君の思い出

生津直

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第2章 再会

20 通う想い

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 何か言わなければとあせった結果、口をついて出たのは、

「……まさか」

の一言。しかし浅葉は動じなかった。

「俺にとっては、何も急な話じゃない。もう随分長いこと、お前に恋をしてる」

(恋を……長いこと?)

「どうして……?」

 千尋が思わずそう尋ねると、浅葉の表情がまぶしくほころんだ。

「理由がわかるぐらいなら苦労しないよ」

「あの、今日会ってくださったのって、もしかして、この……ため?」

「そうだ」

「電話番号をくださったのも?」

「ああ。職権濫用らんようってやつだ」

 堂々と認める浅葉に、千尋は思わず苦笑する。

「経過観察……?」

「お前の気持ちを確かめるための、一ヶ月検診ってとこかな」

「どうして一ヶ月なんて……」

「ある程度時間がって忘れられるなら、俺のことなんか忘れた方がお前のためだ。でも、あんまり長々と結論を待ってたら今度は俺が発狂する。その限界ラインが一ヶ月……だったんだけど、一週間も余計に待たせてくれちゃって」

と、浅葉はため息をつく。

(待ってた? 私の結論を……)

「私がもし……電話しなかったら?」

「俺は今頃寝込んでるな」

 その白い歯に千尋は一瞬見とれた後、からかわないでください、と抗議しようとしたが、その前に、浅葉が千尋の顔を覗き込むようにして言った。

「付き合ってくれ。もちろん恋人として」

 千尋は言葉を失った。胸が高鳴るあまり、足元が急に不安定に感じられる。柵を頼ろうとしたが距離を見誤って敷石を踏み外し、玉砂利たまじゃりにヒールを取られてよろけた。

「おっと」

 その瞬間、咄嗟とっさに反応した浅葉の力強い腕が、千尋の背中に回っていた。

(あ……)

 この感覚を、体がおぼえていた。歩道に倒れ込み、浅葉に抱き起こされた時の……。あの瞬間、護衛対象の無事を気遣きづかう以上の何か特別な思いを受け止めたような気がしたのは、あながち勘違かんちがいでもなかったのだろうか。

「相変わらず世話が焼けるな」

と目の前で笑う浅葉は、ただただ夢のようだった。

(こんな優しい顔する人だったんだ……)

 うっとりと見つめた千尋に、浅葉が問いかける。

「で?」

「……で?」

「返事聞いたっけ?」

「あ……」

 千尋は、自分ではとっくにわかっていたその答えを、何とか絞り出した。

「はい、お願いします」

 消え入りそうな千尋の声は、どうやら浅葉に届いたらしい。

「よし、いい子だ」

と、浅葉は満足気に千尋の頭を撫でた。

 付き合ってくれ。恋人として。それに対して「はい」と答えたことが何を意味するのか、わかりきっているようでいて、千尋にはまだうまくつかめていなかった。

 千尋は、真っ赤になっているであろう頬を冷まそうと、気を取り直して何とか口を開いた。

「浅葉さん、お時間は? 後でまた戻るって……」

「ああ、六時前に出れば何とか」

 まだ四時半になっていない。

「ね、ケーキ食べません?」

「ケーキ?」

「はい。あそこのカフェ、おいしそうなケーキがいっぱいあって」

と、千尋は庭園の向こう側に建つ小さな美術館の一階を指差した。本館の中は高級そうなレストランばかりだし、いずれにしても選択肢はこの店ぐらいだ。

「お庭もよく見えそうなんです。もうすぐライトアップされるし、綺麗きれいですよ、きっと」

「随分詳しいな」

「ちょっと早く着いちゃったので、さっき偵察ていさつを」

「それはご苦労」

と気取ってまゆを上げてみせ、浅葉は千尋を促すようにゆっくりと歩き出した。だいぶ薄暗くなった庭園の小道を連れ立って歩く。

 あんなに再会を願い、それがようやく叶った相手がたった今彼氏になりましたと言われても、はて、何を話したものか。

 浅葉は担当刑事として千尋のことを、それこそ大学やバイト、交友関係までとっくに調べ尽くしているだろう。そこへ行くと千尋は浅葉についてほとんど知らないが、刑事としての仕事のことは聞かれても答えられないに違いない。仕事以外の生活にはもちろん興味津津しんしんだが、それをいきなりほじくり返すような奴だとは思われたくない。

 千尋は考えあぐねていたが、浅葉はその沈黙を気にする様子もなく、のんびりと夕暮れの風に吹かれ、ただ千尋の隣を歩いた。こんな仕事をしていると、オンとオフの切り替えもうまくなるものなのかもしれない。
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