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第8話:東京の最も長い1日

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一方、他のメンバー達は、悠真の情報をもとに捜査を急いでいた。


「顔写真で照合したけど、前科はみんな無いみたい。買春、横領、空き巣に爆弾かぁ……どうやって調べようかなぁ……。」

悠真は高度なハッキング技術を持つ、元ハッカー。
ハッキングをして大きな犯罪を起こす、荷担するなどはなく、ただ面白半分に情報を盗み見ていただけであったか、司がそんな悠真を書類送検。反省した悠真のその能力を買い、

『司令室以外でのハッキング等の行為の禁止』

と言う条件で、司の責任下において彼を特務課に招いた。


志乃が表の情報を使い、警視庁各課への応援を要請するのに対し、悠真は裏の情報……つまりSNSや海賊サイト、裏アカウントなどのデータに侵入し、犯人の情報を深く探る。

志乃と悠真、表と裏の情報を掴むことで、特務課の検挙率は高い水準を保っているのだ。


「よーし、じゃぁ俺は空き巣に行くわ。」

「あたしは買春。絶対に許さない!」

「私は横領を洗うわ。」

「……専門分野だしな。爆弾行くぜ。」


虎太郎、あさみ、司、そして辰川がそれぞれ自分の受け持つ事件を決めていく。

「りょーかい。じゃぁ、それぞれのスマホに事件についての有力情報を随時送信していくから、応援が必要なときは言ってね。志乃さんが手配してくれるよ。」

「最も近くにいる捜査員に応援を要請します。皆さん、位置情報が切れないように、無線機の電源には注意してください。」


長時間の相談をしなくても、各々が行動を起こせる、決断の早さ。
そして、志乃と悠真と言う有能なオペレーターの存在。

これが、特務課が少数7人でありながら、凶悪事件の解決に大きく活躍している所以でもある。


「それにしてもFの野郎……ふざけた真似しやがる!」

「きっと、これは肩慣らし、と言ったところなんでしょうね。次々と、人質が展望台に送られていき、私たちはそんな人質の闇を暴いていく………」

「マジでムカつくんだけど。どんだけ人質の中に『犯罪者』がいるってのよ!」

「まぁ、ここで興奮しても仕方ねぇさ。俺たちは野郎の提示する『罪』とやらを暴いていかなければならない。それが人質の命を救う第一歩だ。」

「なーんか、やるせないけどね……。」


会話しながらも、メンバー達は悠真から送られる情報をもとに捜査を進めていく。


「これだけ分かりやすいデータが来れば、あとは押さえるだけじゃねーか。空き巣の方は目的地まであと少しだぜ。まさか、こんなところにアジトがあるとはな~」

「買春グループの溜まり場、見つけた!」

「私は直接、彼女の元職場に向かうわ。」

「爆弾野郎の家、もうすぐ着くぜー」


皆、最初の事件の核心に辿り着こうとしていた。


「どうですか北条さん、我々の最高のステージは。」

「……うーん、素晴らしすぎて反吐が出るよ。悪趣味極まりないねぇ……。」


一方、都知事執務室には、一色と北条、そしてFがいる。
周囲を取り囲んでいた男たちの数人は、各界の人質の様子を見るために執務室から出ていき、残されたのは顔を隠した男、ひとりのみ。


「……彼は君の右腕なのかな?他の仲間を外に出してでも側に置いておきたい、それほどの人物ということだよね?」


その存在に気付いた北条が、Fに問う。


「右腕など……恐れ多い。彼は私よりも『役職が上』なのですから……。」

「役職?」


Fより役職が上。
つまりそれは、『神の国』という裏組織の幹部を意味していた。


「彼のことは、私も良くは知りません。知っているのは、彼の異名。そう……『狙撃手スナイパー』という異名だけです。……まぁ、とにかく私にはこれ以上ない用心棒です。そして……」

Fは、執務室のカーテンを開け、窓の外を見る。


「……馬鹿な警察諸君の抑止力にもなる。」

「……!!」


北条が言葉を失う。
視界の先には、都庁屋上のヘリポートに着陸しようと、警視庁のヘリが向かってきていた。


「……志乃ちゃん。」

北条は、Fに聞かれないように小声で志乃に無線を飛ばす。


「都庁上空のヘリに通達!至急都庁から離れてください。執務室内に狙撃手がいる模様。狙撃される恐れがあります!」


北条の無線を聞いていた志乃が機転を利かせ、ヘリを都庁から遠ざける。


(ナイス……志乃ちゃん!)


少しずつ遠ざかるヘリを見ながら、北条が安堵する。が……。


「北条さん、あなた……スマホ、持ってませんか?」

(……ちっ)


Fが、遠ざかるヘリを見ながら北条に問う。


「スマホ?そりゃぁ、持ってるよ。今時丸腰で闊歩する人の方が少数でしょ?」


やれやれ……と北条が自身のスマホを差し出す。
画面には、『特務課』の文字。

(さすが……悠真くん!)


