君の思い出

生津直

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第2章 再会

23 約束

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 浅葉は千尋にたずねることもなく最短ルートでの乗り換えをリードし、二人は千尋の自宅最寄駅に着いた。こんなことでもたもたしていたら、きっと刑事など務まらないのだろう。

 駅からの道を歩きながら、千尋は肝心なことを聞いておこうと思い立った。

「で?」

「……で?」

「今度はいつ頃会えますか?」

「うーん、今ちょうどひと区切り付いて落ち着いてきたとこだけど、先のことはちょっと、転がってみるまでわかんないんだよね」

 その程度の困難は千尋も想定済みだった。公務員といえどもお役所勤めとは違うのだし、まして学生同士のようになどいくはずはない。相当の忍耐がるだろうと覚悟していた。

「俺とどこに行きたいとか、何したいとか、そういうのあんの?」

「そりゃあ、ありますよ。いろいろ」

 浅葉とのデートを思い浮かべることは、何だか照れ臭かった。

「でも、まずは浅葉さんの色に染まってみたい気もします」

「マジか。そいつはプレッシャーだな」

大袈裟おおげさに腕を組んだ浅葉は、そのアイデアを突如とつじょ口にした。

「じゃあ、温泉とか、どう?」

「温……泉?」

(いきなり?)

 さっとほおが紅潮するのがわかった。まさかそう来るとは。

「それって、お泊まりってこと……ですか?」

「そうだね」

と、浅葉はあっさり応じる。

「狙って連休取るのは難しいけど、夕方から午前中までとか。来週辺りなら何とかなりそうだし。大学の方はどう? 平日休めたりする?」

と、千尋の反応を求めるように首をかしげる。

 大学の休みがどうこうという問題ではない。千尋は浅葉の意図をはかりかねていた。あの浅葉が、千尋と早速まじわりたがっているというのか。そのつもりで来てくれ、という意味なのだろうか。

(でも、そういうのって普通、もうちょっとデート的なものが何度かあってからじゃ……)

 いや、今比較的落ち着いているというのだから、余計な事件が起きる前にゆっくりと会っておくのが正解かもしれない。とはいっても……。

 黙っている千尋を気遣きづかうように、

「もしくは……」

虚空こくうを見つめた浅葉の代案が自分の声でかき消されるのを千尋は聞いていた。

「行きましょう、温泉。私、行きたいです。浅葉さんと」

 それを聞いて安心したのか、浅葉の本音らしきものがこぼれる。

「今さら他人のふりしてもしょうがないしな」

 これ以上ないほどストレートな誘いだった。そんな風に考えていたのか、この人は。出会いが特殊だっただけに、どちらかが距離を保とうとするとしたら、それは浅葉の方だろうとばかり思っていた。

 今さら、と言えるのは、あの一週間の業務上の「お泊まり」も彼の中ではカウントされているということか。それとも、互いの気持ちを告白し合ったのだから何の遠慮が要るのか、という意味だろうか。

 いずれにしても、一度腹を決めたらそこからはブレない。その点は仕事を離れても変わらない浅葉らしさだった。

「いつがいいですか?」

と言いながら、千尋には一つ気になることが浮上していた。

「あ、ちょっと、待ってください」

と手帳を取り出し、街灯の下でページを繰る。来週か……。週の後半には「その危険」があった。

「あの、できれば早めの方が助かるんですけど。その、どうせ行くならやっぱり、お湯にかれるコンディションの時の方が……」

「ああ」

とすぐに理解した浅葉は、

「じゃ、月火でどう? 俺も近いうちの方が確実だし」

と、千尋の方を見る。

「はい。じゃ、月火で」

 ふっと微笑ほほえんだ浅葉にドキッとする。

「いいとこがあるんだ」

「あら、どこですか?」

「それは、当日のお楽しみ」

「大丈夫ですか? そんなにハードル上げちゃって」

と冷やかしながらも、浅葉さんなら大丈夫、という安心感があった。

「いいですか? 車で迎えに来ちゃって」

と、千尋の言い回しを真似まねる浅葉の肩をグーで小突こづく。

 既に長い間こうして二人で過ごしてきたかのような錯覚と、恋人として夜道を歩きながらこんな会話をしていることが何だか信じられないという思いが入り混じり、千尋はぼんやりと頭上の月を見上げた。
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