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第13章:決起
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「今、帰ったぞ。」
ちょうどその時だった。
ロラン島へ向かっていたグスタフが、無事帰還した。
「おぉ、帰ったか。いろいろご苦労だった。……それで、ロラン島はどうだった?」
ロラン島の長がブリギットだと知った国王は、結果をある程度予想していた。
もちろん、それはヨハネも同じ。
「……すまない。交渉は失敗に終わってしまった。ロラン島は、中立を貫くそうだ。」
グスタフは、国王の問いに対し、申し訳なさそうにそう答えた。
「……やはりな。」
「……じゃろうな。」
しかし、国王もヨハネもグスタフを責めることはしなかった。
それどころか、既に予想していたと言わんばかりに呟く。
「……やはりって、何だよ……?」
あまりにも冷静に事態を受け容れた2人の英雄。
その様子を不思議に思ったゼロが訊ねる。
「あやつは、猟師なのじゃ。」
「あぁ、それは聞いた。でもすげぇんだろ?弓の腕。」
「あぁ、それは間違いない。」
「じゃぁ何で……?」
ヨハネの答えがいまいち理解できないゼロ。
自分もエルシードで暮らしていた時は猟にも出た。
しかし、それと今回の同盟拒否の繋がりが、いまいち分からなかったのだ。
「ロラン島の民は、猟を『獲物との1対1の戦い』と思っているんだ。つまり、信じるものは自分の腕のみ。集まって仲間と共に戦うという気質を持っていないのだ。民同士の結束は強いが、それと戦いはまた別。難しい島民なのだよ。」
国王が、出来るだけわかりやすく説明しようとするが、ゼロはますます混乱する。
「狩りは1対1なのに、島民同士の結束は強い。でも、国同士の協力はしない……。分からねぇな……。」
悩むゼロに、グスタフが言う。
「私もそれは解せなかったのだが……。要は『家族のことは家族で守る』という意識らしい。他の国の力を借りずとも、自分の島は自分で守る。だから、他の国に力を借りることはしないし、力を貸すような余裕もない。」
つまり、ロラン島民は排他的な島民の気質、というわけだ。
「……相手は相当ヤベェ奴らだぜ?そんなこと言ってる場合じゃねぇだろう……。」
グスタフの言葉に、呆れるゼロ。
グスタフ自身も、そう思っていた。
「しかし、だからと言ってそうですかと終わらせるわけにはいかない。ロラン島が危機に見舞われたら、ローランド王国としては全力で応援に行く所存だ。父上、そうだろう?」
それは、一国の王子として、他国の平和を守る手助けもしたいという気持ちの表れ。
「あぁ。もちろんだ。」
そして、それはローランド国王も同じ気持ちだった。
「しかしよぉ……これからどうするんだ?ノースグランドも、エリシャも帝国も落ちてる。今はローランド、エルシード、アズマ、ロラン島の4国しか無事な国がないんだ。一致団結しねぇと、アガレス軍に次々と落とされていくのが目に見えるぜ?」
ゼロが、思っていることを口にした。
既に、3国がアガレス軍の手に落ちた。
そのうちの1国は、大陸を統べていた皇帝・ジークハルトの治めていた帝国なのだ。
「確かに……。このままではロラン島が狙われかねないな……。」
ガーネットが、不安げな表情を見せる。
尊敬してやまない、ブリギットがいるロラン島がアガレス軍の手に落ちるなど、決して許すことは出来ない。
「それに関しては、考えがある。」
「妾とローランドで、その点は話しておいた。」
重い空気を振り払ったのは、英雄・ローランドとヨハネのふたりだった。
「シエラ、こちらへ。」
「え?……はい。」
ヨハネに呼ばれて、シエラが玉座の近くに歩いてくる。
「国はこのままでよい。要は『国ごとに戦う』という概念を捨て去ればいいんだ。だから、これからは新しい勢力を作ろうと思う。」
「うむ。そしてその勢力を、アガレスの影に怯え隠れている小さな勢力にも発信する。そして発起を促すのじゃ。小さな勢力でも、集まれば大きくなる。それを大陸に発信するのじゃ。」
ふたりの提案に、ゼロとグスタフ、そしてガーネットが驚きの表情を見せる。
「でもさ、それでどうしてシエラさんが出てくるの?」
ワカバがふと、何故そこでシエラが呼ばれたのか疑問に思う。
