君の思い出

生津直

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第2章 再会

21 甘党

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『で、どうなの? いい感じなの?』

 電話の向こうの弘子は声色だけでもわかるぐらいノリノリだ。涼香はため息混じりに言葉を返す。

「いや、だからさ……友達だって言ってんじゃん」

 何回言わせれば気がすむのだろうか。
 一昨日はメールで、昨日は会って直接、そして今電話で確認を取られている。お見合いおばさんのしつこい勧誘を受けているようで涼香は額に手を当ててもう一度大きく息を吐く。

『だって、こんなに会うなんて今までないでしょ?』

「それは──なんでもない」

 弘子には言えない。お互い自分に振り向かないだろうと分かっているから一緒にいられる……だなんて。

『とにかく、すぐに言いなさいよ。ね?』

 弘子は母親のようだ。適当に相槌を打ち電話を切る。

 ベッドに横になると大輝の切なそうな顔を思い出した

 大輝くんは……どんな人を愛したんだろう……。

 涼香は少し過去の女性が気になった。あの大輝の想い人だ、きっと見た目も心もきれいで素敵な人なんだろう。

 でも、振られちゃったんだよな……。

 詳しくは聞けない。だって、自分だってまだ軽く人に言えない。

 涼香は携帯電話を手に取ると大輝にメールを送る。

──明日仕事終わりに飲み行かない?

 すぐに返信が来た。

──了解。どこ行く?

──大輝くんが言ってた韓国料理の店はどう?

──OK。また連絡する


 短いやり取りを終え携帯電話を置く。そのまま涼香は眠りについた。




 その店は平日にもかかわらず大盛況だった。韓国人の店主が作るチゲ鍋や、海鮮チヂミが絶品らしい。二人掛けの狭い席に座ると慣れたように大輝が注文していく。

「やっぱ混んでたか……荷物、下に置いて」

「あぁ、ありがとう」

 二人は互いにビールを傾けた。

「お疲れさん」
「お疲れ!」

 ぐいっと飲むと一気に背筋が伸びた気がする。一日の終わりを感じてしまう。
 運ばれてきた料理はどれも最高に美味しかった。辛いのに旨味があってすっかり気に入ってしまった。上機嫌で頬張っていると大輝が涼香の顔をじっと見つめていた。

「うん?」

「……美味しそうに食べるよな……いや、美味しいけど」

 そういうとチヂミを飲み込んですぐの私の口元に次のチヂミを差し出す。一瞬躊躇うもそのまま凄い勢いでかぶりつくと大輝が満面の笑みでそれを見ている。
 まるで餌付けだ。

 少し恥ずかしくて顔が熱くなるが、大輝はお構いなしなようだ。誤魔化すようにビールも飲んでいると、横を通りかかった人影が立ち止まる。

「……涼香?」

「え……あ──武、人」

 そこには二年前よりも髪が短くなり爽やかな香りを伴った元彼の林 武人はやし たけとが涼香を見下ろしていた。

 大輝は二人の様子からなんとなく察しがついたのか気まずそうに横を向きビールを飲む。

「元気、そうだな……」

「あ、武人も……」

「彼氏?」

武人が大輝の方を一瞬見る。大輝はニコッと微笑んでいる。

「俺は涼香ちゃんの友達ですよ」

「あ……そうなんですね」

 武人はなぜか表情を緩める。彼氏か彼氏じゃないかを気にする立場にもないはずだが、明らかに大輝を見る目が優しくなったのに気付く。

 奥の席で武人を呼ぶ声が聞こえると慌ててポケットからボールペンを出しそこにあった紙ナプキンに電話番号を記入する。

「ごめん、よかったら連絡して? じゃ──」

 そのまま幻のように武人が店の奥へと消えた……。

 なんだったんだ、今のは。

 机に置かれた見慣れたはずの武人の字が別人のように見える。

「……よかったじゃん、今の人、二年前の人でしょ? やり直したい感じ出してたけど。俺の事も気になってたみたいだし」

「え? あ……いや、そうだけど。違うよ、だって……私捨てられ──」

「ずっと忘れられなかったんだろ? 素直になれって……チャンスだろ?」

 大輝の顔は真剣そのものだった。やり直せばいい──そう言ってるようだ。

「……まだいいよ──会えたら……」

「え?」

 大輝がまたあの時みたいに俯いて遠い目をしている。

「涼香ちゃんは、こうしてまだ会える。憎んでいても、愛していても……俺は違う」

 心臓が痛くなる。
 大輝の心が痛みで悲鳴を上げているのが聞こえる。まさか、まさか──。

「俺の彼女はもう、この世にいない──会いたくても、会えない。嫌いにもなれない──忘れられない」

 大輝の顔が苦しげに歪むのを見て私の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。泣くつもりなんてなかった。きっとこれは大輝の涙だ。

 どうして彼が私と同じだと似ていると思ったのだろう。愛している人の死を体験し、愛する気持ちをぶつける矛先を失った彼の心は、私の悲しみを優に超えている。

 彼の心は深く深く、囚われたままだ──。
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