17 / 92
第2章 再会
17 電話
しおりを挟む
一人帰宅し、残り物で簡単に夕食を済ませる。
(なんかなあ……)
レポートを言い訳にはしたものの、本当は何となくみんなでわいわい過ごす気分ではなかったのだ。「あさって」に向けて、やはりいろいろ考えてしまう。
約束はしたものの、少なくとも今のところ、自分には義則と特別親しくなる気はない。現実逃避に彼を利用するようで申し訳なかった。
浅葉からもらった電話番号には先週かけてみたが、延々と鳴り続けるばかりで留守電にもならなかった。もっとも、留守電になったところで、誰なのかもわからない相手にメッセージを残すつもりはなかったが……。
そんなことをぼんやりと考えながら明日の持ち物を揃えていると、ちょうど電話が鳴った。カバーを開くと、「例の」と表示されている。今さら、と若干呆れつつも、本当に折り返しかかってきたことに少々驚きながら通話ボタンを押す。
「はい、もしもし」
沈黙の向こうに、相手の気配があった。もう一度呼びかけてみる。
「あの、もしもし?」
「……田辺千尋か?」
千尋は耳を疑った。
(まさか。そんなはず……)
「あ、はい。あの……?」
「久しぶりだな」
あの時の素っ気ない態度からは想像もつかないほど、朗らかといってもよいぐらいに表情を帯びた声音だったが、その主は間違いようがなかった。
「浅葉さん……」
思ってもみなかった事態に、声がかすれた。
「どうして……えっ、この番号って……」
「田辺千尋のかかりつけ相談係、浅葉のプライベートの携帯だ」
その冗談めかした調子が、クールな浅葉のイメージとなかなか結びつかない。
(プライベートの……)
あの日……護衛の任務が終わった日、周囲の目を気にしながら、担当刑事としての最後の責任を果たす風を装って、なんと自分の番号を入れていたというのか。でも、なぜ?
戸惑う千尋をよそに、懐かしいその声は世にも温かく響き続けた。
「電話もらったの五日前だよな。ごめんな、遅くなって」
「いえ……」
まるで友達とでも話しているかのように寛いだそのトーンが、千尋の記憶の中の浅葉像にじわりじわりと溶け込もうとしていた。
千尋を守ることだけを目的として一週間傍に付き添い、実際二度も危険から救ってくれたあの人に、この電話が繋がっている。千尋の鼓動が密かに駆け出した。
「ちょっと立て込んでて、しばらく帰れなかったんだ」
「そう……ですか。お疲れ様です」
自分でも何を言っているのかよくわからない。会話の内容などどうでもいいから、その声にずっと耳を傾けていたかった。
「それで? どうだ、調子は?」
「はい。お陰様で、元気です」
「けど?」
「けど……」
「落ち着かないから、この番号にかけてきたんだろ?」
その問いかけを聞きながら、吐く息が震えた。同じ部屋で一週間も過ごした相手だというのに、ほんの一ヶ月前と何が違うのだろう。電話を通して聞くから、耳元で囁かれているように錯覚してしまうのだろうか。
「そう……ですね」
と答えながら、千尋は気付いてしまった。あの一週間の浅葉との決定的な違いに。
これがプライベートの携帯であり、折り返し連絡をくれるまでに五日もかかったということは、今は業務時間外なのだ。非番の浅葉と個人的に会話をしているというくすぐったさが、この違和感の正体に違いない。
千尋が何とか冷静さを装う一方で、浅葉は急に深刻な口調になる。
「眠れないか?」
「いえ、眠れてはいるんですけど……」
千尋は、今ようやくはっきりと自覚した。この一週間の情緒不安定の原因は、銃撃よりも強姦未遂よりも、今電話の向こうにいるこの男にあったのだと。
(会いたい……)
もう一度あなたに会いたい。一体どうしてそんな大それたセリフが言えるだろうか。
何かいい口実はと探しかけたが、深く考えるまでもなく、格好の材料が目の前に転がっていた。