「そう、それが重要なのだ。」
「新勢力の旗印に、シエラを立てる。」
「……なんだって!?」
ローランド国王の言葉に、ゼロが驚く。
「シエラは、かつて大陸を統べていた皇帝ジークハルトのひとり娘じゃ。これ以上の適任はいない。アガレス軍に勝つだけではなく、帝国を奪還する。その決意を全大陸に発信するのじゃ。その呼びかけで発起した勢力を、ここローランド王国で積極的に受け入れる。もちろん、同盟国に近い勢力は、同盟国で受け入れる。」
「そりゃぁ……壮大な計画だな……。」
それは、全大陸を巻き込んだ戦い。
アガレス軍と、その他勢力に分かれて大陸の覇権を争おうというのだ。
「悪は間違いなくアガレス軍にある。何の罪もない国を滅ぼし、多くの人を屠ってきた。その悪を討つ。それが我々大陸の民の責務なのじゃ。その旗印に、最大の亡国の皇女を立てようというのじゃ。」
それは、ローランドとヨハネが考えた、最善の策だった。
「シエラよ……、この大役をそなたに任せたい。もちろん危険も伴うじゃろう。そなたを狙う刺客も増えるじゃろうし、戦場では真っ先に命を狙われる存在になる。危険は、必ず増える。」
ヨハネは、シエラの意見を聞く前に、シエラが旗印となった時のリスクを、隠すことなくシエラに告げた。
それでもし、シエラの気持ちの整理がつかずに断られても、それはそれで仕方ないと思ったのだ。
断られたら、また新しい旗印を当てればいい。そう思っていた。
シエラほどの影響力はなくなるかもしれないが、この軍にはローランド王子であるグスタフと、アズマの姫ワカバ、そしてエルシード国王となったエルザもいるのだ。
「……今の私に、そこまでの影響力があるとは思えません。」
「そうか……。それなら仕方……」
「……でも、私は帝国を取り戻したい、アガレスのために苦しんでいる人達を解放したい。その想いだけは確かです。命の危険なんて、きっと父の娘として生まれてきた時点であるんでしょう。今更、怯えてなんていられません。」
凛とした表情で、シエラは言う。
そんなシエラの姿を、ゼロは見ていた。
(バカヤロウ……そんなこと言って、震えてるじゃねぇか……。)
しっかりとした言葉。
凛とした表情。
しかし、その手は小刻みに震えていた。
シエラは、その震えが他の人に気付かれないように、手を組んで必死に力を入れていたのだ。
「そうか……。ならば、妾も……。」
そう言いかけた、その時だった。
ゼロが、シエラとヨハネの間に割って入った。
「シエラひとりに背負わせることなんてないさ。この軍は、シエラの私兵じゃねぇんだ。みんなでシエラを守ればいいさ。旗印にするなら、それを全力で守るのも、将の役目ってもんだろ?」
同じくらいの年齢の、それも女ひとりでアガレス軍に抗する勢力の旗印に据えられる。
その重圧を、ゼロは慮った。
「まぁ……まだあの4将たちに勝てるほどの実力があるかどうかは分からねえけど……シエラ、俺はお前の剣となり、盾となるよ。それは誓おう。」
ゼロはそう言って、シエラに手を差し伸べる。
その言葉が、不安で押し潰されそうだったシエラには嬉しくて……。
シエラは、差し伸べられたゼロの手をすり抜け、その胸に飛び込んだ。
「お……おいおい!!みんな見てるしマズイって!!」
突然のシエラの行動に驚き狼狽えるゼロ。
しかし、シエラは離れなかった。
「ありがとう……。本当に、ありがとう……。」
旗印になったら、孤独になるかもしれない。
シエラはそう感じていた。
しかし、そうではなかった。
自分の側には、こんなにも頼もしい将たちがいたのだから。
「戦力としては、もはやアガレス軍に抗するだけの力は手に入った。妾、ローランド、グスタフ、ゼロ、ワカバ、ガーネット。それにエルザとアズマ両国王もいる。これだけの将が居れば、それぞれに軍を編成することが出来る。あとは、決断だけじゃ。」
ヨハネがその場にいる将たちに言う。
シエラも、ヨハネの言葉に頷く。
「ヨハネ様、私はもう大丈夫。決断なら……出来ました。」
隣にいるゼロを見て、シエラは笑みを浮かべた。
ひとりでは何もできないかもしれない。
しかし、自分の周りには頼れる将たちがいる。
それだけで、大きなことでも成し遂げられそうな気がしたのだ。
「よし。ではさっそく、アガレス軍に宣戦布告してやろうではないか。そなたの宣言を機に、新たな兵や将が得られるかもしれぬ。」
