君の思い出

生津直

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第3章 蜜月

46 怪我

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 浅葉は確かに何の違和感もなく車を走らせ、もなく二人は千尋のアパートに到着した。

「あ、そうだ、ここも階段……」

 しかし、千尋が心配するまでもなく、浅葉は手すりに軽くえた手と右足だけで、ひょいひょいと身軽に階段を上がっていく。

「運動神経がいいと便利ですね。こういう時」

「いやあ、二階でよかった。これ以上階段あったらおぶってもらうとこだった」

 無事に階段を上がり終えた浅葉は先に立って歩き出したが、その足が廊下の中ほどで止まった。

 千尋が追いつくと、胸ポケットを探った浅葉の指先が、何も持たずにそのまま出てくるところだった。

「あげたよね、鍵。なくしたんじゃないでしょうね」

 浅葉は、まさか、と首を振り、両手を合わせる。

「ごめん、車に置いてきた」

 千尋はわざと大きくため息をつきながら自分の鍵を取り出してドアを開けると、

怪我けがの経緯については、今からじっくりと聞かせていただきますから」

と上がり込みざまにすごんでみせる。

 浅葉は律儀りちぎに洗面所に立ち寄り、手を洗った。千尋はここで甘い顔を見せてはならないと、えて反対側にあるキッチンの流しを使う。

 ベッドの端に腰掛けると、浅葉も痛めた足をかばいながらおとなしく隣に座った。

「いつもそういう……危ない目にってるわけですか?」

「いや、危ない目っていうか、話せば長くなるけど、まあ作戦のうちって感じ?」

「はあ?」

「ここはちょっと切られといた方がいいな、っていう」

「全然わかんないんだけど」

「まあ、いろいろあってさ」

「ちゃんと説明してください。ちょっと切られたんだ、ははは、で済むと思います?」

 急に悔しさが込み上げ、千尋は一気にまくし立てた。

「なかなか会えないし、電話もどうせつながらないし、何が起きてるのかさっぱりわからないし、浅葉さんが怪我したって……何があったって、私になんか誰も連絡くれないんですから。そりゃ、所帯のある方々なら、もちろん奥さんに連絡がいくんでしょうけど」

 千尋が唇を噛んで黙り込むと、浅葉はしぶしぶ口を開いた。

「かいつまんで言うとだな」

「はい」

「やったのは長尾なんだ」

「え? ……えっ?」

 困惑する千尋の手を、浅葉が柔らかく握る。

「薬物取引の検挙って、今まさにっていう現場を押さえてなんぼみたいなとこがあるわけ」

「はい」

「その関係で、場合によっては内偵ないてい捜査ってのがあって」

「……ないてい?」

「要するに、あんたたちの一味ですよ、って顔してもぐり込む」

「それって、とても危ないんじゃ……」

「で、俺が入ってゴソゴソやってたところ、いい感じに条件がそろいました。で、突入してきた長尾チームとにらみ合うとこまでは万事予定通りだったんだけど、まあ、かくかくしかじかで、土壇場どたんばになって微妙にヤバい展開になっちまって」

「ヤバいって?」

「まあ……ちょっとした乱闘というか」

「ちょっとした、って……」

「殴る、る、プラスちょっと刃物、的な」

 千尋は、開いた口を手で押さえることすら忘れていた。唖然とする以外に何ができようか。

「ま、それだけならまとめて押さえこみゃ済む話なんだけど、ちょっと問題があった」

「問題?」

「敢えて逃がした残党君たちが数時間後に第二弾をやらかすっていう、おいしいいもづる案件だったもんで」

「……つまり?」

「つまり、俺の覆面ふくめんはその時点までキープしたいと」

「ふーん」

「でも、警察とモメて俺だけ無傷むきずだったらバレるだろ?」

「なるほど」

「と、長尾が判断したらしく」

「ええ」

「とりあえず軽く血ぃ出しとこう、と」

「言ったわけじゃないですよね?」

「テレパシーを送ってきたので……」

「はあ」

「よし、どんとこい、と」

「テレパシーを送り返したわけですか」

「そういうこと。お前、話が早いな」

 浅葉は満足そうに千尋の頭を撫でた。

「まあ、ほんとは無難に腕を狙ったんだけど、邪魔が入ってさ。物理的に自然なとこで妥協した結果、こうなったと」

 もはやため息しか出ない。

「しかしあいつ、さすがだわ。うまいとこをスパッと切った。いい感じで血が出た割には全治二週間ぽっきり。そういう才能だけはピカイチだな」

「あのね、笑いごとじゃないんです」

「うん、そりゃそうだ。それなりに痛いからな。お前も優しくしろよ」

 そう言うなり、浅葉はキス攻めにかかる。千尋の説教モードが揺らいだ。うっかり応戦していると、浅葉の手が千尋の胸元に伸びてくる。

「ダメ。怪我人はおとなしくしてなさい」

と、その手首を弱々しくつかんだが、そう言いながら決して止めようとしていないのは明白だったろう。
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