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第4話:命の価値

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「銃声……!?」


ラッキーマートの店内で待機しているのは、虎太郎、辰川、そして新加入のあさみ。
真っ先に銃声を聞いたのは、あさみだった。


「銃声?そんなの聞こえたか?」

「いいや……俺にも聞こえなかった。」


虎太郎と辰川には銃声は聞こえなかったようだ。


「銀行内……銃声は『たぶん』1発。音の重さからして、ハンドガンではない……。危険ね、持っているのはライフル型……。」

「おいおい、そこまでわかるのかよ……?」


あさみの冷静な分析に、辰川が舌を巻く。

「ま、部隊で散々叩き込まれたからね。それこそ寝る暇も与えられないくらいに。」


淡々と話しながら、ブラインドの隙間から銀行を見るあさみ。


「全く……女なのにすげぇな……。」

虎太郎も、同じように感心して言ったつもりだった。が……。


「あんた……」

「……え?」

「同じセリフ、次にもう一度口にしたら、マジで殺すから。」


あさみは鋭い視線で虎太郎を射貫いた。


「な……なんだよ……」

「私はね、『女だから』『女のくせに』って言われるのが一番嫌いなの。女だって鍛えればそこいらの男よりも動ける、働ける。性別が違うだけで、男よりも格下に見られるの、大っ嫌いなの。だから、私はあんたたちの誰よりも働いてみせるわ。」


女だからと言われることが、女であることで無条件で男たちの下に見られることが、あさみには許せなかったのだ。


「……おぅ、悪い。言葉の使い方、間違えたわ。」

「ワリイな嬢ちゃん、そんなつもりで言ったわけじゃないんだ、虎は。此処はひとつ、俺に免じて許しちゃくれねぇか?」


あさみの言葉に虎太郎は素直に非を認め、あさみに頭を下げる。
そして辰川も、そんな虎太郎をフォローした。


「言葉の使い方を間違ったかも知れねぇが、虎は嬢ちゃんのことを本当に尊敬して言ったんだ。それは間違いねぇ。俺が保証するぜ。この特務課にいるメンバーは、誰のことも差別しねぇし、尊敬してる。そんな仲間だからこそ、他の課には出来ねぇ仕事が出来る。俺はそう、信じてるぜ。」


優しく、あさみを諭すように言う辰川。
あさみは大きく溜息を吐くと……。


「うん。私もちょっと興奮しすぎた。ごめん。昔、女だからって酷い目に遭ったことがあったから。ちょっと神経過敏だったかも。」

「いや……こっちは気にしてねぇよ。」

「よし、これでこの話は終わりだ。良いねぇ、若いっていうのは清々しいもんだ。」


年長者の辰川が間を取り持ち、この場は丸く収まる。
そして今度は、3人並んで窓から銀行の方を注視する。


「動くなら、このタイミングのほうが良いわ……。」

「そうね……始めましょうか。」


虎太郎、辰川、そしてあさみの話を無線で聞いていた司が、ついに腹を括る。


「悠真くん、銀行のシステムにはもう入れる?」

「いつでも良いよーん。」

「志乃さんは、銀行からの全ての逃走ルートを予測して、各課に応援依頼をお願い。」

「了解しました。」


司令室にいるのは、司、悠真、志乃の3人のみ。
悠真と志乃は、情報戦のエキスパートである。


「で、どこまで乗っ取る?とりあえずシャッター開けとく?」

「そうね……シャッターを開ける、オートロックの全解除。まずはそれでいきましょう。あさみ、聞こえてる?」

「もちろん!」

「シャッターが開いたら、あなたの突入しやすいところから突入して構わないわ。でも犯人は銃を持ってる。気をつけて。」

「私を誰だと思ってるのよ?大丈夫よ!」

「それから、辰川さん……」

「俺は、煙幕とか閃光弾を用意して、上手いこと中を撹乱するよ。」

「お願いします。」


司が次々と指示を出す。
それは各員の特性を理解した、もっともベストであろう選択。
まだ結果は分からないが、成功するならこの方法しかないと言う手段を、司は慎重にチョイスする。


