君の思い出

生津直

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第3章 蜜月

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 十二月十日。水曜の夕方、千尋はある駅ビルのフロアガイドを見ていた。街はクリスマスムード一色。師走しわすも半ばになろうというのに今年は妙に暖かい。

 今日は久々に滝本たきもと真智子まちこと会うことになっている。しばらく連絡が途絶えていたところに、先週突然メールがきて、お茶しようと誘われたのだ。

 真智子は、千尋の高校時代の同級生。一年の時から補導だの妊娠中絶だの、何かと「経験豊富」な子で、千尋とは住む世界が違うように思えた。ただ、学校の成績はともかくとして頭が良く、誰よりも正直な人で、千尋はそれが気に入っていた。

 卒業してからはいわゆるフリーターで常に忙しいようだが、メールでたまに連絡を取っている。千尋は彼女の的確な意見を求めて相談することがあり、真智子は真智子で利害関係の絡まない千尋にあれこれしゃべりたい時があるようで、年に二、三度ぐらいは会って話をする仲だ。

 約束の店に着くと、珍しく真智子が先に来ていた。

「ここ、ここ」

と手を振るその勢いに、短い髪まで一緒に揺れる。変わらぬ美貌びぼうながら、いつもにも増して興奮気味だ。

 千尋が席に着くなり、真智子は身を乗り出す。

「ね、あの人、誰?」

「え?」

「見ちゃった。ビオレッタで」

 あのショッピングモールだ。そうか。あそこなら真智子に限らず、千尋の友人が何組かいても不思議はない。しかし、見られたのは一体どの段階だろう。

(まさか最後の方じゃ……)

 あのたこ焼き味のキスを思い出す。

「めっちゃイケメンじゃない。背も高いし。彼氏?」

「うーん、まあ……そう、かな?」

 適当にごまかそうとしながらも、つい照れ笑いが出てしまう。

「ちょっとぉ、いつから? 年上でしょ? 社会人? 何してる人?」

 放っておけば一晩中でも質問攻撃が続きそうな勢いだ。千尋は、警察の人間と付き合ってるとは言わない方がいい、という浅葉の言葉を思い出し、

「実は、私もよく知らないの」

とはぐらかす。

「何? 知らないで付き合ってんの? 大丈夫?」

 オーダーを取りにきたウェイトレスを追い返しそうになる真智子を手振りで止め、千尋はコーヒーと紅茶を一つずつと、この店の売りらしい「プチパフェ」を適当に上から二つ頼んだ。真智子はいつもブラックコーヒーと決まっているが、食べ物にはこだわりがない。

「付き合ってるっていうか……まあ、どうなるかなって感じ」

「ふーん。そもそも、どこで出会ったわけ?」

「えっ……と、うーん、偶然っていうか、運命っていうか」

「何それ。千尋、そういうの信じないって言ってたじゃん。……で、」

と、真智子は両眉を上げた。

「もう、したの?」

「ちょっ……」

 慌ててシーッと人差し指を立てる。ごまかそうと思えばいくらでもごまかせたはずだが、静かな旅館で過ごした浅葉との一夜を思い出すと、それだけで心臓が早鐘のように打ち出した。自分が今一体どんな顔をしているのかと恥ずかしくなり、無意識に両手を頬に当てる。

 千尋のその反応が期待以上だったのか、真智子は言葉を失っていた。

「へえー」

 常にエネルギーのかたまりのような真智子を相手に、まともに受け答えしていたら身がもたない。千尋は何とか呼吸を整えると、やっとの思いで声を発した。

「そっちこそ、どうなのよ。例の、ほら……」

とせっかくにごしてやったのに、

「ああ、妻子持ちのホスト? とっくに振ったから、あんなの」

と豪快に笑う。就活学生らしき隣の集団が一斉に振り返り、あんぐり口を開けていた。
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