ヨハネがそう言うと、ローランドは玉座を立ち、シエラを呼ぶ。
「此処に。これからはお主が筆頭だ。私は……いや、ヨハネもお主の下で力を尽くそう。」
英雄であり、王であるローランドが自らの立場をシエラにゆだねる。
それがどれほど大きなことなのか、シエラは分かっていた。
「おじ様……私……。」
『本当に、出来るでしょうか?』
そう言いかけて、シエラは小さく首を振った。
出来るか出来ないかではない。
やらねば、ならぬのだ。
「ゼロ……」
シエラは、ゼロを呼ぶ。
「ん?どうした?」
「隣に、来てくれませんか?ずっと一緒に戦ってきたあなたが居れば、心強いです……。」
心細さも、ゼロが隣にいることで和らぐような気がした。
これまで、幾度となく折れそうになったシエラの心を、ゼロは繋ぎとめてくれたから。
「俺?……いるだけで良いのか?」
「いるだけでいいんだよ。それがいちばん、シエラさんには大切なんだから、さ!もう、鈍いなぁ……。」
シエラの気持ちに気付かないゼロの背を、ワカバは思い切り叩く。
その勢いで、ゼロは前のめりになりシエラの隣に躍り出る。
「……ったく、いてぇな……。ま、俺の存在感が少しでも力になるなら、隣にでも立っててやるか。」
そしてゼロは、シエラの隣に立つ。
「……ありがとう。」
不思議なもので、ゼロが横に立った時点で、小刻みに震えていた手の震えが、完全に止まった。
「それでは……始めるとしようかの。」
準備が整ったところで、ヨハネがシエラの前に立った。
「どうするんだ?」
「うむ。妾の魔力を使って、ここの映像を世界中に映し出す。生きる者の脳内に直接ここのイメージを送るのじゃ。」
ヨハネは、そう言うと笑った。
「では、始めるぞ。」
ヨハネが精神を集中させる。
同時に、玉座の間に集まっている将たち、近衛兵たちが静まり返る。
「これから……本当に俺たちの戦いが始まるんだな……。」
固唾を飲んで、ヨハネの様子を見守るゼロ。
アガレス軍には、何度も煮え湯を飲まされてきた。
故郷であるエリシャを落とされ、ジェイコフには裏切られ、ガーランドを倒しきることもできず、リヒトには完膚なきまでに叩きのめされた。
死の狭間もさまよった。
そんな、強大な相手を前に、堂々と宣戦布告をすると言うことがどう言うことなのか。
(正直……怖い。それは否定しねぇ。でもな……)
ヨハネが詠唱を続ける。
(でもな、怖かろうがやらなきゃ始まらねぇ。どんなにボロボロになろうが、勝たなければ平和もないし、自由もない。俺たち人間は奴隷のように虐げられ、扱われて人生を終える。そんなの……許せる別けねぇだろ。)
ヨハネが最後の詠唱を終える。
全大陸の、命ある者に映像を投影する、そんな大魔法はおそらくこの世のどこを探してもヨハネくらいしかいないだろう。
「シエラよ、準備は良いか?……繋がるぞ!」
詠唱が終わると、ヨハネがその両手をシエラに向ける。
それと同時にシエラの身体が、そして玉座の間にいる者達の身体も淡く光りだす。
「よし、これでこの場にいる全ての者の映像が、世界中の命あるものの脳内に流れるであろう。さぁ……シエラよ。」
シエラは、大きく深呼吸をする。
この演説次第で、アガレス軍に敵意を抱く大陸のかくれた勢力が仲間になってくれるかもしれない。
逆に、勝ち目がないとわかれば、仲間になるどころか投降してしまうかもしれない。
(私……次第で……。)
その重圧が、シエラの両肩に重くのし掛かる。
「私は……」
シエラが、言葉を探す。
しかし、なかなか紡ぎ出されない、言葉。
そんなときだった。
「これ……もう聞こえてるんだよな?」
ゼロがおもむろに口を開いた。
「……ゼロ?」
シエラが驚き、ゼロの方を見る。
「俺は……いや、俺たちはこれから、大陸の命運を賭ける戦いをしようとしてる。世界を手中におさめようとしているアガレス軍、俺たちは奴らに抗う勢力として、これから決起することにした!ローランド、エルシード、アズマの3国同盟は、締結された。あとは、全力でアガレス軍と戦うだけだ!!」
ヨハネの方を向き、ゼロは力強く話す。
「そんな俺たちの事を、みんなに紹介しておこうと思う!俺はゼロ。この軍の主であるシエラの剣であり、この軍の先鋒を切る男だ!!」
ゼロは、魔剣を抜くとヨハネに剣を向けた。
「ふっ……面白い。」