そう、Fが北条に疑念を抱いた時点で、悠真が北条の携帯の情報を解析し、特務課の電話に発信するように操作したのだ。



「まったく……勝手なことをされては困ります。あなたは賢い方だ。貴女の行動ひとつで、こちらの作戦が崩されてしまう。だからこそ……あなたを囲ったのですよ。」

「やっぱりね……。最初から仲間に引き入れようなどという気はなかったというわけだ。」

「……簡単に口車に乗る方ではないでしょう?あなたは。そもそも『上』からの指示にあなたを仲間に引き入れるという項目は存在しませんでした。あなたを『足止めするように』との指示はありましたが……。」


Fが、不敵な笑みを浮かべた。

「まーーったく、君も悪だよねぇ。表の顔が分からなくなるくらいの悪党だ……。まぁ、仕方ないから僕のスマホは君に預けるよ。大事に使ってよ~。まだ機種変更してから2か月しか経ってないんだから。壊したらお金がかかる。」


仕方ない、とFに自分のスマートフォンを渡す北条。
それと同時に、無線機の所持に気付かれていないことに安堵する。


(これは、僕たちの切り札だからね……。)


そんな時、Fの持っていた携帯電話に着信が入る。


「おや……?もしもし。」

「警視庁特務課・皆川です。指令も捜査に出ているので、私があなたと話をすることにします。」

「あぁ……特務課の心臓……天才オペレーターさんではありませんか。」

「……茶化さないでください。」


Fの挑発に乗らない、志乃。


「今、彼と話をしているのは……?」

Fが通話をしている間に、一色が北条の側に歩み寄る。

「あぁ……うちの優秀な仲間の一人ですよ。きっと吉報をもたらしてくれたんでしょう。……まぁ、想定内ですけどね。」


北条が、余裕の笑みを一色に向ける。


「あなたは……この状況で絶望したりはしないんですか?完全に占拠され、相手は武装している、この状況で……。」

「そんなあなただって、気丈に振舞っていらっしゃる。その理由を私は聞きたいですねぇ……。」

「私は……この日本の、東京の警察という組織を信じている。警察は決して、悪を野放しにはしません。そう、信じているから。きっと私たちも解放してくれるはず……。」


そう話す一色の手が、小刻みに震えている。
北条は、そんな一色の手を優しく取る。


「……私も、同じですよ。警察を……仲間たちを信じている。それにね……。」


北条がFを見る。
明らかに一瞬ではあるが、動揺の色を見せたように見える。


「……悪人に一方的にやられてるこの状況……僕の仲間たちは決して納得しないんでね……。そろそろ始まりますよ。反撃の時間が。」


北条が、不敵な笑みを見せた。


「事件を……解決した、ですって?……まだゲーム開始から1時間も経っていませんが……?」

「えぇ。ですが、解決しました。これから無線をあなたの電話にも聞こえるようにします。……皆さん、お疲れ様です。経過報告をお願いします。」


志乃が、司令室内で無線を共有にする。


「虎太郎だ!人質の一人は空き巣グループの主犯格だ。アジトも判明、乗り込んだら共犯の奴らも見つけたぜ!『ちょっと話を聞いた』らあっさり全部吐きやがったぜ!!これから応援呼んで逮捕・連行する!」

「新堂よ。横領事件は帳簿・領収書の類を全て押収。改ざんされたデータも見つけたわ。これから連行して事情聴取する。」

「こちらあさみ。マジむかつく!女を何だと思ってるのよ。……全員逮捕!!」

「辰川だ。見つけたぜ爆弾。……まぁ、このくらいなら小さな花火程度だけどな……。」


捜査に出ていた4人は皆、それぞれの事件の真相を暴いていた。


「困りましたね……このペースで進められては、用意していた人質が皆、解放されてしまいます……。」


穏やかな口調ではあるものの、心中穏やかではないF。


「では、最初の人質は約束通り解放すると致しましょう。正面玄関から1人ずつ解放します。その後のことは、警察の皆様にお任せすると致しましょう……。」

Fが展望台に合図を送ると、人質達は拘束を解かれ、階下に下りていった。


「これ……本当に解放されるのかな?」

「もう少し、様子を見ましょう……。都庁正面に配置している皆さん、解放される人質に任意同行をかけてください。それぞれ、犯罪に荷担していると思われます。」


解放されてすぐに逃走されることがないよう、志乃が正面玄関から出て、考え得る逃走経路の先に捜査員を配置し、指示を出す。


「本当に……志乃さんにかかると、犯罪者が気の毒に思えてくるよ。絶対に逃げられないもんね、これじゃぁ……。」

隣で志乃の指示の様子を見ている悠真が、思わず苦笑いを浮かべた。


しかし最初の4人の人質達は、逃走する素振りも見せずに、ただ正面玄関から真っ直ぐに歩いた。
そしてその先にいる捜査員達に確保され、それぞれ署へと連行されていくのだった。


「抵抗……しなかったね?」

「きっと、都庁内での恐怖と、隠していた犯罪が暴かれたことで、抵抗する気力も無くなってしまったんだわ……。命が助かっても、今度は社会的に殺されることになる。人質となった時点で、彼らの人生は暗転していくのね……。」


志乃が、寂しそうにモニターを眺める。


「さぁ、では次のゲームに参りましょう。こちらの人質は……。」


人質に同情してはいられない。
Fは、次の人質達を展望台に呼び、拘束して並べる。


「ちくしょう……キリがねぇな。」

「どうにか突破口を見つけるまでは、どうしても後手に回ってしまうわ。仕方ない、後手に回っても、人質を殺されるよりは良い。」

「本当にそうか……?奴等も犯罪者だぜ?」

「それでも、命を奪って良いと言うことは絶対に無いわ。」


Fが、次の人質の犯罪についてのヒントを出していく。


「……志乃さん!」

「調査開始します!」

「僕も始めたよ!」


そして再び、志乃と悠真が情報収集を始める。


「我々は、Fの下らないゲームで犠牲者を出すわけにはいかない!徹底的にやるわよ!」


司が、メンバー達を鼓舞する。


「了解!」

「くっそー!やってやるよ!」

「りょーかい!」

「はいよ、あまり年寄りをこき使うなよな~」


特務課メンバーは、再び都内へ散っていった。


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