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第6章 美しい風景とともに
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「先生……お願いだから、さっきのことは忘れてください。ってうた!なんで私の写真を待受画像に!?」
3人並ぶと、雰囲気が明るくなる。それも、奏の人柄があってこそだが。
「えー!だってメイド服の奏ちゃん、もう見られないかもしれないじゃない!……こんなにかわいいのにー!ツインテールだよ?メイド服だよ!?」
奏の画像を本人に見せびらかすうたと、それを必死になって止める奏。
昨日、あんなに涙を流した二人とは思えない。
こう見ると、普通の女子高生なんだなと、響が笑った。
「響さんは?どうでした?奏ちゃんのメイド服姿……」
そんな響の姿を見逃すことなく、響に奏を見た感想を訊ねる、うた。
「あぁ……周囲とは空気が違ってたな……一人だけ目立っていたというか……。うたが興奮するのも、頷けるな。」
響は思ったことをそのまま、うたに伝える。
もともと不器用な響。忖度などという言葉を知らない。
「はっ……褒められてるの?それ?……って、いつの間に響さん、うた……って呼んでるのよ!?」
自分のことを褒められ、顔を真っ赤にしながらも、些細な呼び方の変化を見逃さない、奏。
「ん?朝だけど……。せっかく和解したんだし、音楽一緒にやる仲間だし、堅苦しい呼び方は無しでって、私が言ったの。」
うたは平然とした表情で、奏に答える。
そもそも、奏が気になっていた点は、そこではなかったのだが。
「私達は、先生……二宮なのにっ!」
悔しそうに床をだんだんっと踏み鳴らす。
そう、奏のことを響は『二宮』と呼んでいるのだ。
あっという間に先を越された、そんな気持ちなのである。
「じゃぁ、お前も響って呼ぶか?俺は構わないが?」
こちらも平然と奏に問う響。
海外での活動が長かった響にとって、年下に呼び捨てにされるということは不快ではないし、慣れていることでもある。
「えっ!? 響さん? あ、えっと……先生で、いいです……。でも、私のことは奏って呼んでいただけると、嬉しいです……」
普段は気の強い奏も、肝心な時にはついつい弱気になってしまう。
少しずつ弱くなっていく言葉に、うたは思わず吹き出してしまう。
「恥ずかしがってる奏ちゃん、かわいーー!新鮮!」
冷やかしともとれる、うたの言葉に、恥ずかしさもピークに達した奏は、膨れっ面でうたの両頬を掴む。
「いらい!!いらいっ!!!」
痛がるうたなどお構い無しの様子。
奏にとって、うたへのお仕置きは、この形なのだろう。
「そろそろやめておいてやれ、奏。」
そろそろ可哀想だ、と奏を止める響。
わざと、奏のことを名前で呼んでみた。
「はぁーい…………って!!今、奏って!!!」
奏も、自分の名前を唐突に呼ばれたので一気に赤面する。
まさか、こんなに早く呼ばれるとは、と思ったのだ。
その様子に、響も苦笑いを浮かべる。
「お前が呼べって言ったんだろう……」
しかし、コロコロと表情の変わる奏を見ているのは、面白いものだ。
思わず響も笑顔になった。
「うーーー!嬉しいけど、嬉しくないっ!……もういいわ。さて、次は何処へいきます? とりあえず決まるまでは私の行きたいところね!」
ずんずんと歩いていく奏の後ろ姿を見て、響とうたは顔を見合わせて笑うのだった。
のんびりと校内の展示やイベント、ショーなどを見て回る3人。
「最近の文化祭ってのは、だいぶ凝ってるものなんだな……」
当時の文化祭とは、ノリも精度も違う。
響は現在の若者たちのセンスに感心するとともに、時代とはこうも進むものなのか、と驚いた様子。
「先生……オジサンみたいですよっ!」
