上 下
30 / 78
第6章  美しい風景とともに

しおりを挟む
「先生……お願いだから、さっきのことは忘れてください。ってうた!なんで私の写真を待受画像に!?」

3人並ぶと、雰囲気が明るくなる。それも、奏の人柄があってこそだが。

「えー!だってメイド服の奏ちゃん、もう見られないかもしれないじゃない!……こんなにかわいいのにー!ツインテールだよ?メイド服だよ!?」

奏の画像を本人に見せびらかすうたと、それを必死になって止める奏。
昨日、あんなに涙を流した二人とは思えない。
こう見ると、普通の女子高生なんだなと、響が笑った。

「響さんは?どうでした?奏ちゃんのメイド服姿……」

そんな響の姿を見逃すことなく、響に奏を見た感想を訊ねる、うた。

「あぁ……周囲とは空気が違ってたな……一人だけ目立っていたというか……。うたが興奮するのも、頷けるな。」

響は思ったことをそのまま、うたに伝える。
もともと不器用な響。忖度などという言葉を知らない。

「はっ……褒められてるの?それ?……って、いつの間に響さん、うた……って呼んでるのよ!?」

自分のことを褒められ、顔を真っ赤にしながらも、些細な呼び方の変化を見逃さない、奏。

「ん?朝だけど……。せっかく和解したんだし、音楽一緒にやる仲間だし、堅苦しい呼び方は無しでって、私が言ったの。」

うたは平然とした表情で、奏に答える。
そもそも、奏が気になっていた点は、そこではなかったのだが。

「私達は、先生……二宮なのにっ!」

悔しそうに床をだんだんっと踏み鳴らす。
そう、奏のことを響は『二宮』と呼んでいるのだ。
あっという間に先を越された、そんな気持ちなのである。

「じゃぁ、お前も響って呼ぶか?俺は構わないが?」

こちらも平然と奏に問う響。
海外での活動が長かった響にとって、年下に呼び捨てにされるということは不快ではないし、慣れていることでもある。

「えっ!? 響さん? あ、えっと……先生で、いいです……。でも、私のことは奏って呼んでいただけると、嬉しいです……」

普段は気の強い奏も、肝心な時にはついつい弱気になってしまう。
少しずつ弱くなっていく言葉に、うたは思わず吹き出してしまう。

「恥ずかしがってる奏ちゃん、かわいーー!新鮮!」

冷やかしともとれる、うたの言葉に、恥ずかしさもピークに達した奏は、膨れっ面でうたの両頬を掴む。

「いらい!!いらいっ!!!」

痛がるうたなどお構い無しの様子。
奏にとって、うたへのお仕置きは、この形なのだろう。

「そろそろやめておいてやれ、奏。」

そろそろ可哀想だ、と奏を止める響。
わざと、奏のことを名前で呼んでみた。

「はぁーい…………って!!今、奏って!!!」

奏も、自分の名前を唐突に呼ばれたので一気に赤面する。
まさか、こんなに早く呼ばれるとは、と思ったのだ。
その様子に、響も苦笑いを浮かべる。

「お前が呼べって言ったんだろう……」

しかし、コロコロと表情の変わる奏を見ているのは、面白いものだ。
思わず響も笑顔になった。

「うーーー!嬉しいけど、嬉しくないっ!……もういいわ。さて、次は何処へいきます? とりあえず決まるまでは私の行きたいところね!」

ずんずんと歩いていく奏の後ろ姿を見て、響とうたは顔を見合わせて笑うのだった。


のんびりと校内の展示やイベント、ショーなどを見て回る3人。

「最近の文化祭ってのは、だいぶ凝ってるものなんだな……」

当時の文化祭とは、ノリも精度も違う。
響は現在の若者たちのセンスに感心するとともに、時代とはこうも進むものなのか、と驚いた様子。

「先生……オジサンみたいですよっ!」

そんな響を見て笑う奏。

「オジサンだなんて……失礼だよ奏ちゃん……」

そう言いながらも、顔を赤くしながら笑う、うた。
本当は大笑いしたのを必死に我慢しているのだろう。