ゼロの様子を見ていた一同。
その意図に次に気づいたのは、グスタフだった。
ゼロに目配せをすると、ゼロも笑って頷く。
「私は、ローランド国の王子、グスタフ。我がローランド王国も、この戦いに協力することにした。そして、私はこの軍においてはひとりの将。ゼロがシエラ殿の剣となるならば、私は盾となり守ろう。この大陸の希望を!」
グスタフの宣言に、ローランド近衛兵たちが沸く。
「ゼロ……グスタフ様……。」
全く言葉がでなかった自分のために、次々と自分なりの宣誓をしていくふたりに、シエラは胸を打たれた。
「王子がそこまで仰るなら……次は私の番、ですね。」
次は、ガーネット。
「ローランド弓騎士団長・ガーネット。私はこの軍の将でも末席に位置する者。しかしながら忠誠心なら他の誰にも負けないと言う自負があります。私の矢が、敵の驚異を撃ち落とし、安心を手繰り寄せる一矢となることを願います。」
ガーネットは、丁寧に自分の思いを口にした。
「私は、東方アズマ国の名代・ワカバ!父アズマも、この軍との同盟を承諾したわ!私は名代として、そしてこの軍の将としてシエラさんの力になるつもりよ!」
そして、ワカバと続く。
「妾も、この戦いを見届けよう。そして隣にいるローランド国王も。我々はかつての七英雄として、アガレスをもう一度封印しようと思っておる。」
かつての英雄・ヨハネとローランドがさらに続くと、
「この戦い、勝てるんじゃないか?」
「あぁ……これだけの将を要する軍なんて、この先見ることはないだろうよ。」
周囲の平達も、にわかに活気づいてくる。
そして、再びゼロが口を開く。
「大陸各地で、アガレスの力に心折れそうになっている皆!どうか俺たちに力を貸してくれねぇか?ひとつひとつの力は小さくても、俺たちは集まることで大きな力になれる!こうやって、手を繋ぐことで、大きな力になれるんだ!」
ゼロにも、もちろんこの戦いに思うところがあった。
アガレスさえいなければ、復活を望む軍勢に故郷を滅ぼされることもなかったし、姉を殺されることもなかった。
「さぁ……話しやすくなっただろ?」
しかし、今は自分の思いだけをただぶつけるだけではいけない。
この戦いは、自分の私怨だけで片付く戦いではもはや無くなっている。
大陸全土の命運をかけた、『聖戦』であるのだ。
故に、ゼロはこの先の言葉をシエラに委ねた。
聖戦を勝つには、絶対的な『光』が必要。
そしてそれは、シエラに他ならないのだ。
「………はい。」
シエラは、意を決して口を開く。
「皆さん、私は………帝国皇女、シエラと申します。この度、私はこの連合国軍の長として、皆さんと戦うことになりました。」
先ほどまでの弱気なシエラは、もうそこにはいなかった。
周りには、有能な将がたくさんいるから。
そして、その将たちは皆、シエラのことを支えようとしてくれているから。
「連合国軍には、素晴らしい将達がたくさんいます。そんな将たちのもとで、軍は大陸の平和のために戦います。きっとアガレス軍を倒し、大陸に新しい平和をもたらすと約束します!」
シエラの宣言に、玉座の間の兵たちが沸く。
しかし、シエラはさらに口を開く。
「父が倒れ、私は国を追われました。戦争が始まり、私と同じような境遇の人たちが増えていった。私は……終わらせたいのです。家族と離ればなれになり、悲しい思いをする人たちが、少しでも減るように……」
シエラは、セロに視線を向ける。
ゼロもまた、故郷を追われ、姉を殺された悲しい運命をたどることになったひとり。
そんな人達の希望になれれば、シエラはそう思ったのだ。
「もう、こんな悲しい時代は終わりにしましょう。アガレス軍を倒したら、私は全世界と足並みを揃え、平和条約を結ぼうと思っています。その条約の対象となる国のなかに……」
それは、シエラが戦い続ける、もうひとつの理由。
「その中に、いつか取り戻した、我が帝国の名もあればいい……そう思います。」
その言葉で、シエラは演説を終えた。
「うむ……良い演説じゃった。」
ヨハネが、魔法を解きシエラに労いの言葉をかける。
それと同時に、玉座の間の中ではシエラに対しての惜しみ無い拍手が送られた。
「ありがとう……ございます。」
シエラは玉座の間にいる全ての人に深々と頭を下げる。そして……。
