43 / 92
第3章 蜜月
43 不安
しおりを挟む
クリスマスイブはカップルで過ごすものと相場が決まっている。千尋の周囲も例外ではない。
去年のイブには、そういう相手がいない者同士、二十人ほどで開かれた飲み会に千尋も参加した。今年は、千尋はどうせデートでしょ、と、その種のイベントに誘われることもないまま二十三日を迎えてしまった。
千尋の周囲の男たちに対する浅葉流の牽制パフォーマンスとも取れる、先日の「お見送り」。目撃したのはサークルの後輩二人組だけではなかったらしく、学科の方でも「千尋=彼氏あり」との認識が定着しつつあった。
千尋はクリスマスにさほどこだわっているわけではないが、一人で家にいるのも何だか湿っぽい気がして、イブにはバイトを入れた。もともとシフトが入っていない日だったが、急遽申し出てみると、案の定とても喜ばれた。二十四日は当然誰もが休みたがるため、数週間前から臨時で入れる人を募集していたのだ。
ファミレスで働き、賄いを食べてイブを乗り切った後は、年末年始の予定を埋めることにした。今年は少し長めに実家に帰るか、と思い立ち、母に連絡。それから地元に残っている友達の忘年会に参加宣言をし、何人かとは個別に会う約束も取り付けた。
次々と人に会って忙しくしていれば大丈夫、と自分に言い聞かせる。もともと会うペースは月一がやっとだったし、ちょこちょこかかってきていた電話がしばらくなくなるというだけ。二度と会えないと思って過ごしたあの一ヶ月に比べれば大したことはないはず……。
一月四日。実家から戻ると、アパートの郵便受けに年賀状が届いていた。ざっと十通程度だろうか。近頃はメールで「あけおめ」が主流で、わざわざハガキを出すのは少数派。千尋も親戚の他は大学の教授に数枚出した程度だった。
部屋に上がって一枚ずつ見ていくと、祖父母にいとこ、高校時代の同級生。あとは大学関係だ。
その中に、高遠義則の名を見付けた。ポップな干支のデザインに、手書きで「今年もよろしくね」の一言。コンビニか郵便局で買ったような既製のハガキとあっさりしたメッセージは、彼なりに気を遣った結果だろう。
千尋は実家に帰っていたので参加していないが、毎年恒例のサークル忘年会は千尋の恋の噂から皆の恋バナ大会に発展したらしい。出席した何人かがメールでそう知らせてきていた。当然、義則の耳にも入っているだろう。
もしはっきりと告白などされていたら、はっきりと振らなくてはならないところだった。そうなる前にこちらに相手ができて、それがうまいこと噂になってくれてよかった、と千尋は安堵していた。
二月四日。浅葉から何の連絡もないまま一ヶ月半が経った。彼、そのままフェードアウトする気なんじゃないの、という友人もいた。浅葉のことを知りもしない人々からの勝手な雑音に惑わされたくはないが、千尋は、このまま本当にそれっきりになってしまうのではという不安に駆られた。
電話しようかと何度も考えた。しかし、家に帰る頻度以上に出先から電話をくれていたことを考えれば、家に帰るまで見ない携帯に着信を残しても意味がない。わかってはいる一方で、信じて待つという決意が何度も揺らいだ。
ちょっと聞き分け良すぎない? という友人の言葉につい頷きそうになるが、ここで何度も電話をかけたりしてアピールしたところで、浅葉にストレスを与えるだけだ。
浅葉も世の人々と同様、自分の仕事に理解を示さない相手とはやっていけないはず。しかしその理解には想像以上の忍耐が要ることを、千尋は今痛感していた。そうでなければこれほどの男がそうそう一人でいるはずがない。
これまで幾多の女たちがその条件を満たせず浅葉と別れてきたはずだと勝手に想像し、私は違う、と意地になっている自分にも千尋は気付いていた。何をしても楽しくないし、空しい。浅葉に再び会えるまでの時間を埋めることだけが全ての目的になりつつあった。
二月十日。大学は春休みに入り、友達はこぞってスキーだの海外旅行だのに出発した。千尋も去年は格安ツアーを利用し、男女四人組で韓国に行ったが、今年はいつ突然会えるかわからない浅葉のため、大きな予定は入れたくなかった。
千尋は一人で時間を過ごすのが比較的苦にならない方だが、映画でも、と思っても、携帯の電源を切っている間に電話が入ったらと気が気でなく、つい敬遠してしまう。
バイト中も、レジ裏に置いてある携帯を何度も見ずにはいられない。思えば、浅葉と同じ時間と空間を最も長く共有したのは、あの護衛用のアパートだった。あれが恋人としての一週間だったらどんなに幸せだったか……。