そんな響を見て笑う奏。
「オジサンだなんて……失礼だよ奏ちゃん……」
そう言いながらも、顔を赤くしながら笑う、うた。
本当は大笑いしたのを必死に我慢しているのだろう。
「もう……勝手に笑ってくれ。」
響は苦笑いを浮かべながらも、穏やかで楽しい時間が過ぎていく。
「私、いますごく楽しい……。いいのかな?こんなに楽しんじゃって……」
不意に、うたが呟いた。
「何か楽しんじゃいけない理由でもあるのー?」
奏は、その言葉の真意を知っていた。
知っていながらも、わざと訊ねる。
うたは、苦笑いを浮かべ、言う。
「だって……私のお父さん……」
ちらりと響の方を見ながら、重い言葉を紡ごうとする。
そう、響とうた達家族の問題は、根本的に解決したわけではないのだ。
考え込むうたを見て、響は小さな溜息を吐く。
「実際、ダメだとしたら……一緒に楽しんでる俺は、ただの馬鹿でお人好しということになるな。こんな風にお前と一緒に楽しんでるわけだし、お前の考えが全面的に正しいのであれば、俺の今の行動は奇行に他ならないだろうな。」
うたの気持ちは、響はなんとなく察していた。
自分に話すその様子が、どことなくよそよそしく、申し訳なさそうだったから。
それは、年上の異性とほぼ初対面だからだろうと最初は思っていたが、そうではないことに気付くのは、響にとっては容易であった。
響は、今回のピアノ演奏の中で、自分の心の中で、ある気持ちの整理をしていた。
このまま、人を恨み、拒絶するだけで本当にいいのか?
それを、本当にさくらは望んでいるのか?
そう、演奏の中で悩み、そして解決させた。
「故意にお前のお父さんが事故を起こしたなら、俺は絶対に許さないし、お前がやれと言ったのなら、お前も許さない。……でも、そうじゃないだろう?」
ぽんっ……とうたの肩に手を置くと、優しく微笑む響。
そう、家族に、そして娘であるうたには罪はない。
そう思う心の余裕を、自分の中で作り出したのだ。
それでもうたの表情は暗い。
加害者の家族であることに変わりはないのだから。
奏の方を見て、申し訳なさそうに微笑む。
その仕草を見て、響はもう一言付け加える。
「なーんにも考えないで遊んだらいいんじゃないか?……隣に、そういうのが得意そうな親友もいるだろう?」
奏を指差し、笑って見せる響。
「んなっ!?……先生……私のこと、馬鹿だと仰るのですね!?これでも私は学内トップクラスの学力……で……」
響が話を自分に振った真意を察し、奏は大げさに反論してみせる。
「……その方が前向きだろ。はっきり言っておくが、俺はもう、気にしていない。許す、許さないの前に、気にしていない。お前の人柄も分かったしな。」
そう、最初からこうストレートに言えばよかったのだ。
そう言えていれば、高校生の少女がいつまでも思い悩む必要などなかったのだ、と響は少しだけ反省する。
うたは、そんな今日の言葉に安堵する
「ありがとう……ございます。」
と頭を下げる。
頭を上げたときには、もう普段の笑顔に戻っていた。
うたのその笑顔を見て、安堵する奏。
「くっ……この私を、ダシに使ったな……!」
奏がわざとそう言うと、うたは奏を見て笑った。
――――――
わだかまりも解け、和やかな雰囲気の3人。
そんな3人に、遠くから女子生徒が走り寄ってきた。
「二宮さん!!そろそろ時間だから講堂に来て!」
女子生徒は、奏のクラスメイトだった。
奏のことを見つけると、響に小さく会釈をし、
「石神さん、ごめんね、二宮さん借りていくね!」
そう一言だけいい、奏が返答するよりも早く奏の腕を掴み、戻っていく。
「ちょっ……行くなんて私、一言も……!」
答える前に、ずるずると引きずられていく奏。
「万事休すか……ふたりとも!30分後に講堂で!」
響、うたと一緒に文化祭を回ることで『あること』から上手く逃げていた奏。
