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地獄の黒狼
45体目 ヒマワリ週間
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次の日、菜々が朝食を取っていると緑が目の前に食器を置いた。
「菜々、昨日はすまないことをした。私が悪かった、謝る。ごめん!」
目の前で手を合わせるが、菜々は一切反応せずに箸と口を動かし続ける。
「菜々。怒るのは分かるが、あまり長い間こうしているのは良くないと思うんだ。私何でもするからさ……何すれば機嫌直してもらえ……」
「ごちそうさま。私もう食べたから帰るわ」
「ま、待ってくれ! 菜々……」
明らかに食べきっていないのにも関わらず菜々は席を立ち、後には途方に暮れる緑だけが残った。
(私はそんなに酷いことを言ってしまったのだろうか……)
緑は自分のしてしまった事を、必要以上に強く受け止める。
2日目、緑は昨日のように菜々が十分に食べず出ていかれては困ると思い、いそうな時間に直接菜々の部屋へ突撃した。
「はーい……何、またあんた?」
ノックされて出てきた菜々は、緑を見るとあからさまに嫌そうな顔をした。
「き、機嫌を直してほしくて……ケーキも買ってきたぞ!」
緑はケーキの箱を前に突き出す。
「いらない」
「そんな……じゃあ、せめてこれだけでも……」
「聞こえなかった? いらないって言ったの」
「カッセルのケーキだぞ! 凄く美味しいんだ!」
「そんなに美味しいなら自分で食べたら?」
目の前で扉を閉められ、緑は肩を落とす。
「菜々! ……菜々に食べてもらわなきゃ意味が無いのに……分かった。今日は帰る……邪魔して悪かった」
目に涙を浮かべ、緑は自分の部屋に帰った。
「……という事で、まだ何も解決していないんだ……」
「なるほどねえ」
ケーキを渡しそびれたその日の夕方、緑は楽と奈津美に相談しに来ていた。
(いやまあそりゃ許してくれないはずだよねえ……)
(一週間徹底的に懲らしめるって言ってたものね……)
元は緑の撒いたタネとはいえ、少々不憫に思った楽が助け舟を出す。
「今すぐが無理なら、少し時間を置いてみるとかはどうだい?」
「……具体的には?」
「数日ってところじゃないかな」
「……その間菜々はなんて思うだろうか。それに、長く喧嘩しているわけにもいかないのだ。今すぐにでも仲を直したい」
(ううん……こういう時だけ真面目なんだから難しいなあ……)
事情を知っている楽は歯がゆい思いをするが、それならともう一つの案を提示してみる。
「じゃあ、手紙を書いてみれば?」
「……私字が汚いぞ」
「そこはほら……綺麗に見えるよう書けば、気持ちは伝わるさ」
「そ、そうか?」
「そうだよ」
「……よ、よし。なら早速書いてみよう。ありがとう楽!」
「う、うん……」
(これで菜々くんが予定を早めてくれるといいけど……)
正直不安要素しか無いのだが、解決策を見つけたと言わんばかりに病室を飛び出していく緑を見ると、それ以上何も言えないのであった。
三日目の夜。
菜々は自分で緑の事を酷くあしらっておきながら「今日はあいつ来なかったわね……」などとぶつくさ一人で文句を言っていた。
その文句は、時折胸をチクリと指す痛みに対してでもあった。そして、緑の顔を見ていない寂しさに対しても。たった三日、ろくに話していないだけなのにもう、無性に会いたくなっている。
菜々はそんな自分を分析して、ダメね、と自虐的に笑った。その時部屋の郵便受けがコトリと音を立て、何かが投函された事を伝える。
「何かしら」
このご時世に手紙を出してくる人間など一人も思いつかない。だが、郵便受けには確かに一通の封筒が入っていて、そこには下手な字で「紅菜 菜々様」とあった。
見覚えのある字にドキリとする。
「………………っ」
中身を取り出して読んでみると、謝罪の言葉がつらつらと書き並べられていた。何か難しい事や、感動させるような事は書いていない、ありきたりと言えばありきたりな文章。字も上手くない。
だが、下手なりに上手く書こうとしている事、誠意伝わる文章である事。それだけは強く、強く読み取れる。
それが3枚も。随分と長く時間をかけたのか手汗が滲んでいたり、所々焦った様に汚くなっていたりする。
それを見て、菜々は心臓を強く掴まれたような痛みを覚えた。
「緑……!」
最後の紙には、数滴のインクの滲み。弾けたような染みが残されていた。泣きながら、書いたのだ。
それを見つけた瞬間、息ができないほど胸が痛くなる。どれだけ想ってくれたのだろう。どれだけ真摯に受け止めているのだろう。
どんなに不安で怖くて、それでもこの手紙を、わざわざ手紙を書いてくれたのだろうか。
「緑……ありがと……う……」
気がつけば涙が頬を伝っていた。
もう十分、十分だ。
それなのに。
なぜだろうか。
気持ちはいっぱい受け取ったのに。
……気づけば擦れるような音がする。
なんで、なんで。
……何度も何度も。
どうして。私は。
……心のこもったそれを破いて。
嗜虐心? 優越感?
……次第に小さくなる。
あの緑が、頭を下げるのが楽しい?
……片手で握りしめられるほどになったそれを持って。
プライド?
……緑の部屋の前で私は。
宣言した手前、変えたくないから?
……それを廊下にバラまいた。
それとも……全部?
わたし、最低だ
「菜々、昨日はすまないことをした。私が悪かった、謝る。ごめん!」
目の前で手を合わせるが、菜々は一切反応せずに箸と口を動かし続ける。
「菜々。怒るのは分かるが、あまり長い間こうしているのは良くないと思うんだ。私何でもするからさ……何すれば機嫌直してもらえ……」
「ごちそうさま。私もう食べたから帰るわ」
「ま、待ってくれ! 菜々……」
明らかに食べきっていないのにも関わらず菜々は席を立ち、後には途方に暮れる緑だけが残った。
(私はそんなに酷いことを言ってしまったのだろうか……)
緑は自分のしてしまった事を、必要以上に強く受け止める。
2日目、緑は昨日のように菜々が十分に食べず出ていかれては困ると思い、いそうな時間に直接菜々の部屋へ突撃した。
「はーい……何、またあんた?」
ノックされて出てきた菜々は、緑を見るとあからさまに嫌そうな顔をした。
「き、機嫌を直してほしくて……ケーキも買ってきたぞ!」
緑はケーキの箱を前に突き出す。
「いらない」
「そんな……じゃあ、せめてこれだけでも……」
「聞こえなかった? いらないって言ったの」
「カッセルのケーキだぞ! 凄く美味しいんだ!」
「そんなに美味しいなら自分で食べたら?」
目の前で扉を閉められ、緑は肩を落とす。
「菜々! ……菜々に食べてもらわなきゃ意味が無いのに……分かった。今日は帰る……邪魔して悪かった」
目に涙を浮かべ、緑は自分の部屋に帰った。
「……という事で、まだ何も解決していないんだ……」
「なるほどねえ」
ケーキを渡しそびれたその日の夕方、緑は楽と奈津美に相談しに来ていた。
(いやまあそりゃ許してくれないはずだよねえ……)
(一週間徹底的に懲らしめるって言ってたものね……)
元は緑の撒いたタネとはいえ、少々不憫に思った楽が助け舟を出す。
「今すぐが無理なら、少し時間を置いてみるとかはどうだい?」
「……具体的には?」
「数日ってところじゃないかな」
「……その間菜々はなんて思うだろうか。それに、長く喧嘩しているわけにもいかないのだ。今すぐにでも仲を直したい」
(ううん……こういう時だけ真面目なんだから難しいなあ……)
事情を知っている楽は歯がゆい思いをするが、それならともう一つの案を提示してみる。
「じゃあ、手紙を書いてみれば?」
「……私字が汚いぞ」
「そこはほら……綺麗に見えるよう書けば、気持ちは伝わるさ」
「そ、そうか?」
「そうだよ」
「……よ、よし。なら早速書いてみよう。ありがとう楽!」
「う、うん……」
(これで菜々くんが予定を早めてくれるといいけど……)
正直不安要素しか無いのだが、解決策を見つけたと言わんばかりに病室を飛び出していく緑を見ると、それ以上何も言えないのであった。
三日目の夜。
菜々は自分で緑の事を酷くあしらっておきながら「今日はあいつ来なかったわね……」などとぶつくさ一人で文句を言っていた。
その文句は、時折胸をチクリと指す痛みに対してでもあった。そして、緑の顔を見ていない寂しさに対しても。たった三日、ろくに話していないだけなのにもう、無性に会いたくなっている。
菜々はそんな自分を分析して、ダメね、と自虐的に笑った。その時部屋の郵便受けがコトリと音を立て、何かが投函された事を伝える。
「何かしら」
このご時世に手紙を出してくる人間など一人も思いつかない。だが、郵便受けには確かに一通の封筒が入っていて、そこには下手な字で「紅菜 菜々様」とあった。
見覚えのある字にドキリとする。
「………………っ」
中身を取り出して読んでみると、謝罪の言葉がつらつらと書き並べられていた。何か難しい事や、感動させるような事は書いていない、ありきたりと言えばありきたりな文章。字も上手くない。
だが、下手なりに上手く書こうとしている事、誠意伝わる文章である事。それだけは強く、強く読み取れる。
それが3枚も。随分と長く時間をかけたのか手汗が滲んでいたり、所々焦った様に汚くなっていたりする。
それを見て、菜々は心臓を強く掴まれたような痛みを覚えた。
「緑……!」
最後の紙には、数滴のインクの滲み。弾けたような染みが残されていた。泣きながら、書いたのだ。
それを見つけた瞬間、息ができないほど胸が痛くなる。どれだけ想ってくれたのだろう。どれだけ真摯に受け止めているのだろう。
どんなに不安で怖くて、それでもこの手紙を、わざわざ手紙を書いてくれたのだろうか。
「緑……ありがと……う……」
気がつけば涙が頬を伝っていた。
もう十分、十分だ。
それなのに。
なぜだろうか。
気持ちはいっぱい受け取ったのに。
……気づけば擦れるような音がする。
なんで、なんで。
……何度も何度も。
どうして。私は。
……心のこもったそれを破いて。
嗜虐心? 優越感?
……次第に小さくなる。
あの緑が、頭を下げるのが楽しい?
……片手で握りしめられるほどになったそれを持って。
プライド?
……緑の部屋の前で私は。
宣言した手前、変えたくないから?
……それを廊下にバラまいた。
それとも……全部?
わたし、最低だ
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