去年のイブには、そういう相手がいない者同士、二十人ほどで開かれた飲み会に千尋も参加した。今年は、千尋はどうせデートでしょ、と、その種のイベントに誘われることもないまま二十三日を迎えてしまった。
千尋の周囲の男たちに対する浅葉流の牽制パフォーマンスとも取れる、先日の「お見送り」。目撃したのはサークルの後輩二人組だけではなかったらしく、学科の方でも「千尋=彼氏あり」との認識が定着しつつあった。
千尋はクリスマスにさほどこだわっているわけではないが、一人で家にいるのも何だか湿っぽい気がして、イブにはバイトを入れた。もともとシフトが入っていない日だったが、急遽申し出てみると、案の定とても喜ばれた。二十四日は当然誰もが休みたがるため、数週間前から臨時で入れる人を募集していたのだ。
ファミレスで働き、賄いを食べてイブを乗り切った後は、年末年始の予定を埋めることにした。今年は少し長めに実家に帰るか、と思い立ち、母に連絡。それから地元に残っている友達の忘年会に参加宣言をし、何人かとは個別に会う約束も取り付けた。
次々と人に会って忙しくしていれば大丈夫、と自分に言い聞かせる。もともと会うペースは月一がやっとだったし、ちょこちょこかかってきていた電話がしばらくなくなるというだけ。二度と会えないと思って過ごしたあの一ヶ月に比べれば大したことはないはず……。
一月四日。実家から戻ると、アパートの郵便受けに年賀状が届いていた。ざっと十通程度だろうか。近頃はメールで「あけおめ」が主流で、わざわざハガキを出すのは少数派。千尋も親戚の他は大学の教授に数枚出した程度だった。
部屋に上がって一枚ずつ見ていくと、祖父母にいとこ、高校時代の同級生。あとは大学関係だ。
その中に、高遠義則の名を見付けた。ポップな干支のデザインに、手書きで「今年もよろしくね」の一言。コンビニか郵便局で買ったような既製のハガキとあっさりしたメッセージは、彼なりに気を遣った結果だろう。
千尋は実家に帰っていたので参加していないが、毎年恒例のサークル忘年会は千尋の恋の噂から皆の恋バナ大会に発展したらしい。出席した何人かがメールでそう知らせてきていた。当然、義則の耳にも入っているだろう。
もしはっきりと告白などされていたら、はっきりと振らなくてはならないところだった。そうなる前にこちらに相手ができて、それがうまいこと噂になってくれてよかった、と千尋は安堵していた。
二月四日。浅葉から何の連絡もないまま一ヶ月半が経った。彼、そのままフェードアウトする気なんじゃないの、という友人もいた。浅葉のことを知りもしない人々からの勝手な雑音に惑わされたくはないが、千尋は、このまま本当にそれっきりになってしまうのではという不安に駆られた。
電話しようかと何度も考えた。しかし、家に帰る頻度以上に出先から電話をくれていたことを考えれば、家に帰るまで見ない携帯に着信を残しても意味がない。わかってはいる一方で、信じて待つという決意が何度も揺らいだ。
ちょっと聞き分け良すぎない? という友人の言葉につい頷きそうになるが、ここで何度も電話をかけたりしてアピールしたところで、浅葉にストレスを与えるだけだ。
浅葉も世の人々と同様、自分の仕事に理解を示さない相手とはやっていけないはず。しかしその理解には想像以上の忍耐が要ることを、千尋は今痛感していた。そうでなければこれほどの男がそうそう一人でいるはずがない。
これまで幾多の女たちがその条件を満たせず浅葉と別れてきたはずだと勝手に想像し、私は違う、と意地になっている自分にも千尋は気付いていた。何をしても楽しくないし、空しい。浅葉に再び会えるまでの時間を埋めることだけが全ての目的になりつつあった。
二月十日。大学は春休みに入り、友達はこぞってスキーだの海外旅行だのに出発した。千尋も去年は格安ツアーを利用し、男女四人組で韓国に行ったが、今年はいつ突然会えるかわからない浅葉のため、大きな予定は入れたくなかった。
千尋は一人で時間を過ごすのが比較的苦にならない方だが、映画でも、と思っても、携帯の電源を切っている間に電話が入ったらと気が気でなく、つい敬遠してしまう。
バイト中も、レジ裏に置いてある携帯を何度も見ずにはいられない。思えば、浅葉と同じ時間と空間を最も長く共有したのは、あの護衛用のアパートだった。あれが恋人としての一週間だったらどんなに幸せだったか……。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる