23 / 92
第2章 再会
23 約束
しおりを挟む
浅葉は千尋に尋ねることもなく最短ルートでの乗り換えをリードし、二人は千尋の自宅最寄駅に着いた。こんなことでもたもたしていたら、きっと刑事など務まらないのだろう。
駅からの道を歩きながら、千尋は肝心なことを聞いておこうと思い立った。
「で?」
「……で?」
「今度はいつ頃会えますか?」
「うーん、今ちょうどひと区切り付いて落ち着いてきたとこだけど、先のことはちょっと、転がってみるまでわかんないんだよね」
その程度の困難は千尋も想定済みだった。公務員といえどもお役所勤めとは違うのだし、まして学生同士のようになどいくはずはない。相当の忍耐が要るだろうと覚悟していた。
「俺とどこに行きたいとか、何したいとか、そういうのあんの?」
「そりゃあ、ありますよ。いろいろ」
浅葉とのデートを思い浮かべることは、何だか照れ臭かった。
「でも、まずは浅葉さんの色に染まってみたい気もします」
「マジか。そいつはプレッシャーだな」
と大袈裟に腕を組んだ浅葉は、そのアイデアを突如口にした。
「じゃあ、温泉とか、どう?」
「温……泉?」
(いきなり?)
さっと頬が紅潮するのがわかった。まさかそう来るとは。
「それって、お泊まりってこと……ですか?」
「そうだね」
と、浅葉はあっさり応じる。
「狙って連休取るのは難しいけど、夕方から午前中までとか。来週辺りなら何とかなりそうだし。大学の方はどう? 平日休めたりする?」
と、千尋の反応を求めるように首をかしげる。
大学の休みがどうこうという問題ではない。千尋は浅葉の意図を量りかねていた。あの浅葉が、千尋と早速交わりたがっているというのか。そのつもりで来てくれ、という意味なのだろうか。
(でも、そういうのって普通、もうちょっとデート的なものが何度かあってからじゃ……)
いや、今比較的落ち着いているというのだから、余計な事件が起きる前にゆっくりと会っておくのが正解かもしれない。とはいっても……。
黙っている千尋を気遣うように、
「もしくは……」
と虚空を見つめた浅葉の代案が自分の声でかき消されるのを千尋は聞いていた。
「行きましょう、温泉。私、行きたいです。浅葉さんと」
それを聞いて安心したのか、浅葉の本音らしきものがこぼれる。
「今さら他人のふりしてもしょうがないしな」
これ以上ないほどストレートな誘いだった。そんな風に考えていたのか、この人は。出会いが特殊だっただけに、どちらかが距離を保とうとするとしたら、それは浅葉の方だろうとばかり思っていた。
今さら、と言えるのは、あの一週間の業務上の「お泊まり」も彼の中ではカウントされているということか。それとも、互いの気持ちを告白し合ったのだから何の遠慮が要るのか、という意味だろうか。
いずれにしても、一度腹を決めたらそこからはブレない。その点は仕事を離れても変わらない浅葉らしさだった。
「いつがいいですか?」
と言いながら、千尋には一つ気になることが浮上していた。
「あ、ちょっと、待ってください」
と手帳を取り出し、街灯の下でページを繰る。来週か……。週の後半には「その危険」があった。
「あの、できれば早めの方が助かるんですけど。その、どうせ行くならやっぱり、お湯に浸かれるコンディションの時の方が……」
「ああ」
とすぐに理解した浅葉は、
「じゃ、月火でどう? 俺も近いうちの方が確実だし」
と、千尋の方を見る。
「はい。じゃ、月火で」
ふっと微笑んだ浅葉にドキッとする。
「いいとこがあるんだ」
「あら、どこですか?」
「それは、当日のお楽しみ」
「大丈夫ですか? そんなにハードル上げちゃって」
と冷やかしながらも、浅葉さんなら大丈夫、という安心感があった。
「いいですか? 車で迎えに来ちゃって」
と、千尋の言い回しを真似る浅葉の肩をグーで小突く。
既に長い間こうして二人で過ごしてきたかのような錯覚と、恋人として夜道を歩きながらこんな会話をしていることが何だか信じられないという思いが入り混じり、千尋はぼんやりと頭上の月を見上げた。
駅からの道を歩きながら、千尋は肝心なことを聞いておこうと思い立った。
「で?」
「……で?」
「今度はいつ頃会えますか?」
「うーん、今ちょうどひと区切り付いて落ち着いてきたとこだけど、先のことはちょっと、転がってみるまでわかんないんだよね」
その程度の困難は千尋も想定済みだった。公務員といえどもお役所勤めとは違うのだし、まして学生同士のようになどいくはずはない。相当の忍耐が要るだろうと覚悟していた。
「俺とどこに行きたいとか、何したいとか、そういうのあんの?」
「そりゃあ、ありますよ。いろいろ」
浅葉とのデートを思い浮かべることは、何だか照れ臭かった。
「でも、まずは浅葉さんの色に染まってみたい気もします」
「マジか。そいつはプレッシャーだな」
と大袈裟に腕を組んだ浅葉は、そのアイデアを突如口にした。
「じゃあ、温泉とか、どう?」
「温……泉?」
(いきなり?)
さっと頬が紅潮するのがわかった。まさかそう来るとは。
「それって、お泊まりってこと……ですか?」
「そうだね」
と、浅葉はあっさり応じる。
「狙って連休取るのは難しいけど、夕方から午前中までとか。来週辺りなら何とかなりそうだし。大学の方はどう? 平日休めたりする?」
と、千尋の反応を求めるように首をかしげる。
大学の休みがどうこうという問題ではない。千尋は浅葉の意図を量りかねていた。あの浅葉が、千尋と早速交わりたがっているというのか。そのつもりで来てくれ、という意味なのだろうか。
(でも、そういうのって普通、もうちょっとデート的なものが何度かあってからじゃ……)
いや、今比較的落ち着いているというのだから、余計な事件が起きる前にゆっくりと会っておくのが正解かもしれない。とはいっても……。
黙っている千尋を気遣うように、
「もしくは……」
と虚空を見つめた浅葉の代案が自分の声でかき消されるのを千尋は聞いていた。
「行きましょう、温泉。私、行きたいです。浅葉さんと」
それを聞いて安心したのか、浅葉の本音らしきものがこぼれる。
「今さら他人のふりしてもしょうがないしな」
これ以上ないほどストレートな誘いだった。そんな風に考えていたのか、この人は。出会いが特殊だっただけに、どちらかが距離を保とうとするとしたら、それは浅葉の方だろうとばかり思っていた。
今さら、と言えるのは、あの一週間の業務上の「お泊まり」も彼の中ではカウントされているということか。それとも、互いの気持ちを告白し合ったのだから何の遠慮が要るのか、という意味だろうか。
いずれにしても、一度腹を決めたらそこからはブレない。その点は仕事を離れても変わらない浅葉らしさだった。
「いつがいいですか?」
と言いながら、千尋には一つ気になることが浮上していた。
「あ、ちょっと、待ってください」
と手帳を取り出し、街灯の下でページを繰る。来週か……。週の後半には「その危険」があった。
「あの、できれば早めの方が助かるんですけど。その、どうせ行くならやっぱり、お湯に浸かれるコンディションの時の方が……」
「ああ」
とすぐに理解した浅葉は、
「じゃ、月火でどう? 俺も近いうちの方が確実だし」
と、千尋の方を見る。
「はい。じゃ、月火で」
ふっと微笑んだ浅葉にドキッとする。
「いいとこがあるんだ」
「あら、どこですか?」
「それは、当日のお楽しみ」
「大丈夫ですか? そんなにハードル上げちゃって」
と冷やかしながらも、浅葉さんなら大丈夫、という安心感があった。
「いいですか? 車で迎えに来ちゃって」
と、千尋の言い回しを真似る浅葉の肩をグーで小突く。
既に長い間こうして二人で過ごしてきたかのような錯覚と、恋人として夜道を歩きながらこんな会話をしていることが何だか信じられないという思いが入り混じり、千尋はぼんやりと頭上の月を見上げた。
0
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛
冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる