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少女達の守護者
50体目 少女と守護者の戯れ3
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皇居の堀の周りにて、背の小さいレモンに見下ろされるほど縮こまっている緑と菜々。レモンは珍しく敬語を使わず喋っている。
それもそのはず、レモンは怒っていたのだ。
「まさか集合場所を聞いていなかったとは……」
「すみません」
「集合場所っていうと大体ここだから、てっきり……」
「言い訳しない」
「ごめんなさい」
正座させられた二人は更に更にと縮んで行く。本当に背が縮んでいるのではないかと思う程だ。
事は十分ほど前に遡る。
身の安全を危惧したレモンは、二人に連絡を取った。もう集まっていることを伝えると、二人も集まっているという。
それだけで何となく事情を察したレモンが「今どこにいますか」と返信し……。
結果、二人が全く話を聞いていないことが分かったのだった。
「心配したんですから、次からは気をつけてください」
「はい。ごめんなさい」
「分かりました。ごめんなさい」
二人はほんの少しだけ唇を尖らせながら平謝りする。
態度は良くないが、レモンもそれ以上は何も言わなかった。基本、彼女らは怒られる事が大嫌いな自由人なのである。言いすぎると反発しかねない。
「……はい。じゃあ気を取り直して、皆さんで遊びましょうか」
「よしっ! まずは本屋とゲーセンだな!」
「それ官能小説とぬいぐるみが目的でしょ!?」
「失礼な! 今日はエロ漫画をだな……」
「女子感皆無の発言! あーもう緑に任せてらんないわ! ショッピングモール行きましょう!」
「お前は服を買いたいだけだろう!」
「……ほんとに反省してます?」
説教が止んだ瞬間、先を争うように別々の方向に歩きだそうとする緑と菜々を見て、レモンはやるせない気持ちになった。
「随分いい筋肉をしてるな。私の好みだぞ」
「は、はあ……ありがとうございます……?」
結局多数決で、少し買い物をした後、昼ご飯を取るという日程になり、一同はショッピングモールに向かって歩いていた。
その途中、真っ先に声を掛けたのが緑である。
よく鍛えられた腕に恋人のように掴まり、顔を赤くする僧帽(そうぼう)の初心な反応を楽しんでいる様子。実際に手を出す気はサラサラないというのが悪質である。
「あっ、緑ずるーい。じゃあ私はこっち」
次に弄び始めたのは奈津美。腕こそ組まないものの、身体を寄せる。しかしカーディガンを着せてくれた隼(はやと)ではなく、隊長の刀也を選んだ。
(そう、この瞬間を待っていた。真っ先に仲良くなるべきは恩人より一番地位の高い男! 私の勝ちだぁー!)
何と戦っているのかよく分からないが奈津美なりに計算した結果、真っ先に隊長と仲良くするのが吉だと思ったらしい。
しかし、その程度の事を考えるのが一人なわけが無かった。
「えへへー、私も混ぜてくださいっ」
(なっ……)
(奈津美さんの好き勝手にさせる気はありませんよ)
レモンまで刀也に飛びつき、両手に花の状況を作り出す。
当然刀也の機嫌はいいし、独り占めも起きていない。だが奈津美にとっては大きな誤算。後々好きに動かせたかもしれない隊長は、これで「みんなの隊長」になってしまった。
……まあ、奈津美の事だからどう悪用するかまでは考えていないのだろうが。
(まったく、何をやってるんだろうな……)
楽は、奈津美とレモンの思惑に気づきつつも、隼に声をかけた。
これで、絡んでないのは後一人。菜々だけなのだが……。
(男と話して何が楽しいのかしら)
残念なことに彼女は男が苦手であった。
「そっ、そういえば、さっきぬいぐるみがどうとかって……」
緑に迫られた僧帽が気恥しさから逃げるために話題を振っていく。あわよくば官能小説辺りの話にも繋げて腕を解くつもりだ。
「うむ、ぬいぐるみは好きだぞ。ウサギとか、熊とか!」
(ウサギと熊って、面の並びおかしいだろっ!)
内心突っ込みながらも外面は平穏を装う。彼とて変な期待はしていない。勿論緑含め彼女達のことを可愛いとは思っているが、だからといって邪な考えを抱く男ではないのだ。
反応を楽しまれているなと気づきつつ、それに付き合う。
「そ、そうなんですか。可愛いもの好きなんですね」
「む、そうだ……が、今『意外だな』などと思わなかったか?」
「い、いえ! まさか……。官能小説を読む方が意外ですよ」
「うっ……わ、私だってそういう時はあるもん! うう……」
(あるもん! って……可愛すぎかこの人)
緑は、官能小説の話題を出されるのはかなり恥ずかしかったのか、いつもなら有り得ない口調になった。
しかし、その可愛い口調から一拍置いて表情は曇る。
「いやむしろ、きっと人一倍そういう気分になる事は多い。荒獣と何度も戦って、おかしくなった身体が常に快楽を求める……破廉恥だと思うか?」
(……)
目の前で悲しげに話すのは少女。早熟な身体に期待を背負い、時には罵倒さえ浴びせられ、それでも戦い続ける少女だ。
それを意識した途端、言葉の重みがズシリと増してのしかかってきたように感じた。彼の筋肉ですら悲鳴を上げるほどに重く、重く。
だから彼は動く。僧帽はいつの間にか緩んでいた拘束を外すと、安心させるように背中に手を当てた。
「そうは思いませんよ。緑さんはそんなになるまで戦ってきたって事でしょう? 逃げずに、ずっと。だから俺は、カッコイイって思いますけどね」
「かっこ……ば、馬鹿者! 女子に対する褒め言葉ではない!」
「そうですか? 俺はカッコ良くて可愛いなんて最高だと思うんですけどね」
「~っ! バカもの……」
僧帽が優しかった故に絆(ほだ)されてしまった緑は、暫し誘惑を諦め大人しくしている他無かった。
一方こちらは刀也と、両腕にしがみついている奈津美、レモン。二人は彼に猛攻を仕掛けている。
「ねえねえ隊長さんはー、何が好きなんですか?」
「な、何と申されますと……」
「私は隊長さん、好きですよ?」
「か、からかうのはやめてください!」
「えー、そんな事言って、実は楽しんでるんでしょ?」
いくら戦闘に長けていても、女の子の責めにはタジタジ、完全なオモチャである。こちらも当然、手を出す気はないのでタチが悪い。
そんな様子を見た楽が、隼に謝罪した。
「すみません、いっつもこんな調子なので……」
「いやまあ、隊長もマイティも楽しそうだし、良いんじゃないですかね」
隼も苦笑いで返す。しかし意味のわからない「マイティ」に楽が反応した。
「マイティ?」
「僧帽のあだ名です。僧帽から『そー』になって……」
「マイティ・ソー」
「正解」
隼が指をバチッと鳴らす。楽はよもや当たるとは思っていなかった答えに怪訝そうな顔になる。
「まさかのハリウッド系?」
「顔が純国産ハルク」
「……ぶふっ」
緑色の巨人、ハルクの名前を出されて思わず僧帽をまじまじと見てしまった楽が耐えきれずに吹き出した。
それまで表情を崩さず、精々苦笑い程度しか見せなかった楽が目を細める姿に隼も笑う。
「お、笑った」
「だって……似すぎてる……」
「ダサTハルク」
「や、やめて……」
楽が必死に笑いをこらえているその時だった。
(来たぞ)
(隊長マジすか)
(空気読んでほしいなあ)
(後ろから接近してる。前も警戒しろ)
(じゃあ自分移動します)
「それ」に、三人が気づいたのはほぼ同時だった。
傍目にはそれと分からないように、アイコンタクトと手の小さな動きだけで連絡を取り合う。
奈津美とレモンの二人にくっつかれて集団から一歩遅れていた刀也と、丁度話してすらいない僧帽が後ろを固める事になった。
僧帽は配置に着くため、集団の中程にいた緑を離れて菜々のそばへ寄る。
「少し、失礼」
「えっ……」
