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第2章 再会
17 電話
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一人帰宅し、残り物で簡単に夕食を済ませる。
(なんかなあ……)
レポートを言い訳にはしたものの、本当は何となくみんなでわいわい過ごす気分ではなかったのだ。「あさって」に向けて、やはりいろいろ考えてしまう。
約束はしたものの、少なくとも今のところ、自分には義則と特別親しくなる気はない。現実逃避に彼を利用するようで申し訳なかった。
浅葉からもらった電話番号には先週かけてみたが、延々と鳴り続けるばかりで留守電にもならなかった。もっとも、留守電になったところで、誰なのかもわからない相手にメッセージを残すつもりはなかったが……。
そんなことをぼんやりと考えながら明日の持ち物を揃えていると、ちょうど電話が鳴った。カバーを開くと、「例の」と表示されている。今さら、と若干呆れつつも、本当に折り返しかかってきたことに少々驚きながら通話ボタンを押す。
「はい、もしもし」
沈黙の向こうに、相手の気配があった。もう一度呼びかけてみる。
「あの、もしもし?」
「……田辺千尋か?」
千尋は耳を疑った。
(まさか。そんなはず……)
「あ、はい。あの……?」
「久しぶりだな」
あの時の素っ気ない態度からは想像もつかないほど、朗らかといってもよいぐらいに表情を帯びた声音だったが、その主は間違いようがなかった。
「浅葉さん……」
思ってもみなかった事態に、声がかすれた。
「どうして……えっ、この番号って……」
「田辺千尋のかかりつけ相談係、浅葉のプライベートの携帯だ」
その冗談めかした調子が、クールな浅葉のイメージとなかなか結びつかない。
(プライベートの……)
あの日……護衛の任務が終わった日、周囲の目を気にしながら、担当刑事としての最後の責任を果たす風を装って、なんと自分の番号を入れていたというのか。でも、なぜ?
戸惑う千尋をよそに、懐かしいその声は世にも温かく響き続けた。
「電話もらったの五日前だよな。ごめんな、遅くなって」
「いえ……」
まるで友達とでも話しているかのように寛いだそのトーンが、千尋の記憶の中の浅葉像にじわりじわりと溶け込もうとしていた。
千尋を守ることだけを目的として一週間傍に付き添い、実際二度も危険から救ってくれたあの人に、この電話が繋がっている。千尋の鼓動が密かに駆け出した。
「ちょっと立て込んでて、しばらく帰れなかったんだ」
「そう……ですか。お疲れ様です」
自分でも何を言っているのかよくわからない。会話の内容などどうでもいいから、その声にずっと耳を傾けていたかった。
「それで? どうだ、調子は?」
「はい。お陰様で、元気です」
「けど?」
「けど……」
「落ち着かないから、この番号にかけてきたんだろ?」
その問いかけを聞きながら、吐く息が震えた。同じ部屋で一週間も過ごした相手だというのに、ほんの一ヶ月前と何が違うのだろう。電話を通して聞くから、耳元で囁かれているように錯覚してしまうのだろうか。
「そう……ですね」
と答えながら、千尋は気付いてしまった。あの一週間の浅葉との決定的な違いに。
これがプライベートの携帯であり、折り返し連絡をくれるまでに五日もかかったということは、今は業務時間外なのだ。非番の浅葉と個人的に会話をしているというくすぐったさが、この違和感の正体に違いない。
千尋が何とか冷静さを装う一方で、浅葉は急に深刻な口調になる。
「眠れないか?」
「いえ、眠れてはいるんですけど……」
千尋は、今ようやくはっきりと自覚した。この一週間の情緒不安定の原因は、銃撃よりも強姦未遂よりも、今電話の向こうにいるこの男にあったのだと。
(会いたい……)
もう一度あなたに会いたい。一体どうしてそんな大それたセリフが言えるだろうか。