しかし、もう逃げきれないと悟ったのであろう。
小さくなっていく奏は、大きな声でふたりにそう告げた。
3人並ぶと、雰囲気が明るくなる。それも、奏の人柄があってこそだが。
「えー!だってメイド服の奏ちゃん、もう見られないかもしれないじゃない!……こんなにかわいいのにー!ツインテールだよ?メイド服だよ!?」
奏の画像を本人に見せびらかすうたと、それを必死になって止める奏。
昨日、あんなに涙を流した二人とは思えない。
こう見ると、普通の女子高生なんだなと、響が笑った。
「響さんは?どうでした?奏ちゃんのメイド服姿……」
そんな響の姿を見逃すことなく、響に奏を見た感想を訊ねる、うた。
「あぁ……周囲とは空気が違ってたな……一人だけ目立っていたというか……。うたが興奮するのも、頷けるな。」
響は思ったことをそのまま、うたに伝える。
もともと不器用な響。忖度などという言葉を知らない。
「はっ……褒められてるの?それ?……って、いつの間に響さん、うた……って呼んでるのよ!?」
自分のことを褒められ、顔を真っ赤にしながらも、些細な呼び方の変化を見逃さない、奏。
「ん?朝だけど……。せっかく和解したんだし、音楽一緒にやる仲間だし、堅苦しい呼び方は無しでって、私が言ったの。」
うたは平然とした表情で、奏に答える。
そもそも、奏が気になっていた点は、そこではなかったのだが。
「私達は、先生……二宮なのにっ!」
悔しそうに床をだんだんっと踏み鳴らす。
そう、奏のことを響は『二宮』と呼んでいるのだ。
あっという間に先を越された、そんな気持ちなのである。
「じゃぁ、お前も響って呼ぶか?俺は構わないが?」
こちらも平然と奏に問う響。
海外での活動が長かった響にとって、年下に呼び捨てにされるということは不快ではないし、慣れていることでもある。
「えっ!? 響さん? あ、えっと……先生で、いいです……。でも、私のことは奏って呼んでいただけると、嬉しいです……」
普段は気の強い奏も、肝心な時にはついつい弱気になってしまう。
少しずつ弱くなっていく言葉に、うたは思わず吹き出してしまう。
「恥ずかしがってる奏ちゃん、かわいーー!新鮮!」
冷やかしともとれる、うたの言葉に、恥ずかしさもピークに達した奏は、膨れっ面でうたの両頬を掴む。
「いらい!!いらいっ!!!」
痛がるうたなどお構い無しの様子。
奏にとって、うたへのお仕置きは、この形なのだろう。
「そろそろやめておいてやれ、奏。」
そろそろ可哀想だ、と奏を止める響。
わざと、奏のことを名前で呼んでみた。
「はぁーい…………って!!今、奏って!!!」
奏も、自分の名前を唐突に呼ばれたので一気に赤面する。
まさか、こんなに早く呼ばれるとは、と思ったのだ。
その様子に、響も苦笑いを浮かべる。
「お前が呼べって言ったんだろう……」
しかし、コロコロと表情の変わる奏を見ているのは、面白いものだ。
思わず響も笑顔になった。
「うーーー!嬉しいけど、嬉しくないっ!……もういいわ。さて、次は何処へいきます? とりあえず決まるまでは私の行きたいところね!」
ずんずんと歩いていく奏の後ろ姿を見て、響とうたは顔を見合わせて笑うのだった。
のんびりと校内の展示やイベント、ショーなどを見て回る3人。
「最近の文化祭ってのは、だいぶ凝ってるものなんだな……」
当時の文化祭とは、ノリも精度も違う。
響は現在の若者たちのセンスに感心するとともに、時代とはこうも進むものなのか、と驚いた様子。
「先生……オジサンみたいですよっ!」
そんな響を見て笑う奏。
「オジサンだなんて……失礼だよ奏ちゃん……」
そう言いながらも、顔を赤くしながら笑う、うた。
本当は大笑いしたのを必死に我慢しているのだろう。
「もう……勝手に笑ってくれ。」