緑は僧帽が菜々に向かったのを見て、色々と考えてしまう。
(あからさまに離れられてしまった……なかなか話さなかったからだろうか……)
何という関係では無いとはいえ、あんまりな態度に傷つく緑。当然、真意に気づく様子はない。
いきなりの動きに困惑したのは緑だけではない。菜々もまた、近寄ってきた僧帽に驚いたのだ。
「な、なに?」
「さっきから一人でいるなあと思いまして」
「別にいいわよ、構ってくれなくても。私は一人がいいの」
「まあそう言わずに」
(いやにしつこいわね。もしかして私に気があるとか……)
気があるかもしれない。その考えに至った瞬間、注目をされるのが大好きな菜々は勝手に気を良くして話し始める。
例え相手に気があったとしても、菜々は恋人として付き合う気も無いため、その場合菜々が気を良くすれば良くするほど相手が可哀想な事になるのだが……本人にその自覚は無い。
「そこまで言うなら仕方ないわね。付き合ってあげるわ」
右手の甲をあごの下に敷いてセレブのように気取りながらまるでしょうがないわね、と言わんばかりの態度だが、僧帽はそれを特に気にする様子はない。
「有り難いです」
「それで? 何から話したいのかしら?」
「うーん、そうだ。さっき、服を買いたい……とかって話してましたよね? 好きなんですか?」
自然な感じを装いつつ、実際に少し気になっていた事を聞いてみる。
「ええ、勿論大好きよ。服はオンナの基本、自分に合った服、その日にあった服、TPOに合わせた服を着ていくのは当然の話。だから女はいくつ服を買っても損はしないわ!」
「なるほど」
「それに! 色んな服を『今日はどれを着ようかしら』って選ぶのはとても楽しいわ! 組み合わせを考えるのも!」
「本当に好きなんですねえ」
そこまで服に執着のない僧帽は菜々の熱に圧倒される。「筋肉魂」Tシャツを着ている人間にとっては、さぞ異世界の人間でも見ているような気分だろう。
「当たり前よ。あなたは、何か好きな物とか、趣味とかないの?」
「趣味、ですか。そうですね……ここ何日もやってないですけど、久しぶりに空を落ちたくなってきました」
菜々の返しに、僧帽はしたいことをそのまま伝える。そのせいで、菜々には意味のわからない話になってしまった。
「……は? 空? 落ちる?」
「ええ。空を、落ちるんです」
「スカイダイビングの事かしら?」
そんな事をしていられるほどお金持ちには見えないけど。そんな事を思いながら、菜々は落ちるという言葉から推察する。
「随分と……オブラートに包んだ言い方をすれば、そうなります」
「どういう事? スカイダイビングじゃないの?」
「スカイダイビングよりは、もうちょっと厳しいやつですね」
「はあ?」
意味がわからず、僧帽の顔を見ようとした瞬間であった。
鍛えてあるおかげで肩幅の広い身体が、信じられないほど素早く翻る。
「きゃ……!」
自分の方に飛んでくる掌と風圧に、何が起こっているのかよく分からないまま地面にへたり込む。同時に、何かが殴られたような音がした。
「女の子に石投げるたあ、どういう了見だ」
僧帽の手には、拳大の石が握られていた。
刀也も石が飛んできた瞬間に絡みつかれていた腕を垂直に引き抜くと、奈津美とレモンを自らの前方に押しやり、背中で石を受け止めている。
いくら鍛えてあるとは言え、相当な痛みのはずだが……。
「……肩こりが治ったぜクソ野郎共」
静かに怒りを込めつつ、強がって見せた。
「バカな! スリングの攻撃だぞ!」
「なんでキャッチできんだよ!」
付近の建物の影や木の影に隠れていた敵が姿を現す。総勢20人。内、スリングを持っているのは三人だけである。
「見たところ、あれか。あの、あれ」
「僧帽、分かんねえなら言うな」
「過激派反政府勢力、『第三教会』」
「それだ隼!」
