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大洗港奪還作戦

110体目 港宴の中の少女達3

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「ふぅ……」

 傘を持ち夜の港に立つ彼女は潮の香りで満たされた空気を吸い、物憂げな表情で息を吐いた。

 潮風を受けて長い白銀髪がフワリと流れる。整えられ、これ以上ないほどに手入れがされた髪は月の光を受けて宝石のように輝く。

 彼女は星々を輝きを反射して静かに煌めく海の一部になっていた。

「まるでセレナイトの模様みたいな髪だね。羨ましいな」

 男でなくとも目を奪われてしまうだろう鈴谷の髪を白と透明が混ざって模様のできる宝石「セレナイト」だと評し、だが直接的な賞賛は「羨ましい」に止めたのは楽であった。

 声をかけられた鈴谷は、振り向くことなく海だけを見て答える。

「あら、いつもはレモンさんを見守っているのに珍しいですわね」

「あれだけ人に囲まれてちゃ見守るも何も無いよ」

 楽は鈴谷の横に来て、船を停めるための係船柱けいせんちゅうに腰を下ろした。

「君こそこんな所に来てどうしたんだい?」

「ただ海の綺麗さに見とれてただけですわ。ほら、とても大きくてくっきりと見える月。それを反射して光り輝く海。どちらもこの世に一つしかないものですのよ。皇都にいてはこうもいきませんから、今のうちに目に焼き付けておこうと思って」

 挑発は無し。かといってそう難しい話でもない。単におしゃべりしてくれていると気づいた鈴谷は嬉しくなって傘…………50kgほどにもなる仕込み傘、ポリトスを指先でクルクルと回した。

「なるほど……いい趣味だね。僕もこういうのは嫌いじゃない」

「ありがとう……でも嫌いじゃない、なんて言い方をするのはなぜ?」

 どこか引っかかる言い方に素直な疑問をぶつける。楽は正直に言っただけであり気づかれなければ何も言わないつもりだったのだが。

 しかし鈴谷に言われて、確かにもっと好きな海があることを思い出した。

「個人的には、夏の、騒がしくてエネルギーで満たされてて透き通ってる、入道雲を映したような海が好きなんだ。一言で言うと楽しい海、かな」

 夏の楽しい海という表現が、遊び人で褐色肌の楽のイメージにぴったり当てはまったのか鈴谷は思わず笑ってしまう。

「ん……ふふ。ごめんなさい、でも予想通りの答えで少し面白かったの」

「構わないよ」

 笑われはしたが悪意のない、むしろ褒めるような口調に楽は微笑みを返す。
 鈴谷もまた微笑みで返し、少しばかり思い回した後に軽口を叩いた。

「ふふ……私も夏の海は、『嫌いじゃありません』わ」

「……ふ、はは!」

「ふふっ!」

 鈴谷が楽の言葉を借りて返し、楽は面白くなって笑う。
 だがそれもすぐに収まり、少しばかり神妙な顔になって鈴谷が嬉しそうに話し始めた瞬間から思っていたことを聞く。

「……で、本当に見てただけ?」

 口説くように一つ声のトーンを落とした楽を一瞥した鈴谷は、再度海を見ながら打ち明け始めた。

「内心、どなたか来てくれないかとお待ちしておりましたの。その方と何でもいいのでお話できればと」

「僕でいいなら」

「ええ、ありがたいですわ。だけど、私、楽さんとのお話よりも興味のある事を思いついてしまいましたの……」

「……ん、んん?」

 今まで楽しげに話していた鈴谷が、淫美いんびな笑みを浮かべてくるりと身体を回して踊るように移動する。
 メイド服のスカート部分が遠心力で大きく広がり、一瞬だけ彼女を楽の視界から隠した。

 何かと驚いて身動きの取れなかった楽の背中をその身で覆う。

 するりと細長い手腕が楽の胸をなぞった。
 鈴谷は後ろから抱きつく形で楽の体温を楽しむ。

 楽はその意味を即座に理解しびくりと身体を震わせた。

「ちょっ……人が来たらどうするつもりだい?」

「さてどうしましょうか」

「鈴谷さん……やめてくれないか」

 楽が強めの口調で拒否したにも関わらず、鈴谷は離れようとしない。
 それどころかより強く密着し……身体を小刻みに震わせ始めた。

「私、悔しいんですの」

「鈴谷さん……?」

 僅かに震える声。ハッとした楽が鈴谷の顔を仰ぎ見る。
 そうして目が合うと、楽は逃れようとすることを止めて青い瞳を見つめた。

「今まで自分では完璧にこなしてきているつもりでした。けど、実戦ではそれが全く通用しない……私、一体何をしてきたのか分からなくなってしまったの。これまでの努力は無駄だと……」

 しな垂れかかり奥歯を噛み締めて涙を堪えている鈴谷を見て、楽は彼女の両手を自分の手で包み込む。

「気持ちは分かるな。大変だよね……色々と」

「……でも、別に私、焦ってはおりませんのよ。これから学んでいけば良いのですもの」

 強気な言葉はさらに震え、途切れ途切れに。

 自分の言葉で自分を笑わせようとしている。即戦力として認められるという目標を諦める事で、自分を追い込みすぎないようにしている。

 鈴谷は今、彼女の人生で初めてプライドをかなぐり捨て、自分を冷静に見ていた。

 お嬢様である彼女にとって深い傷になるだろう経験。それを悟った楽は姿勢をぐるりと変えて鈴谷の正面を向くと、少しでも癒してあげようと手を広げた。

「分かった。ほら、僕の膝に座って。慰めてあげる」

「……はい」

 鈴谷はスカートを取り外してその場に置くと、膝の上にゆっくりと腰を下ろしていく。股を開いているにも関わらず、動作自体は粛々しゅくしゅくとしたものだった。

「……」

「……なん、ですの?」

 何も言わずに頬をわずかな赤みで染め、見つめてくる楽に一体何を見ているのかと尋ねる。
 すると、楽は瞳をじっと見返してニッと白い歯を見せてこう言った。

「綺麗だよ。もっと自分に自信を持って」

「……」

 頬を触られながら褒められた鈴谷は、恥ずかしくなり目を逸らす。
 そして、やや困ったような顔で見つめ返すとキスをした。
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