君の思い出

生津直

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第1章 護衛

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 しばらくすると、長尾が小走りに戻ってきた。

「どうよ」

と、浅葉の前にしゃがみ込む。

「かなりまともに食らったな」

 覗き込む長尾の目線を辿たどった千尋は、はっと息を呑んだ。浅葉のシャツの脇腹に不気味な穴が開いている。浅葉が銃弾を受けていたのだと初めて知った。

「いや、折れてはない」

「防弾様様さまさまだな。でももうちょい近かったらヤバかった」

 長尾は額の汗をぬぐうと、改めてたずねる。

「どっからけてた?」

 浅葉は面倒臭そうに答える。

「たまたま通りかかっただけだ」

「よかったな、休憩中もきっちり装備してて」

と、長尾は浅葉のシャツのすそから覗く濃紺のベストをちょんと指ではじいた。長い付き合いだ。浅葉がこの外出警護に交代を要請したと聞いた時から、長尾にはお見通しだった。

「ま、そんなこったろうと思ったぜ」

 目に付かぬよう、二十メートル以上離れて護衛しろという上からの指示。それよりも近付くには、休憩中に通りかかるしかない。現場での反射神経がすこぶる良く、人並み外れて足の速い長尾を代打に指名したのも計画のうちだろう。

 長尾は力なく呟いた。

「これで取引はおじゃんだな」

「どうだろうな」

 長尾は驚いて浅葉の顔を見る。

「それはどっちかというと一流の思考回路だ」

 長尾は、

「なるほど」

と身を乗り出す。浅葉は辺りを見回し、

「場所が悪い。車に戻ろう。田辺を頼む」

と告げると、壁に手を付いて立ち上がった。長尾が千尋を気遣きづかう。

「千尋ちゃん、大丈夫? 歩けそう?」

「あ、はい。大丈夫です」

 千尋は立ち上がってほこりを払い、長尾にうなずいてみせる。手足が妙に冷たかったが、ショックからは何とかめつつあった。

 車はオフィスビルの裏手にめてあった。浅葉が後部座席のドアを開ける。

「中で待ってろ」

 千尋は言われるままに車に乗り込んだが、浅葉のシャツの穴が気になって仕方ない。防弾チョッキとは、一体どれぐらいの効果を発揮するものなのだろう。

 何かの間違いで命を狙われた一般市民を守るために、自らを危機にさらさなければならないとは……。こうして現実に目の当たりにしてみると、実に因果な商売だ。



 ドアを閉めた浅葉は長尾に尋ねた。

「お前ならどうする?」

「警察に情報が渡っちまったと。まあ日を改める、だな、普通は」

「奴らの頭で考えろと言ってるんだ。失うものが比較的少ない前提だ」

 うーん、と腕を組んで靴の先を見下ろす長尾に、浅葉が続ける。

「質より量の奴らだが、それなりの金が動く。目先の金に目がくらむ三流心理ってのがあるだろ。バイヤーはもう呼んじまってる。これまでのコストを考えれば、さほど慎重になってる余裕はない。警察はこの分だと取引は一旦白紙だろうとあきらめ始める頃だ。逆にチャンスじゃないのか」

 長尾の頭に一つのアイデアがひらめいた。

「場所だけ変えて決行する、か」

 浅葉が満足げにまゆを上げて答える。

「俺なら時間もちょろっとずらすけどな」

「でもそんな急な動きとなると、手掛かりがなさすぎるな。さっきの革ジャン野郎は……」

狙撃そげきに成功したとしても、その後つかまる可能性は十分あった。どうせ捨てごまだろ。あいつからは何も出ない」

「だよな。やっぱ中にいねえと無理か」

 つまり、仲間のふりをして犯罪組織に潜入し、手の内を探る内偵ないてい捜査のことだ。

「そりゃ今さら言っても遅い。ただ、急な展開になった分、こっちに有利な部分が出てきたろ」

「時間、場所を変えるとして……」

「その連絡はいつ回す?」

「今から……じゃねえの?」

 長尾がぱっと顔を輝かせる。

傍受ぼうじゅか」

「令状はとっくに出てるだろ。ピンポイントで今から数時間なら、何かヒットするかもな」

と、浅葉は運転席に向かう。長尾は携帯を手に、転がるように車に乗り込んだ。浅葉は、

「ちょっと寄り道だ」

とミラー越しに千尋に声をかけ、窓を開けて赤色灯を屋根に乗せた。途端とたんに大音量でサイレンが鳴り始める。千尋は、勢いよく加速する車の後部座席で耳をふさぎ、

(ていうか、怪我の手当は……)

と案じながら、ハンドルを握る皮膚のめくれた手をただ見つめていた。
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