何かいい口実はと探しかけたが、深く考えるまでもなく、格好の材料が目の前に転がっていた。
(なんかなあ……)
レポートを言い訳にはしたものの、本当は何となくみんなでわいわい過ごす気分ではなかったのだ。「あさって」に向けて、やはりいろいろ考えてしまう。
約束はしたものの、少なくとも今のところ、自分には義則と特別親しくなる気はない。現実逃避に彼を利用するようで申し訳なかった。
浅葉からもらった電話番号には先週かけてみたが、延々と鳴り続けるばかりで留守電にもならなかった。もっとも、留守電になったところで、誰なのかもわからない相手にメッセージを残すつもりはなかったが……。
そんなことをぼんやりと考えながら明日の持ち物を揃えていると、ちょうど電話が鳴った。カバーを開くと、「例の」と表示されている。今さら、と若干呆れつつも、本当に折り返しかかってきたことに少々驚きながら通話ボタンを押す。
「はい、もしもし」
沈黙の向こうに、相手の気配があった。もう一度呼びかけてみる。
「あの、もしもし?」
「……田辺千尋か?」
千尋は耳を疑った。
(まさか。そんなはず……)
「あ、はい。あの……?」
「久しぶりだな」
あの時の素っ気ない態度からは想像もつかないほど、朗らかといってもよいぐらいに表情を帯びた声音だったが、その主は間違いようがなかった。
「浅葉さん……」
思ってもみなかった事態に、声がかすれた。
「どうして……えっ、この番号って……」
「田辺千尋のかかりつけ相談係、浅葉のプライベートの携帯だ」
その冗談めかした調子が、クールな浅葉のイメージとなかなか結びつかない。
(プライベートの……)
あの日……護衛の任務が終わった日、周囲の目を気にしながら、担当刑事としての最後の責任を果たす風を装って、なんと自分の番号を入れていたというのか。でも、なぜ?
戸惑う千尋をよそに、懐かしいその声は世にも温かく響き続けた。
「電話もらったの五日前だよな。ごめんな、遅くなって」
「いえ……」
まるで友達とでも話しているかのように寛いだそのトーンが、千尋の記憶の中の浅葉像にじわりじわりと溶け込もうとしていた。
千尋を守ることだけを目的として一週間傍に付き添い、実際二度も危険から救ってくれたあの人に、この電話が繋がっている。千尋の鼓動が密かに駆け出した。
「ちょっと立て込んでて、しばらく帰れなかったんだ」
「そう……ですか。お疲れ様です」
自分でも何を言っているのかよくわからない。会話の内容などどうでもいいから、その声にずっと耳を傾けていたかった。
「それで? どうだ、調子は?」
「はい。お陰様で、元気です」
「けど?」
「けど……」
「落ち着かないから、この番号にかけてきたんだろ?」
その問いかけを聞きながら、吐く息が震えた。同じ部屋で一週間も過ごした相手だというのに、ほんの一ヶ月前と何が違うのだろう。電話を通して聞くから、耳元で囁かれているように錯覚してしまうのだろうか。
「そう……ですね」
と答えながら、千尋は気付いてしまった。あの一週間の浅葉との決定的な違いに。
これがプライベートの携帯であり、折り返し連絡をくれるまでに五日もかかったということは、今は業務時間外なのだ。非番の浅葉と個人的に会話をしているというくすぐったさが、この違和感の正体に違いない。
千尋が何とか冷静さを装う一方で、浅葉は急に深刻な口調になる。
「眠れないか?」
「いえ、眠れてはいるんですけど……」
千尋は、今ようやくはっきりと自覚した。この一週間の情緒不安定の原因は、銃撃よりも強姦未遂よりも、今電話の向こうにいるこの男にあったのだと。
(会いたい……)
もう一度あなたに会いたい。一体どうしてそんな大それたセリフが言えるだろうか。
何かいい口実はと探しかけたが、深く考えるまでもなく、格好の材料が目の前に転がっていた。
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