君の思い出

生津直

文字の大きさ
上 下
20 / 92
第2章 再会

20 通う想い

しおりを挟む
 何か言わなければとあせった結果、口をついて出たのは、

「……まさか」

の一言。しかし浅葉は動じなかった。

「俺にとっては、何も急な話じゃない。もう随分長いこと、お前に恋をしてる」

(恋を……長いこと?)

「どうして……?」

 千尋が思わずそう尋ねると、浅葉の表情がまぶしくほころんだ。

「理由がわかるぐらいなら苦労しないよ」

「あの、今日会ってくださったのって、もしかして、この……ため?」

「そうだ」

「電話番号をくださったのも?」

「ああ。職権濫用らんようってやつだ」

 堂々と認める浅葉に、千尋は思わず苦笑する。

「経過観察……?」

「お前の気持ちを確かめるための、一ヶ月検診ってとこかな」

「どうして一ヶ月なんて……」

「ある程度時間がって忘れられるなら、俺のことなんか忘れた方がお前のためだ。でも、あんまり長々と結論を待ってたら今度は俺が発狂する。その限界ラインが一ヶ月……だったんだけど、一週間も余計に待たせてくれちゃって」

と、浅葉はため息をつく。

(待ってた? 私の結論を……)

「私がもし……電話しなかったら?」

「俺は今頃寝込んでるな」

 その白い歯に千尋は一瞬見とれた後、からかわないでください、と抗議しようとしたが、その前に、浅葉が千尋の顔を覗き込むようにして言った。

「付き合ってくれ。もちろん恋人として」

 千尋は言葉を失った。胸が高鳴るあまり、足元が急に不安定に感じられる。柵を頼ろうとしたが距離を見誤って敷石を踏み外し、玉砂利たまじゃりにヒールを取られてよろけた。

「おっと」

 その瞬間、咄嗟とっさに反応した浅葉の力強い腕が、千尋の背中に回っていた。

(あ……)

 この感覚を、体がおぼえていた。歩道に倒れ込み、浅葉に抱き起こされた時の……。あの瞬間、護衛対象の無事を気遣きづかう以上の何か特別な思いを受け止めたような気がしたのは、あながち勘違かんちがいでもなかったのだろうか。

「相変わらず世話が焼けるな」

と目の前で笑う浅葉は、ただただ夢のようだった。

(こんな優しい顔する人だったんだ……)

 うっとりと見つめた千尋に、浅葉が問いかける。

「で?」

「……で?」

「返事聞いたっけ?」

「あ……」

 千尋は、自分ではとっくにわかっていたその答えを、何とか絞り出した。

「はい、お願いします」

 消え入りそうな千尋の声は、どうやら浅葉に届いたらしい。

「よし、いい子だ」

と、浅葉は満足気に千尋の頭を撫でた。

 付き合ってくれ。恋人として。それに対して「はい」と答えたことが何を意味するのか、わかりきっているようでいて、千尋にはまだうまくつかめていなかった。

 千尋は、真っ赤になっているであろう頬を冷まそうと、気を取り直して何とか口を開いた。

「浅葉さん、お時間は? 後でまた戻るって……」

「ああ、六時前に出れば何とか」

 まだ四時半になっていない。

「ね、ケーキ食べません?」

「ケーキ?」

「はい。あそこのカフェ、おいしそうなケーキがいっぱいあって」

と、千尋は庭園の向こう側に建つ小さな美術館の一階を指差した。本館の中は高級そうなレストランばかりだし、いずれにしても選択肢はこの店ぐらいだ。

「お庭もよく見えそうなんです。もうすぐライトアップされるし、綺麗きれいですよ、きっと」

「随分詳しいな」

「ちょっと早く着いちゃったので、さっき偵察ていさつを」

「それはご苦労」

と気取ってまゆを上げてみせ、浅葉は千尋を促すようにゆっくりと歩き出した。だいぶ薄暗くなった庭園の小道を連れ立って歩く。

 あんなに再会を願い、それがようやく叶った相手がたった今彼氏になりましたと言われても、はて、何を話したものか。

 浅葉は担当刑事として千尋のことを、それこそ大学やバイト、交友関係までとっくに調べ尽くしているだろう。そこへ行くと千尋は浅葉についてほとんど知らないが、刑事としての仕事のことは聞かれても答えられないに違いない。仕事以外の生活にはもちろん興味津津しんしんだが、それをいきなりほじくり返すような奴だとは思われたくない。

 千尋は考えあぐねていたが、浅葉はその沈黙を気にする様子もなく、のんびりと夕暮れの風に吹かれ、ただ千尋の隣を歩いた。こんな仕事をしていると、オンとオフの切り替えもうまくなるものなのかもしれない。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あなたが居なくなった後

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの専業主婦。 まだ生後1か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。 朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。 乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。 会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願う宏樹。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...