「虎太郎くんは……いつも通り。あなたの直感で動いてちょうだい。」

「え?またそれかよ……。」

「あなたの直感は、特務課の武器よ。」


今回も、虎太郎への指示は『直感で動け』。
彼の野性的な勘は、事件を解決する突破口になり得る武器でもあるのだ。

そして……。

「北条さん、合図はお任せします。ベストなタイミングでお願いします。」

「はいよ。りょーかい。でも、普通に合図を出すとバレちゃうからね、犯人との話の中に合言葉を入れて合図にしようと思うんだ。そうだねぇ……。」


北条は少し考え込む仕草をする。


「うん、『残念だけどそれは無理だよ』、これにしよう。」


犯人との交渉では言ってはいけない言葉のひとつでもあるが、それを合図に突入作戦が実行される。言葉としては悪くない。


「さて、じゃぁみんな、準備しておいてもらおうかな。いつ犯人から電話がかかってくるか分からないからね。」



こうして、特務課の作戦が始まろうとしていた。


「稲取くん、秋吉ちゃん、古橋くん……そういうわけだから、よろしく。」


銀行前の車輌で北条と一緒にいる3人にも、特務課の作戦を伝える。すると……。


「私は北条さんのフォローにまわります。」

「一課は逃走経路の封鎖だ。」

「SITはいつでも突入できるよう配備します。」


それぞれの課で、特務課の援護をする準備を進めることになった。


「あとは、突入のタイミング、だな……。」


虎太郎が、ラッキーマートの窓から銀行の様子を見る。


「あの、バリケードを撤去した正面玄関からの突入か?」

「いいえ、あの入口からの突入はやめたほうが良い。」


虎太郎の言葉に、あさみは首を振る。


「何で?あそこがいちばん突入しやすそうじゃないか。」

「……あれだけ解放された場所であれば、大勢の人質を逃がすのに最適。そこに突入班を入れては、混乱して人質の身も危険よ。他の場所から突入する。」

「でも……どうやって?」

「そこなのよね……。」



虎太郎とあさみが考えこむ。そこに……。


「最上階、ちょうどラッキーマート側の窓が一か所、突入できる様子です。なぜかバリケードもありません!!」


志乃が無線で銀行内の様子を告げる。


「なんで最上階……?」

「きっと、バリケードを張る工作員が少なかったのよ。だからいちばん突入の可能性の少ない最上階を捨てた……ってところかしら?」

「屋上からの突入だってあるだろ?」

「建物を良く見なさいよ。最上階って、6階よ?そこから突入すれば物音を感知してから逃げるまでの時間がある。SITだって、そこまで馬鹿な突入の仕方はしないわよ。人質のことを考えるなら、尚更ね。」

「なるほど……。」


特殊部隊で培われた知識と経験。
あさみは今どこがいちばん突入に適しているかを探っていた。


「でも……そこしかなさそうね。」


すぐに突入できる場所は2つ。
最上階の窓か、正面玄関。


「おじさん、煙幕とかすぐに作れる?」

「あ?俺か?」

「えぇ。あなた、爆発物のエキスパートなんでしょ?」

「おう……解除専門だけどな?」

「解除が出来れば、その逆も出来るでしょ。煙幕をひとつ作って欲しいの。小さめでいい。出来るだけ簡単なものを。あと、アンタ、カーテンを繋げて、出来るだけ丈夫な綱を作って欲しい。長さは……そうね、3メートルもあれば充分かしら?」


不意に、あさみが辰川と虎太郎に頼みごとをする。


「あさみ、どうするつもり?」


その会話を聞いていた司が、あさみに問う。


「なんか、このままだと犯人の思うつぼだわ。私が先行して突破口を作る。表にはSITの班長さんも待機してるんでしょ?私が合図を出したら一気に突入してもらおう。そうすればあとは、安全に人質を救出するだけだわ。」

「そんな……危険です!!」


あさみの提案に、志乃が難色を示す。


「大丈夫。日本の立てこもり事件を見てきたけど、どれも海外ほど過激じゃないわ。どの国よりも犯人がわが身可愛さに行動するのが日本。きっと海外よりも手口はおとなしいはず。そこに付け入る隙はあるはずよ。」


あさみは、自信ありげに無線で話す。


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