「もう……勝手に笑ってくれ。」

響は苦笑いを浮かべながらも、穏やかで楽しい時間が過ぎていく。



「私、いますごく楽しい……。いいのかな?こんなに楽しんじゃって……」

不意に、うたが呟いた。

「何か楽しんじゃいけない理由でもあるのー?」

奏は、その言葉の真意を知っていた。
知っていながらも、わざと訊ねる。
うたは、苦笑いを浮かべ、言う。

「だって……私のお父さん……」

ちらりと響の方を見ながら、重い言葉を紡ごうとする。
そう、響とうた達家族の問題は、根本的に解決したわけではないのだ。

考え込むうたを見て、響は小さな溜息を吐く。

「実際、ダメだとしたら……一緒に楽しんでる俺は、ただの馬鹿でお人好しということになるな。こんな風にお前と一緒に楽しんでるわけだし、お前の考えが全面的に正しいのであれば、俺の今の行動は奇行に他ならないだろうな。」

うたの気持ちは、響はなんとなく察していた。
自分に話すその様子が、どことなくよそよそしく、申し訳なさそうだったから。
それは、年上の異性とほぼ初対面だからだろうと最初は思っていたが、そうではないことに気付くのは、響にとっては容易であった。
響は、今回のピアノ演奏の中で、自分の心の中で、ある気持ちの整理をしていた。

このまま、人を恨み、拒絶するだけで本当にいいのか?
それを、本当にさくらは望んでいるのか?
そう、演奏の中で悩み、そして解決させた。

「故意にお前のお父さんが事故を起こしたなら、俺は絶対に許さないし、お前がやれと言ったのなら、お前も許さない。……でも、そうじゃないだろう?」

ぽんっ……とうたの肩に手を置くと、優しく微笑む響。
そう、家族に、そして娘であるうたには罪はない。
そう思う心の余裕を、自分の中で作り出したのだ。

それでもうたの表情は暗い。
加害者の家族であることに変わりはないのだから。
奏の方を見て、申し訳なさそうに微笑む。
その仕草を見て、響はもう一言付け加える。

「なーんにも考えないで遊んだらいいんじゃないか?……隣に、そういうのが得意そうな親友もいるだろう?」

奏を指差し、笑って見せる響。

「んなっ!?……先生……私のこと、馬鹿だと仰るのですね!?これでも私は学内トップクラスの学力……で……」

響が話を自分に振った真意を察し、奏は大げさに反論してみせる。

「……その方が前向きだろ。はっきり言っておくが、俺はもう、気にしていない。許す、許さないの前に、気にしていない。お前の人柄も分かったしな。」

そう、最初からこうストレートに言えばよかったのだ。
そう言えていれば、高校生の少女がいつまでも思い悩む必要などなかったのだ、と響は少しだけ反省する。

うたは、そんな今日の言葉に安堵する

「ありがとう……ございます。」

と頭を下げる。
頭を上げたときには、もう普段の笑顔に戻っていた。
うたのその笑顔を見て、安堵する奏。

「くっ……この私を、ダシに使ったな……!」

奏がわざとそう言うと、うたは奏を見て笑った。


――――――

わだかまりも解け、和やかな雰囲気の3人。
そんな3人に、遠くから女子生徒が走り寄ってきた。

「二宮さん!!そろそろ時間だから講堂に来て!」

女子生徒は、奏のクラスメイトだった。
奏のことを見つけると、響に小さく会釈をし、

「石神さん、ごめんね、二宮さん借りていくね!」

そう一言だけいい、奏が返答するよりも早く奏の腕を掴み、戻っていく。

「ちょっ……行くなんて私、一言も……!」

答える前に、ずるずると引きずられていく奏。

「万事休すか……ふたりとも!30分後に講堂で!」

響、うたと一緒に文化祭を回ることで『あること』から上手く逃げていた奏。
しかし、もう逃げきれないと悟ったのであろう。
小さくなっていく奏は、大きな声でふたりにそう告げた。
しおりを挟む

処理中です...