体を浅葉に擦り付けて急かした。

 相変わらずたっぷり寄り道しながらスカートを脱がせる浅葉特有のペースに翻弄される。ようやくそれが足元に辿り着くと、千尋は靴下を蹴り捨て、念のためのナプキンが付いた下着を布団ふとんの中でこっそり脱ぎ、丸めてベッドの下に押しやった。

 浅葉が物干しの方を指差して尋ねる。

「あれ、いい?」

 千尋は頬を赤らめながら身を乗り出してそのバスタオルを取り、位置を見計らって広げた。

 ふと見ると、浅葉の太腿ふとももには例の傷がざっくりと残っている。これでも当初よりは薄くなった方なのだろう。

「まだ痛い?」

「うーん、どうかな? 触ってみ」

 千尋はその直線の両サイドに恐る恐る指を滑らせ、いたわるように掌で全体をそっと覆った。そのかたわらで操り人形のようにぴょこんぴょこんとお辞儀じぎをし、千尋の気を引こうとしている者がいる。

「ちょっと、何やってんの」

とたしなめつつも、千尋はあっさりそちらへと乗り換え、優しく指をからめた。

「とりあえず、元気そうね」

 顔を見合わせて微笑むと、どちらからともなく再び唇が触れ合った。

 時間が経つのも忘れ、あまりに懐かしい互いの体をいつまでもいつくしみ合っていると、不意にアラームが鳴った。浅葉がうめきとも叫びともつかぬ声を漏らす。千尋の中に入ったまま枕元の携帯に手を伸ばし、その非情な音を止めた。

 一瞬のキスと共に、未練を振り切るかのように後退しかけたその腰を、千尋は両のかかとでぎゅっと引き留める。

「時間でしょ? ね、早く」

 名残なごり惜しい気持ちはどうにもできないが、せめて浅葉には最後まで終えてほしかった。

「お前はほんっとにいい女だな」

と耳元で囁くと、浅葉はやや遠慮がちに腰を揺すった。

 間もなく、精悍せいかんな喉仏が微かに上下したかと思うと、獅子ししのごとく盛り上がった肩がねじれ、全体がスローダウンした。汗ばんだ筋肉の重みが千尋の胸に預けられ、湿った荒い息が耳元をくすぐる。

 浅葉は甘えるようなキスと共にそそくさと退場し、素早くシャワーを浴びた。

 三割方濡れたままの体に服を着てたちまちスーツ姿になる。見送ろうと立ち上がりかけた千尋は、優しく押し留められた。

「ここでいいよ」

 ベッドの端に座ると、浅葉は何か言いたげな瞳でしばらく千尋を見つめ、ぎゅっと抱き締めた。千尋は目を閉じてそれを受け止める。言葉にならなかった浅葉の思いが染み込んでくるような気がした。

 浅葉は千尋の頭を抱き寄せ、ぽんぽん、と手で挨拶すると、さっと立ち上がり、そのまま振り返ることなく部屋を出ていった。外から鍵が掛かる。

 遠ざかる足音は、既に業務用の響きを帯びていた。それを千尋は心だけで追いかけた。何だろう、まるで禁断の逢瀬おうせのようなこのはかなさは……。

 浅葉を責めたくなってしまう気持ちをねじ伏せ、あなたのせいじゃない、と何度も繰り返した。しかし、浅葉の温かい言葉や優しい眼差しを思い出そうとすればするほど、やり過ごそうとした胸の痛みは増すばかりだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...