君の思い出

生津直

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第3章 蜜月

38 たこ焼き

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 ほんの少し先にちょうどフードコートがある。浅葉が迷わず足を止めたのは、フルーツの生搾りを売りにしたジューススタンド。

 女性店員二人が妙にノリノリで浅葉の注文を取り、フルーツを搾りながらしきりに互いをつつき合う。子連ればかりの日曜に突然現れたイケメンに興奮しているのだろう。

(私だって何も知らずに街ですれ違ったら、きっと振り返って見ちゃうもんね)

 何気なくたたずんでいるだけで、つくづく絵になる。店員の一人が「身長いくつですか」と聞くのが千尋の耳に入った。浅葉は露骨ろこつに面倒臭そうな顔をし、六尺ちょいかな、と答えると、千尋の方に目をやり、ウィンクしてみせる。

(尺って……)

 浅葉の視線の先を負った彼女たちと目が合い、千尋は遠慮がちに会釈した。浅葉はオレンジとピンクのジュースを手にして戻ってくると、

「マンゴーオレンジと、ストロベリーバナナ」

と、プラスチックのコップを二つベンチに置き、千尋の顔を両手で挟んで額にキスした。

(なんでわざわざアピールするかな……)

 千尋は、まだこちらを見ているジュース嬢たちに何だか申し訳ないような気がした。

「普通の人に喧嘩けんか売らないの」

とたしなめたが、人前で堂々と彼女扱いされることは確かに嬉しい。

 浅葉はさっと身をひるがえすと、ジューススタンドのすぐ隣のたこ焼き屋に立ち寄る。

 千尋が二つのジュースを代わるがわるすすっているうちに、すこぶる機嫌の良さそうな浅葉がたこ焼きをつまみながら帰ってきた。

「それ絶対合いませんから、このジュースと……」

 お前も食え、と勧めてくるのには笑顔で首を振り、千尋はその無邪気な横顔を見つめた。

「お休み中だけはほんとよく食べますね」

 隣に座った浅葉は、たこ焼きを頬張りながら千尋の腰を抱く。その時、携帯が鳴った。例の黒電話音だ。浅葉がそれを取り出して話し始めるのを、千尋は憂鬱ゆううつな思いで聞いていた。

「はい……ああ」

 腕時計をちらっと見やる。

「すぐ行く。三十分」

 浅葉は電話を切りながら立ち上がる。

「ごめん、ちょっと急用」

 千尋は、浅葉が電話に出ているわずかな時間に、何とか平静を装うに至っていた。

「うん。行ってらっしゃい」

 千尋が席を立ち、伸び上がって唇を触れると、浅葉は人目もはばからず舌をもぐり込ませてきた。そのたった三秒のいとなみを大事に終え、

「これ、あげる」

と、たこ焼きが三つ残ったプラスチックのトレイを手渡す。

「こいつはもらった」

 そう言って、ストロベリーバナナのコップを手に微笑ほほえみ、千尋の額に口づけて走り去る。

 千尋は再び腰を下ろすと、たった今その片鱗へんりんを味わったたこ焼きの本体を拝食することにした。
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