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第8話:東京の最も長い1日

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刻一刻と、時間だけが過ぎ去っていく。
今回の事件は、これまでの人質の事件とは違い、難航を極めた。

表向きは集団暴行事件。しかも解決済みで犯人達は皆、刑期を終えて出所している。
しかし、この事件にはまだ『裏』があると言うのだ。


「着いたよ、福祉保健局。」


そんな中、北条は都庁の福祉保健局に到着する。
都庁の中は、自由に歩けるほどに犯人グループの配置が偏っていた。

中層……各局エリアは、1人も犯人グループがいない。
職員達は職務を停止しているものの、皆無事であった。


「失礼するよー。大山さん、いる?」


北条は、緊張感漂う局内を歩きながら、大山を探す。

「部長でしたら、すぐそこに……あれ?部長?大山部長ーー!!」


すぐ近くのデスクにいた職員が、大山のデスクを見たが、そこに大山の姿はなかった。


「……ちょっと、大山新のデスクを見せてもらっても?」

「……あ、あなたは?」

「おっと、これは失礼。僕は警視庁特務課の北条と言う者です。都庁を早く解放したくてね、潜入してしまいました。」


緊張感漂う局内において、1人だけ飄々と話す北条。
その落ち着きぶりと、北条が提示した警察手帳に、職員達も安心する。


「どうぞ……こちらです。」

「済まないね。失礼するよ。」


北条は、丁寧に大山の机を調べる。
こういう時、刑事の多くは乱雑に物を退かして調べたりもするのだが、北条は出来るだけ元の配置を守るよう、丁寧に調べるよう心がけている。


「……ん?」

北条が気になったのは、写真立て。


「あぁ、これは娘さんだそうですよ。家でしてしまったそうですが、理由が分からないと嘆いてました。一日でも早く会いたいと……。」

「そうですか……。」


北条は、写真立てを見やすい位置にそっと置く。
その元の位置に、1枚のメモが置いてあった。

「このメモは?」

「あぁ、スーツを着た老紳士が大山部長へとお持ちになったもので……。あ、そう言えば、そのメモを見てから、部長、なんだか上の空だったような……。」


北条はそっとそのメモを開いた。


「……!」

その内容を見た、北条は……。

「みんな、当時の事件の捜査を絞るよ。大山みさきさんの行方不明、それだけに集中するよ。」


このとき、北条は確信した。

現在の人質3人は、間違いなく大山みさきという女性に関わっている。
そして、その結末を、Fは知っている……。

その理由は、大山の机にあった、1枚のメモが物語っていた。


『あなたの探し物は、本日見つかることでしょう。3人の愚かな若者達がヒントです。御愁傷様。』




――――――



「ごめんね忙しいところ。これで僕は失礼するよ。」


福祉保健局の事務室を出た北条は、そのまま展望台への経路を急ぐ。
途中で大山を見つけ、保護することが目的である。


「みんな、大山みさきさんの捜査は、暴行事件にとらわれず、『死体遺棄事件』も視野に……いや、むしろそちらを重点的に調べた方がいい。大山みさきさんは……亡くなっている可能性が高い。」


両拳を握りしめながら、北条が言う。


「……当時の犯行車輌、そして付近のNシステムのデータを照会します。」

「僕は、当時の防犯カメラのデータをコピーしたものをあたってみる。」

一気に重い空気になる特務課メンバー達。
しかし……。


「……どのみち、まだ見つかってねぇんだろ?……ちゃんと会わせてやろうぜ、親父さんに。」


虎太郎のこの一言で、メンバー達の気持ちに火がついた。


「僕は、お父さんの保護を最優先とするよ。お父さんが早まった真似を……」


そのときだった。

『早まった真似をしないように。』

そう言おうとした北条の言葉を遮るように、都庁内に一斉放送が流される。


「この放送は、テレビ局とも繋がっております。防災センターよりテレビ局へ発信した通話を、そのまま放送したものです。つまり、この都庁内で起こった出来事は、そしてこの私が話す言葉は、全てテレビで放送されるということですね。」