「面倒なのが出てきたな。隼は前方警戒。こいつらは俺と僧帽でやる」
「「了解!」」
二人の漢が、か弱い少女達を守るために壁となって迎え撃つ。
それもそのはず、レモンは怒っていたのだ。
「まさか集合場所を聞いていなかったとは……」
「すみません」
「集合場所っていうと大体ここだから、てっきり……」
「言い訳しない」
「ごめんなさい」
正座させられた二人は更に更にと縮んで行く。本当に背が縮んでいるのではないかと思う程だ。
事は十分ほど前に遡る。
身の安全を危惧したレモンは、二人に連絡を取った。もう集まっていることを伝えると、二人も集まっているという。
それだけで何となく事情を察したレモンが「今どこにいますか」と返信し……。
結果、二人が全く話を聞いていないことが分かったのだった。
「心配したんですから、次からは気をつけてください」
「はい。ごめんなさい」
「分かりました。ごめんなさい」
二人はほんの少しだけ唇を尖らせながら平謝りする。
態度は良くないが、レモンもそれ以上は何も言わなかった。基本、彼女らは怒られる事が大嫌いな自由人なのである。言いすぎると反発しかねない。
「……はい。じゃあ気を取り直して、皆さんで遊びましょうか」
「よしっ! まずは本屋とゲーセンだな!」
「それ官能小説とぬいぐるみが目的でしょ!?」
「失礼な! 今日はエロ漫画をだな……」
「女子感皆無の発言! あーもう緑に任せてらんないわ! ショッピングモール行きましょう!」
「お前は服を買いたいだけだろう!」
「……ほんとに反省してます?」
説教が止んだ瞬間、先を争うように別々の方向に歩きだそうとする緑と菜々を見て、レモンはやるせない気持ちになった。
「随分いい筋肉をしてるな。私の好みだぞ」
「は、はあ……ありがとうございます……?」
結局多数決で、少し買い物をした後、昼ご飯を取るという日程になり、一同はショッピングモールに向かって歩いていた。
その途中、真っ先に声を掛けたのが緑である。
よく鍛えられた腕に恋人のように掴まり、顔を赤くする僧帽(そうぼう)の初心な反応を楽しんでいる様子。実際に手を出す気はサラサラないというのが悪質である。
「あっ、緑ずるーい。じゃあ私はこっち」
次に弄び始めたのは奈津美。腕こそ組まないものの、身体を寄せる。しかしカーディガンを着せてくれた隼(はやと)ではなく、隊長の刀也を選んだ。
(そう、この瞬間を待っていた。真っ先に仲良くなるべきは恩人より一番地位の高い男! 私の勝ちだぁー!)
何と戦っているのかよく分からないが奈津美なりに計算した結果、真っ先に隊長と仲良くするのが吉だと思ったらしい。
しかし、その程度の事を考えるのが一人なわけが無かった。
「えへへー、私も混ぜてくださいっ」
(なっ……)
(奈津美さんの好き勝手にさせる気はありませんよ)
レモンまで刀也に飛びつき、両手に花の状況を作り出す。
当然刀也の機嫌はいいし、独り占めも起きていない。だが奈津美にとっては大きな誤算。後々好きに動かせたかもしれない隊長は、これで「みんなの隊長」になってしまった。
……まあ、奈津美の事だからどう悪用するかまでは考えていないのだろうが。
(まったく、何をやってるんだろうな……)
楽は、奈津美とレモンの思惑に気づきつつも、隼に声をかけた。
これで、絡んでないのは後一人。菜々だけなのだが……。
(男と話して何が楽しいのかしら)
残念なことに彼女は男が苦手であった。
「そっ、そういえば、さっきぬいぐるみがどうとかって……」
緑に迫られた僧帽が気恥しさから逃げるために話題を振っていく。あわよくば官能小説辺りの話にも繋げて腕を解くつもりだ。
「うむ、ぬいぐるみは好きだぞ。ウサギとか、熊とか!」
(ウサギと熊って、面の並びおかしいだろっ!)
内心突っ込みながらも外面は平穏を装う。彼とて変な期待はしていない。勿論緑含め彼女達のことを可愛いとは思っているが、だからといって邪な考えを抱く男ではないのだ。
反応を楽しまれているなと気づきつつ、それに付き合う。
「そ、そうなんですか。可愛いもの好きなんですね」
「む、そうだ……が、今『意外だな』などと思わなかったか?」
「い、いえ! まさか……。官能小説を読む方が意外ですよ」
「うっ……わ、私だってそういう時はあるもん! うう……」
(あるもん! って……可愛すぎかこの人)
緑は、官能小説の話題を出されるのはかなり恥ずかしかったのか、いつもなら有り得ない口調になった。
しかし、その可愛い口調から一拍置いて表情は曇る。
「いやむしろ、きっと人一倍そういう気分になる事は多い。荒獣と何度も戦って、おかしくなった身体が常に快楽を求める……破廉恥だと思うか?」
(……)
目の前で悲しげに話すのは少女。早熟な身体に期待を背負い、時には罵倒さえ浴びせられ、それでも戦い続ける少女だ。
それを意識した途端、言葉の重みがズシリと増してのしかかってきたように感じた。彼の筋肉ですら悲鳴を上げるほどに重く、重く。
だから彼は動く。僧帽はいつの間にか緩んでいた拘束を外すと、安心させるように背中に手を当てた。
「そうは思いませんよ。緑さんはそんなになるまで戦ってきたって事でしょう? 逃げずに、ずっと。だから俺は、カッコイイって思いますけどね」
「かっこ……ば、馬鹿者! 女子に対する褒め言葉ではない!」
「そうですか? 俺はカッコ良くて可愛いなんて最高だと思うんですけどね」
「~っ! バカもの……」
僧帽が優しかった故に絆(ほだ)されてしまった緑は、暫し誘惑を諦め大人しくしている他無かった。
一方こちらは刀也と、両腕にしがみついている奈津美、レモン。二人は彼に猛攻を仕掛けている。
「ねえねえ隊長さんはー、何が好きなんですか?」
「な、何と申されますと……」
「私は隊長さん、好きですよ?」
「か、からかうのはやめてください!」
「えー、そんな事言って、実は楽しんでるんでしょ?」
いくら戦闘に長けていても、女の子の責めにはタジタジ、完全なオモチャである。こちらも当然、手を出す気はないのでタチが悪い。
そんな様子を見た楽が、隼に謝罪した。
「すみません、いっつもこんな調子なので……」
「いやまあ、隊長もマイティも楽しそうだし、良いんじゃないですかね」
隼も苦笑いで返す。しかし意味のわからない「マイティ」に楽が反応した。
「マイティ?」
「僧帽のあだ名です。僧帽から『そー』になって……」
「マイティ・ソー」
「正解」
隼が指をバチッと鳴らす。楽はよもや当たるとは思っていなかった答えに怪訝そうな顔になる。
「まさかのハリウッド系?」
「顔が純国産ハルク」
「……ぶふっ」
緑色の巨人、ハルクの名前を出されて思わず僧帽をまじまじと見てしまった楽が耐えきれずに吹き出した。
それまで表情を崩さず、精々苦笑い程度しか見せなかった楽が目を細める姿に隼も笑う。
「お、笑った」
「だって……似すぎてる……」
「ダサTハルク」
「や、やめて……」
楽が必死に笑いをこらえているその時だった。
(来たぞ)
(隊長マジすか)
(空気読んでほしいなあ)
(後ろから接近してる。前も警戒しろ)
(じゃあ自分移動します)
「それ」に、三人が気づいたのはほぼ同時だった。
傍目にはそれと分からないように、アイコンタクトと手の小さな動きだけで連絡を取り合う。
奈津美とレモンの二人にくっつかれて集団から一歩遅れていた刀也と、丁度話してすらいない僧帽が後ろを固める事になった。
僧帽は配置に着くため、集団の中程にいた緑を離れて菜々のそばへ寄る。
「少し、失礼」
「えっ……」
緑は僧帽が菜々に向かったのを見て、色々と考えてしまう。
(あからさまに離れられてしまった……なかなか話さなかったからだろうか……)
何という関係では無いとはいえ、あんまりな態度に傷つく緑。当然、真意に気づく様子はない。
いきなりの動きに困惑したのは緑だけではない。菜々もまた、近寄ってきた僧帽に驚いたのだ。
「な、なに?」
「さっきから一人でいるなあと思いまして」
「別にいいわよ、構ってくれなくても。私は一人がいいの」
「まあそう言わずに」
(いやにしつこいわね。もしかして私に気があるとか……)
気があるかもしれない。その考えに至った瞬間、注目をされるのが大好きな菜々は勝手に気を良くして話し始める。
例え相手に気があったとしても、菜々は恋人として付き合う気も無いため、その場合菜々が気を良くすれば良くするほど相手が可哀想な事になるのだが……本人にその自覚は無い。
「そこまで言うなら仕方ないわね。付き合ってあげるわ」
右手の甲をあごの下に敷いてセレブのように気取りながらまるでしょうがないわね、と言わんばかりの態度だが、僧帽はそれを特に気にする様子はない。
「有り難いです」
「それで? 何から話したいのかしら?」
「うーん、そうだ。さっき、服を買いたい……とかって話してましたよね? 好きなんですか?」
自然な感じを装いつつ、実際に少し気になっていた事を聞いてみる。
「ええ、勿論大好きよ。服はオンナの基本、自分に合った服、その日にあった服、TPOに合わせた服を着ていくのは当然の話。だから女はいくつ服を買っても損はしないわ!」
「なるほど」
「それに! 色んな服を『今日はどれを着ようかしら』って選ぶのはとても楽しいわ! 組み合わせを考えるのも!」
「本当に好きなんですねえ」
そこまで服に執着のない僧帽は菜々の熱に圧倒される。「筋肉魂」Tシャツを着ている人間にとっては、さぞ異世界の人間でも見ているような気分だろう。
「当たり前よ。あなたは、何か好きな物とか、趣味とかないの?」
「趣味、ですか。そうですね……ここ何日もやってないですけど、久しぶりに空を落ちたくなってきました」
菜々の返しに、僧帽はしたいことをそのまま伝える。そのせいで、菜々には意味のわからない話になってしまった。
「……は? 空? 落ちる?」
「ええ。空を、落ちるんです」
「スカイダイビングの事かしら?」
そんな事をしていられるほどお金持ちには見えないけど。そんな事を思いながら、菜々は落ちるという言葉から推察する。
「随分と……オブラートに包んだ言い方をすれば、そうなります」
「どういう事? スカイダイビングじゃないの?」
「スカイダイビングよりは、もうちょっと厳しいやつですね」
「はあ?」
意味がわからず、僧帽の顔を見ようとした瞬間であった。
鍛えてあるおかげで肩幅の広い身体が、信じられないほど素早く翻る。
「きゃ……!」
自分の方に飛んでくる掌と風圧に、何が起こっているのかよく分からないまま地面にへたり込む。同時に、何かが殴られたような音がした。
「女の子に石投げるたあ、どういう了見だ」
僧帽の手には、拳大の石が握られていた。
刀也も石が飛んできた瞬間に絡みつかれていた腕を垂直に引き抜くと、奈津美とレモンを自らの前方に押しやり、背中で石を受け止めている。
いくら鍛えてあるとは言え、相当な痛みのはずだが……。
「……肩こりが治ったぜクソ野郎共」
静かに怒りを込めつつ、強がって見せた。
「バカな! スリングの攻撃だぞ!」
「なんでキャッチできんだよ!」
付近の建物の影や木の影に隠れていた敵が姿を現す。総勢20人。内、スリングを持っているのは三人だけである。
「見たところ、あれか。あの、あれ」
「僧帽、分かんねえなら言うな」
「過激派反政府勢力、『第三教会』」
「それだ隼!」
「面倒なのが出てきたな。隼は前方警戒。こいつらは俺と僧帽でやる」
「「了解!」」
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