君の思い出

生津直

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第3章 蜜月

48 至福

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 千尋は、自分がここからはもう止まれないというラインを越えるのを感じていた。理性を完全に奪い去ってしまう奇跡にただ身をゆだねていると、右の耳元で声がした。

「どうしたら気持ちいいか、教えて」

 そんな甘いささやきに、千尋は喜ぶ以上に照れてしまう。男性との付き合いの中でそんなことを聞かれるのは初めてだ。

「今、最高に気持ちいい」

と返すのが精一杯だった。

 浅葉は、よっ、と起き上がると、今度は千尋の左耳に口を寄せ、

「それはどうかな」

と言うなり、左手を動員した。いた右手を千尋の背中の下に入れてホックを外し、濡れた指を千尋の胸にわせながら下半身を攻め続ける。

 溝を捉えて伸縮する指に耐えかね、千尋は太腿を閉じて浅葉の手を押さえ込む。浅葉はそんな応対にも慌てず騒がず、千尋の気をらすように胸を舐め始めた。ゆっくりと裾野から唇と舌を這わせ、たっぷり遠回りした末に頂上に辿り着くと、そっと含んで周囲から丁寧に潤し、ほんの一瞬、先端に軽く舌を触れた。

 そのすきに千尋のショーツを引き剥がし、その一枚に拘束されていた手がついに自由を手に入れると、浅葉の両手の中でおそらくこの用途に最もけた指が陰核を転がし始めた。浅葉は上体を起こして座り直し、左手を外側に集中させながら右手を中に入れた。千尋の反応をうかがいながら、位置と動きを探っていく。

 絶妙な緩急に千尋はか細い声を漏らし、頭の下から枕を抜き取ってしがみ付いた。隣の若夫婦の夫の方はもう帰宅している時間だ。普段話し声や物音が気になることはないが、あんまり声を出したら聞こえてしまうのではないかと不安になる。

 いつしか声も出せなくなり、息をするのが精一杯になった。その呼吸すらも自由にならず、何者かに支配されているように感じられる。このまま気が変になりはしないかと心配になるほど、頭の中が真っ白になり、体は汗だくだった。

 最後の瞬間は、長い前触れを経て訪れた。浅葉の集中力が瞬時に高まるのを、千尋の脳がおぼろげに捉える。

 理性も、あらゆる感情も、全てを流し去る神秘の熱量。全身がその原始的な現象を味わい尽くすための器官と化す。

 浅葉の両手は慎重に千尋の呼吸を読んで減速し、見事な軟着陸を決めた。

 まだ別の次元を泳いでいる千尋にまずは呼吸を許し、浅葉はひたいから眉間、まぶた、頬、顎、とキスして回る。

 千尋がようやく正気を取り戻すと、手負いの男は微かに顎の骨を鳴らしながら、ふやけ切った指を丁寧に舐めていた。

「ちょっと血が混じってるな」

「えっ?」

 浅葉は最後に小指をチュッとしゃぶって言った。

「ごめん、痛かった?」

 千尋は、ううん、と首を横に振る。痛くはなかったし、多少傷が付いたってどうでもいいと思った。今ここで浅葉と共にいられることが幸せ。ただそれだけ。

「四ヶ月もがなかったからかな、きっと」

「四ヶ月……」

 浅葉がふと真顔になる。

「そっか、あれからもうそんな経つのか」

「もぉー、忙しすぎて時間の感覚おかしくなってんじゃないの? まあ、温泉以来だから……厳密には三ヶ月半だけど」

「ま、アクセス不足は認めるけど、爪は完璧に落としてきたつもりなんだよな」

 浅葉の手を取ってみると、爪は確かに深爪ふかづめといってもいいぐらいに短く切られ、丁寧にヤスリをかけてあるらしく、まるっきり角がない。

「すごーい、つるんつるん。これって、私のため?」

 浅葉は千尋を抱き寄せて首筋にキスした。

「そう。大事な凶器を犠牲にね。素手すでで乱闘になったら、ちょっと不利だぞ」

と笑う。つられて笑いながら体をひねった千尋は、お尻の下に黒い布が敷かれているのに気付いた。半分に折られた浅葉のTシャツ。そこにたっぷりと女の蜜が広がっている。

「やだ……ちょっとこれ」

「洗えばいいじゃん。ベッドに直接よりは被害少ないだろ」

 そのTシャツの乾いた部分で千尋の下の方をさっと拭い、浅葉はそれを手に洗面所に消えた。千尋は恐縮しながらも、たった今目にした淫靡いんびみを頭の中で再生し直していた。

 浅葉はそのままシャワーを浴び始めたらしい。千尋はその音を聞きながら、早くも浅葉の帰りを待ち切れない思いだった。

 決して肉体的な快楽を与えてくれるから好きというわけではないが、その点も重要な一要素として無視できなくなりつつある。自分以上に自分の体を知り尽くした男というものが、まさか生涯のうちに現れるとは思ってもみなかった。

 浅葉と入れ違いでシャワーを浴び、出てきてからもまだまだ一緒にいられるという幸せを千尋は噛み締めた。

 あり合わせの夕食をのんびりと食べ、テレビや雑誌をネタに他愛もないおしゃべりを繰り広げ、真夜中のコンビニにおでんとアイスを買いに行って、浅葉がまた片足で階段を上り下りするのを二人して笑い、スマホのあらゆるゲームで対戦しながらたっぷり夜更かしをし、千尋の瞼がいい加減重たくなった頃、あくまで普通に仲良く床にいた。
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