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スピードガールズ

81体目 スピードガールズトレーニングact.6

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「「酷い目にあった」」

 デジャブを感じる始まり方で三人はスタート地点へ戻ってきていた。

「ななちー、ああいう時は止まって」

 奈津美が呆れた様子で説教する。

「はい……」

「おかげでみどりんは気絶してるし」

「ごめんなさい」

「ていうか普通に考えればブレーキ踏むでしょ」

「悪かったわよお! そんなに言わなくてもいいじゃない!」

「ひゅっひゅひゅー。逆ギレされる筋合いないー」

 言い返されると奈津美は口笛を吹いて言い合いから逃げ出した。

「ムカつく……」

「いひひ。まあおふざけはいいとして、これどうする?」

 気絶している緑について、菜々に指示を仰ぐ。

「どうしようもないわよ。いつもみたいにすぐ……」

「すぐ起きてくる保証は?」

「……そういえば、緑の覚醒ってヤってる時以外でも発動するのかしら」

 菜々がそんな疑問を持つと、奈津美が八雲の声真似をしてそれっぽい解説を始める。

「……んっんー、僕は、そんな事ないと思うね。なぜなら緑くんの覚醒は、性的興奮を脳が強く感じている時でないと発動しないからさ! 興奮とは活動電位が発生している状態を指すが、その中でも性的興奮は最も強力だよ! 性的興奮のピーク絶頂時には、脳が刺激を受け取る限界であるイキ値を超える。緑くんの覚醒はその時でないと起こらないのさ!」

「はいダウト」

 速攻でツッコミが入った。

「頑張ってそれっぽくしたんだから少しは信じてよ!」

「それで少しでも信じると思ってんの? ピークのルビはおかしいし、イキ値って何よそれ」

「ふっ。サラダくん、イキ値とはね、個々人が絶頂に至るための電気的な快感総量の限界値の事を指すんだよ」

「快感は電気でしかないのに電気的なとか言ってる時点でお察しよね」

「ネタにマジレス禁止!」

 ツッコミにも対応していた奈津美だが、遂に口撃こうげきに耐えきれずネタをネタと認める。

 論理武装にボコられて涙目になっている奈津美の後ろで、呆れたような声が上がった。

「何をアホな事を言ってるんだ」

「ーっ!」

「みどりん!?」

 彼女は頭がえきってますと言わんばかりの顔をしている。

「今起きた」

「随分早い目覚めね。って事はあなた……」

「ああ、覚醒したよ」

「すっごい便利だね、それ。気絶すれば何にでも使えるんだ」

「そのようだな、私も今知った。……さて、覚醒の効果を試すとするか」

 もしかしたら自分の人生を変えるかもしれない発見を、さも「ちょっとした驚き」ぐらいにしか思っていないような口調でサラリと流す。次いで、宣言通りアクセルを全開で吹かした。

 タイヤがアスファルトと擦れるスキール音を残し、後傾した86GRがスタートラインから勇ましく飛び出す。
 だが、その後は美しく、水面を滑るように無駄なく走る。張りの良い肌上をなぞる指先にも似た動きで、一つの引っかかりもなく。
 そこに乱暴さは感じられない。後輪が地面を蹴っていながら、甘く交わされるキスのようにピタリと吸い付く安心感の方が大きい。

 十秒とかからずに100kmまで加速、さらにその先へ……。

「……っ! そんなスピードで突っ込んだら!」

 走って逃げるネズミを見ているように、どんどん小さくなっていく後ろ姿。遠目に見ても、どれだけの速度が出ているかはよく分かる。
 それでも赤い光がたなびかない。気でも狂ったかのように、ブレーキを踏むことなくカーブへと進入する。曲がるにはあまりにも速すぎる。

 思わず奈津美が目を閉じた瞬間だった。

「……ここだ」

 86GRが急激に旋回し、遠心力に振られて一瞬だけ後輪のグリップが無くなる。アクセルを調整、タイヤを滑らせてカーブを高速でドリフトし抜けていく。
 後には甲高い音だけが空気を震わせ消えていった。

「か……」

「慣性……ドリフト!」

 驚愕する。ついさっきまで上手くできず、終いには泣き出した人物とは思えない成長……いや進化であった。

「すっ………………げえ~~~!」

「……よくも簡単に超えてくれたわね! 絶対追い抜くわよ!」

 カーブの先へ消え、どこかでエンジン音を響かせる緑の存在に、菜々も奈津美も闘争心を燃やす。86GRに続き二台のスポーツカーが動き出そうとした。

 しかし。

「なっ……?」

「んえ?」

「な、なに……?」

 不意に緑の86はスタート地点に引き戻され、一切の制御が効かなくなる。緑だけでなく菜々と奈津美も同じで、アクセルをいくら踏んでも動かない。狼狽うろたえる三人。

「なんだ?」

「どっ、どういう事?」

「……コースが、変わる……?」

 いち早く変化に気づいたのは奈津美だった。それまで青空に太陽が輝き、背の低い草とコンクリート壁に覆われていたサーキットが姿を変え、どんよりとした曇り空と色の濃い大きな森が視界を奪っていく。
 コースは狭く長く複雑に変化し、路面は波打ち埃っぽい。高低差など無かったはずだが、山のふもとにでもいるような傾斜がある。

「これは一体……」

「なんか嫌な雰囲気ね」

「ななちー、凄く当たり。ここは……」

 奈津美が最悪のサーキットの名前を口にする。その場にいる全員が驚愕の表情を浮かべた。

「ニュルブルクリンク北コース、ノルドシュライフェ。別名グリーンヘル緑の地獄

「ニュルニュルクリクリ?」

「違う、ニュルブルクリトリスだ」

「お前ら二人事故ればいいと思うよ」

 世界有数の超難関コースをあられもない名前で呼び始める二人に、奈津美は若干の殺意と呆れの感情を向けた。
 同時に、奈津美だけでなく後ろからも若干呆れたような声が。

「ニュルの名前を卑猥にしちまうなんて、頭ん中は妄想でいっぱいってか? いつもはお上品ぶってても中身はビッチって事かよ。ありえねえぜ、ったく」

「ニュルブルクリンク、です。仕事柄致し方ない所もあるかと思いますが、可愛い女性がみだりに口にするものではありませんよ。あと、良太郎さんは『ニュルブルクリンクの名前も卑猥に変えてしまうほど想像力が豊かなんですね。常に清楚でいるのに、然るべき時には然るべき行為に及べる程の知識を持ち合わせているとは驚きました』と言いたかったのだと思います」

「やめろぉ! バラすな……やめ……裏切ったな誠一郎おおおおおおお!」

 何故か特戦群の二人が、それぞれの車に乗ってそこにいた。
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