響は苦笑いを浮かべながらも、穏やかで楽しい時間が過ぎていく。
「私、いますごく楽しい……。いいのかな?こんなに楽しんじゃって……」
不意に、うたが呟いた。
「何か楽しんじゃいけない理由でもあるのー?」
奏は、その言葉の真意を知っていた。
知っていながらも、わざと訊ねる。
うたは、苦笑いを浮かべ、言う。
「だって……私のお父さん……」
ちらりと響の方を見ながら、重い言葉を紡ごうとする。
そう、響とうた達家族の問題は、根本的に解決したわけではないのだ。
考え込むうたを見て、響は小さな溜息を吐く。
「実際、ダメだとしたら……一緒に楽しんでる俺は、ただの馬鹿でお人好しということになるな。こんな風にお前と一緒に楽しんでるわけだし、お前の考えが全面的に正しいのであれば、俺の今の行動は奇行に他ならないだろうな。」
うたの気持ちは、響はなんとなく察していた。
自分に話すその様子が、どことなくよそよそしく、申し訳なさそうだったから。
それは、年上の異性とほぼ初対面だからだろうと最初は思っていたが、そうではないことに気付くのは、響にとっては容易であった。
響は、今回のピアノ演奏の中で、自分の心の中で、ある気持ちの整理をしていた。
このまま、人を恨み、拒絶するだけで本当にいいのか?
それを、本当にさくらは望んでいるのか?
そう、演奏の中で悩み、そして解決させた。
「故意にお前のお父さんが事故を起こしたなら、俺は絶対に許さないし、お前がやれと言ったのなら、お前も許さない。……でも、そうじゃないだろう?」
ぽんっ……とうたの肩に手を置くと、優しく微笑む響。
そう、家族に、そして娘であるうたには罪はない。
そう思う心の余裕を、自分の中で作り出したのだ。
それでもうたの表情は暗い。
加害者の家族であることに変わりはないのだから。
奏の方を見て、申し訳なさそうに微笑む。
その仕草を見て、響はもう一言付け加える。
「なーんにも考えないで遊んだらいいんじゃないか?……隣に、そういうのが得意そうな親友もいるだろう?」
奏を指差し、笑って見せる響。
「んなっ!?……先生……私のこと、馬鹿だと仰るのですね!?これでも私は学内トップクラスの学力……で……」
響が話を自分に振った真意を察し、奏は大げさに反論してみせる。
「……その方が前向きだろ。はっきり言っておくが、俺はもう、気にしていない。許す、許さないの前に、気にしていない。お前の人柄も分かったしな。」
そう、最初からこうストレートに言えばよかったのだ。
そう言えていれば、高校生の少女がいつまでも思い悩む必要などなかったのだ、と響は少しだけ反省する。
うたは、そんな今日の言葉に安堵する
「ありがとう……ございます。」
と頭を下げる。
頭を上げたときには、もう普段の笑顔に戻っていた。
うたのその笑顔を見て、安堵する奏。
「くっ……この私を、ダシに使ったな……!」
奏がわざとそう言うと、うたは奏を見て笑った。
――――――
わだかまりも解け、和やかな雰囲気の3人。
そんな3人に、遠くから女子生徒が走り寄ってきた。
「二宮さん!!そろそろ時間だから講堂に来て!」
女子生徒は、奏のクラスメイトだった。
奏のことを見つけると、響に小さく会釈をし、
「石神さん、ごめんね、二宮さん借りていくね!」
そう一言だけいい、奏が返答するよりも早く奏の腕を掴み、戻っていく。
「ちょっ……行くなんて私、一言も……!」
答える前に、ずるずると引きずられていく奏。
「万事休すか……ふたりとも!30分後に講堂で!」
響、うたと一緒に文化祭を回ることで『あること』から上手く逃げていた奏。
しかし、もう逃げきれないと悟ったのであろう。
小さくなっていく奏は、大きな声でふたりにそう告げた。
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