声の主は、F。


「……どんどん事態を大きくしていくのが狙い、かね……。」


一斉放送と言うことは大山の耳にこの後、悲しい放送が入るかもしれないと言う不安が生まれる。
北条は大山捜索の足を早める。


「ここまで、幾つか警察の方とゲームを楽しんでいたのですがね、せっかくテレビ局の方が来てくれたので、大々的に楽しもうと思った次第です。あ、そうそう、上空からの突入は考えない方がいい。私はこの都庁を粉々に吹き飛ばす爆弾の起爆スイッチを持っている。ルール違反をおかしたら、一瞬でここはドカン!ですよ。」


小さく笑いながら、Fが上空からの突入を牽制する。

「まず、我々の要求は当初から変わってません。『これまでの死刑囚の全釈放』これが大前提です。あまりに長引く場合も、このスイッチを押します。」


あくまでも警察、そして視聴者にたいしてマウントを取ろうとするF。


(あの起爆スイッチは……本物か?ブラフか?)

彼の持つスイッチが本物かどうかで、警察の……北条をはじめとする特務課の動きも変わってくる。


「辰さん!」

「……画像じゃ不鮮明で断言できねぇ……しかし、見た感じでは本物あるいは精巧に作られた偽物……としか言えねぇ。つまり、完全に偽物である可能性の方が、今のところ低いってことだ……。」


辰川はそう言った後、小さく舌打ちをした。


「番組の視聴率が……!」

悠真が番組の情報を無線で飛ばす。


「23.5%……これって、スポーツの国際大会くらいの視聴率だよ……!」

「それだけ、この事件が注目されてるってことか……まったく、平日深夜にご苦労さんなこった。」

「それを見越して、Fは私たちを挑発し、視聴者を煽るようなことを言っているのでしょう。無関係な一般人を巻き込んで、我々は少しずつ追い詰められているって言うことね……!」


辰川、司が悠真から送られてきたデータを見て難しい顔をする。


「車輌、当時の不審者の目撃情報、近隣住民の証言などをまとめました!」

続いて、志乃が当時聞き込みで得られた情報をメンバー達に共有する。


「精査が難しいわ……どこからが本当で、どこからが間違いなのか……。」

目撃情報は、犯人の人相、年齢などバラバラで、全てが一致するわけではなかった。


「落ち着いて……。展望台にいる3人の若者、そしてみさきさんの人相に合致している情報を探すんだ。その供述をした人を特定していまから話を聞きに行こう。」


戸惑うメンバーに、北条が優しくアドバイスをする。

そんなときだった。


「この3人の若者のジャッジに、皆さんも加わっていただきましょうか。#都庁ジャック、これで皆さんの意見も聞こうではありませんか。」


Fはついに、テレビを見ている視聴者達の言葉も利用することにした。


「まずい……ネットで拡散、特定なんてされたら……!」

「あぁ……捜査の邪魔をする奴も出てくるな……。急がねぇと!」


好奇心旺盛な民間人と言うのは、時として刑事達の予想もしない暴挙に出ることも。
何の罪もない一般人の素性を暴き、個人情報を晒し、正義感に浸る。

そんな行為に心を痛めるものは、決して少なくないのだ。


「さて、ここまで警察を煽るのも申し訳ないですねぇ……。ここで、私からヒントを差し上げましょう。『私達』は、この事件の真相を知っている。」


Fが挑発的な視線を人質達に向けると、人質達は皆、真っ青な顔で固まる。


「探し物は都内にあります。しかし、人里離れたとある場所。都心部は捜査から除外した方が良さそうですね……。」


捜査のヒントを口にするFに、メンバー達の苛立ちも募る。


「なめやがって……!」


しかし、北条はそんなメンバー達を落ち着かせた。


「冷静に行こう。ここで気持ちを乱して奴のヒントを無視するのは得策じゃない。こちらの得た情報をもとに、いちばん確率の高い方を選ぶんだ。たとえ彼の言う通りだったとしてもね。」

「北条さん……!」

「気持ちは分かるけど、ここは事件解決が最優先だよ……!」


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