(なんかなあ……)
レポートを言い訳にはしたものの、本当は何となくみんなでわいわい過ごす気分ではなかったのだ。「あさって」に向けて、やはりいろいろ考えてしまう。
約束はしたものの、少なくとも今のところ、自分には義則と特別親しくなる気はない。現実逃避に彼を利用するようで申し訳なかった。
浅葉からもらった電話番号には先週かけてみたが、延々と鳴り続けるばかりで留守電にもならなかった。もっとも、留守電になったところで、誰なのかもわからない相手にメッセージを残すつもりはなかったが……。
そんなことをぼんやりと考えながら明日の持ち物を揃えていると、ちょうど電話が鳴った。カバーを開くと、「例の」と表示されている。今さら、と若干呆れつつも、本当に折り返しかかってきたことに少々驚きながら通話ボタンを押す。
「はい、もしもし」
沈黙の向こうに、相手の気配があった。もう一度呼びかけてみる。
「あの、もしもし?」
「……田辺千尋か?」
千尋は耳を疑った。
(まさか。そんなはず……)
「あ、はい。あの……?」
「久しぶりだな」
あの時の素っ気ない態度からは想像もつかないほど、朗らかといってもよいぐらいに表情を帯びた声音だったが、その主は間違いようがなかった。
「浅葉さん……」
思ってもみなかった事態に、声がかすれた。
「どうして……えっ、この番号って……」
「田辺千尋のかかりつけ相談係、浅葉のプライベートの携帯だ」
その冗談めかした調子が、クールな浅葉のイメージとなかなか結びつかない。
(プライベートの……)
あの日……護衛の任務が終わった日、周囲の目を気にしながら、担当刑事としての最後の責任を果たす風を装って、なんと自分の番号を入れていたというのか。でも、なぜ?
戸惑う千尋をよそに、懐かしいその声は世にも温かく響き続けた。
「電話もらったの五日前だよな。ごめんな、遅くなって」
「いえ……」
まるで友達とでも話しているかのように寛いだそのトーンが、千尋の記憶の中の浅葉像にじわりじわりと溶け込もうとしていた。
千尋を守ることだけを目的として一週間傍に付き添い、実際二度も危険から救ってくれたあの人に、この電話が繋がっている。千尋の鼓動が密かに駆け出した。
「ちょっと立て込んでて、しばらく帰れなかったんだ」
「そう……ですか。お疲れ様です」
自分でも何を言っているのかよくわからない。会話の内容などどうでもいいから、その声にずっと耳を傾けていたかった。
「それで? どうだ、調子は?」
「はい。お陰様で、元気です」
「けど?」
「けど……」
「落ち着かないから、この番号にかけてきたんだろ?」
その問いかけを聞きながら、吐く息が震えた。同じ部屋で一週間も過ごした相手だというのに、ほんの一ヶ月前と何が違うのだろう。電話を通して聞くから、耳元で囁かれているように錯覚してしまうのだろうか。
「そう……ですね」
と答えながら、千尋は気付いてしまった。あの一週間の浅葉との決定的な違いに。
これがプライベートの携帯であり、折り返し連絡をくれるまでに五日もかかったということは、今は業務時間外なのだ。非番の浅葉と個人的に会話をしているというくすぐったさが、この違和感の正体に違いない。
千尋が何とか冷静さを装う一方で、浅葉は急に深刻な口調になる。
「眠れないか?」
「いえ、眠れてはいるんですけど……」
千尋は、今ようやくはっきりと自覚した。この一週間の情緒不安定の原因は、銃撃よりも強姦未遂よりも、今電話の向こうにいるこの男にあったのだと。
(会いたい……)
もう一度あなたに会いたい。一体どうしてそんな大それたセリフが言えるだろうか。
何かいい口実はと探しかけたが、深く考えるまでもなく、格好の材料が目の前に転がっていた。
0
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる