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第12話:未来のために

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一方、東京都内では残る3台の車両の確保が無事に終わった。


「これで、都内の安全は確保できたみたいだね……。」

北条が胸を撫で下ろす。

「熊さん、こっちに戻ってきたら、総指揮を引き継いでもらって良い? 稲取くんはそのまま葉山に向かって!」


そして、すぐさま熊田・稲取に声をかけた。

「俺が総指揮?」

「うん。熊さんは今や警視庁のレジェンドだからね。これ以上ない人選だよ。」

「俺は葉山? おう、小僧たちの援護だな? 任せろ!」

「頼りにしてるよ、稲取くん。今後の刑事たちの行く末は、君にかかってる。」


北条の頼みとあって、熊田と稲取は北条の頼みを承諾する。


「志乃ちゃん、悠真くん、熊さんをサポートしてもらって良いかな?」

「りょーかい。」

「了解です。でも、北条さんは……?」

「うん、僕も出ようと思うんだ。今回の『神の国』が関わる悲しい事件を完全に終わらせるためにね。」


このとき北条は一瞬、寂しそうな顔をした。


「了解です。気をつけて……。」

「ありがとう。」


志乃と悠真に見送られ、北条は司令室を後にした。



北条が指揮から外れることを、虎太郎たちも無線で聞いていた。

「北条さん、こっちに来るのか?」

「でも、彼が来てくれれば心強いわ。北条さん、犯人の裏をかくのがとても上手いもの。」

「でもさー、体力ないじゃん、あのおっさん」


北条が加わる。
そのニュースが虎太郎たちをにわかに活気づけた。


「あと20分ほどで神奈川か……。」

国道を勢い良く走る、虎太郎達3人を乗せた車。
もうすぐ県境。
そこには……。


「あれ、辰さんじゃねーか?」

「ホントだ……サボってる?」

「……とりあえず、停めましょう。」


大きく辰川が手を振っていた。
これまで何処へ捜査に言ったかわからなかった辰川が、このタイミングで県境付近に現れたのだ。


「辰さん、なにサボってんだよ!」

虎太郎が辰川に近づいていき、司とあさみも後に続く。


「サボってねーよ。お前らにアドバイスをしておきたくてな。」


そう言うと、辰川は1枚の図面を3人の前で広げる。

「司令、行こうとしているのは、ここだな?」

辰川が、図面の1点を指す。


「!!! ……えぇ、ここです。」


まさにその場所でピッタリだったらしく、司が驚く。

「だろうな。知り合いの神奈川県警のお偉いさんに聞いたんだが、葉山のこの場所の付近に2ヶ所、武装した数人の人物を見かけたという連絡があった。取り逃がした2台の他に、現地でも奴らは数人、待ち構えてる。」

辰川は、灰島たちの居場所を探っていたのだ。


「そこでだ。虎、お前は俺と来い。」


辰川が、虎太郎の肩を叩いた。


「……俺?」

突然、辰川に呼ばれた虎太郎は目を丸くする。


「司令、嬢ちゃん……悪いが虎は俺と一緒に行動してもらうぜ。お前達の援護には稲取と一課の連中が向かってる。不足はないだろ。」


「え? えぇ……。」

「まぁ、それだけいるなら……。」


半ば強引とも取れる辰川の言葉に、司とあさみも気圧されてしまう。


「おい辰さん、どうするんだよ、ちゃんと説明しろって!」

全く事態が把握できていない虎太郎が、辰川に詰め寄る。


「ゆっくりと話している時間はねぇんだよ。虎、お前には移動しながら詳しく説明する。司令、嬢ちゃん、ここは俺の気持ちを汲んでくれ。頼む。必ずこの事件を解決させる。その気持ちは俺も一緒だ。完全に、終わりにしよう。」


辰川は、その場で全てを話そうとはしなかった。
しかし、その目は真剣そのもの。


「……分かりました。ここから先は私達だけで行きます。お互い、命は大切に……。」

「……ありがとよ。」

「さぁ、あさみ、行くわよ。」

「う、うん……。」


まだ状況が飲み込めていないあさみを車に乗せる司。
司自身、辰川の言葉の真意が完全に分かっているわけではなかった。
しかし、これまで辰川を同じ部署でみてきた司。

辰川が、意味もなく虎太郎という戦力を連れていくわけがない、きっと何か事情があるはずだ。
そう、司は判断したのだ。


「詳細は携帯で連絡する。繋がらなければメールで送るから、確認できるときにしてくれ。東京に戻れば無線が使えるようになるだろうから、そのときは逐次連絡だな。」

「了解です。」


最低限度の約束事を決め、司とあさみの乗る車が葉山に向かって動き出した。


辰川とともに残された、虎太郎。

「なぁ辰さん、敵の親玉が葉山に居るって分かってるのに、なんで俺を下ろした?」

虎太郎の疑問ももっともであった。
黒幕を押さえてしまえば、組織は瓦解する。
それは、集団犯罪組織を検挙する際の基本だからだ。

絶対かつ確実なこの方法が困難なのは、組織側もそれを分かっているから。
だからこそ、黒幕を逃がしたり、隠したりするのだ。


「まぁ、乗れよ。」


辰川は、自分の乗ってきた車に乗るよう虎太郎を促す。
虎太郎も素直に従い、助手席に座った。


それでも、辰川は車を走らせない。

「辰さん……?」

少なからず疑問を感じた虎太郎に、辰川は1冊のファイルを渡す。

「しっかりと、中を確認してみろ。……俺も驚いた。」

「でも、今はそんなことをしている場合じゃ……。」

「今だから、だ。」


辰川の目は、真剣そのもの。
虎太郎は辰川の言うとおりにファイルを開いた……。

「新堂司令、小泉です! まもなく神奈川県に入ります。ここから先は車両無線を使いながら連絡を取り合いましょう!」


県境を越えたところで、SITの臨時隊長の小泉からの連絡が入る。

「了解です。目的地のデータをメールで送るわ。」


司が辰川から預かった図面を写真に撮り、そのままメールに添付する。

庁内ではそれぞれ社内用の携帯電話が支給されており、勤務している者全員の番号が登録されている。
ゆえに、個人的な交流がなくても、データや音声などを共有することが出来る。


「目的地、確認しました。この網掛けになっている部分は、敵勢力が潜んでいるところ、ですね?」

「その通りよ。この場所から真っ直ぐ目的地に向かうと、ちょうどその敵勢力に挟み撃ちにされるみたい。ここは少し迂回する形になるけれど、海岸から目的地へ向かいましょう。私の記憶が確かなら、海岸からも目的地に向かう道があるはず。」


「了解しました。」

司と小泉が、おおよその計画を立てる。


「あとは、それぞれの勢力の頭がどちらかということだけだね。」

「そうね。……出来ればふたりとも争わずに投降して欲しいところだけど……その望みは薄そうね。」


ジョーカーと古橋。
野戦を得意とするふたりがそルぞれの場所に陣取っていると考えるのが自然だろう。

「私達だけでそのどちらかを退けることが出来るかどうか……」

「めっちゃ厳しい戦い、だよね。」


古橋には、うまく出し抜かれてしまった。
ジョーカーに関しては、なにも出来ないまま逃走を許してしまった。

そのどちらかが必ず立ちふさがっているのだ。
不安にならないわけがない。


「でも、やらなきゃ。」

「そうね。私達は彼らを止める義務がある。」


これまで幾度となく、大きな組織、強大な犯人と向かい合ってきた。
そして、それら全て逮捕してきた。
自分達なら出来る。
これまでに培ってきた実績、そして経験を信じよう。
司はそう、心のなかで繰り返していた。


神奈川県に入り、暫くすると……。


「着いたわ。葉山よ。」

「小泉隊、現着!」


ほぼ同時刻に、司とあさみ、そして小泉率いるSITは葉山の地に降り立った。


「さぁて、どっちが出るかな……ま、どっちがきても最悪、だけどねぇ……。」

あさみが最終目的地点の方角を見ながら、苦笑いを見せる。

「そうね。でも、私達なら出来る。やらなくてはならない。」


不安、そして恐怖。
その二つの感情を必死に押さえつけながら、司は静かに呟く。


「これで、終わりにしましょう、一誠……。」

「おい新堂、俺たちも着いたぞ。どっちに合流する?」


そして、稲取率いる捜査一課の有志も葉山に駆けつける。
今回は隣県・神奈川での大捕物。
本来であれば神奈川県警が主体となって動き、司達はそのバックアップに回るしかないのだが、今回は神奈川県警がバックアップするという異例の運びとなった。

その最大の要因は、北条より総指揮を引き継いだ熊田の力によるものである。

熊田は少し前に、日本最大の極道組織を解散へと導いたという、半ば伝説とも言える手腕があった。
そんな熊田からの要請に異を唱えるような、そんな刑事が神奈川県には居なかったのだ。


「本当に、うちの刑事達は規格外の人たちばかりね……。小泉さん、一課の方々はどうします?」

「こちらにはSITの隊員がいます。今現在、お二人しかいない新堂司令の方に合流を!」

「おうよ、すぐに向かうぜ!」


こうして、海側から目的地を二点突破する準備が着々と整っていく。


「稲取さん、こちらまであとどれくらいで?」

「あぁ、5分ってところだな。」

「了解です。では、15分後に目的地へ向かって進み始めることにしましょう。各個撃破されないように、足並みを揃えて上っていくことにします。」


司がおおよその作戦を立てる。そして……


「約束事はひとつだけ。『決して死なないこと』。犯人逮捕に躍起になって、自分を危険に晒すことはありません。危なくなったら退避。犯人達が逃げてしまったら、また追えばいい。私達は、犯人を追うことを絶対に諦めない!」


それは、司の決意表明のように聞こえた。

しかし、それだけでも葉山にいるメンバーを鼓舞させるには充分であった。


「了解!」

「了解したぜ!」

「必ず、全員生きて! 犯人逮捕するよ!」


こうして、これ以上ない士気の中、最後の大捕物が始まろうとしていた。


「虎太郎くんの方にも連絡を取っておきましょう。」

司が車内無線で虎太郎に現状を報告しようとする。


「大体は車内無線で聞いてたぜ。さすが司令、痺れたぜ。俺も、出来るだけ早く『こっちの用事』を片付ける。お互いにベストを尽くそうぜ!」


虎太郎も、移動中に車内無線で司の言葉を聞いていたらしい。


「やっぱり、現場に出てても司令は司令だね。あと一息、黒幕のところへの道は、私と一課で開いていくから、司令はただひたすらに前へ……黒幕のところに向かって!」


あさみもやる気充分のようだ。
あさみ自身、自分の役割は司を灰島のもとへ送り出すことだと思っていた。


「ありがとう。みんなでベストを尽くしましょう。この一連の事件、今日で終わりにします!」

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