「ありきたりな、別段面白味もない演説ではありましたが、それがいまの私の隠すことの無い本心です。どうか……こんな私に、力を貸してはいただけませんか?大変な戦いになることは分かっています。それでも……どうか、お願いします。」
その場にいる全員に、改めて協力を求めた。
そのときだった。
「シエラ様……ばんざい」
玉座の間のどこからか、ひとりの兵士が呟くように言った。
「シエラ様万歳!!連合国軍、万歳!!!」
そんな呟きは、いつしかひとり、またひとりに伝わっていき、いつしか大きな歓声へと変わった。
「シエラ様万歳!!連合国軍、万歳!!!」
驚きの表情を見せるシエラ。
「これが、お前の力だよ。みーーんな、同じ気持ちだ。」
そんなシエラに、隣にいるゼロが優しくそう言った。
ちょうどその時だった。
ロラン島へ向かっていたグスタフが、無事帰還した。
「おぉ、帰ったか。いろいろご苦労だった。……それで、ロラン島はどうだった?」
ロラン島の長がブリギットだと知った国王は、結果をある程度予想していた。
もちろん、それはヨハネも同じ。
「……すまない。交渉は失敗に終わってしまった。ロラン島は、中立を貫くそうだ。」
グスタフは、国王の問いに対し、申し訳なさそうにそう答えた。
「……やはりな。」
「……じゃろうな。」
しかし、国王もヨハネもグスタフを責めることはしなかった。
それどころか、既に予想していたと言わんばかりに呟く。
「……やはりって、何だよ……?」
あまりにも冷静に事態を受け容れた2人の英雄。
その様子を不思議に思ったゼロが訊ねる。
「あやつは、猟師なのじゃ。」
「あぁ、それは聞いた。でもすげぇんだろ?弓の腕。」
「あぁ、それは間違いない。」
「じゃぁ何で……?」
ヨハネの答えがいまいち理解できないゼロ。
自分もエルシードで暮らしていた時は猟にも出た。
しかし、それと今回の同盟拒否の繋がりが、いまいち分からなかったのだ。
「ロラン島の民は、猟を『獲物との1対1の戦い』と思っているんだ。つまり、信じるものは自分の腕のみ。集まって仲間と共に戦うという気質を持っていないのだ。民同士の結束は強いが、それと戦いはまた別。難しい島民なのだよ。」
国王が、出来るだけわかりやすく説明しようとするが、ゼロはますます混乱する。
「狩りは1対1なのに、島民同士の結束は強い。でも、国同士の協力はしない……。分からねぇな……。」
悩むゼロに、グスタフが言う。
「私もそれは解せなかったのだが……。要は『家族のことは家族で守る』という意識らしい。他の国の力を借りずとも、自分の島は自分で守る。だから、他の国に力を借りることはしないし、力を貸すような余裕もない。」
つまり、ロラン島民は排他的な島民の気質、というわけだ。
「……相手は相当ヤベェ奴らだぜ?そんなこと言ってる場合じゃねぇだろう……。」
グスタフの言葉に、呆れるゼロ。
グスタフ自身も、そう思っていた。
「しかし、だからと言ってそうですかと終わらせるわけにはいかない。ロラン島が危機に見舞われたら、ローランド王国としては全力で応援に行く所存だ。父上、そうだろう?」
それは、一国の王子として、他国の平和を守る手助けもしたいという気持ちの表れ。
「あぁ。もちろんだ。」
そして、それはローランド国王も同じ気持ちだった。
「しかしよぉ……これからどうするんだ?ノースグランドも、エリシャも帝国も落ちてる。今はローランド、エルシード、アズマ、ロラン島の4国しか無事な国がないんだ。一致団結しねぇと、アガレス軍に次々と落とされていくのが目に見えるぜ?」
ゼロが、思っていることを口にした。
既に、3国がアガレス軍の手に落ちた。
そのうちの1国は、大陸を統べていた皇帝・ジークハルトの治めていた帝国なのだ。
「確かに……。このままではロラン島が狙われかねないな……。」
ガーネットが、不安げな表情を見せる。
尊敬してやまない、ブリギットがいるロラン島がアガレス軍の手に落ちるなど、決して許すことは出来ない。
「それに関しては、考えがある。」
「妾とローランドで、その点は話しておいた。」
重い空気を振り払ったのは、英雄・ローランドとヨハネのふたりだった。
「シエラ、こちらへ。」
「え?……はい。」
ヨハネに呼ばれて、シエラが玉座の近くに歩いてくる。
「国はこのままでよい。要は『国ごとに戦う』という概念を捨て去ればいいんだ。だから、これからは新しい勢力を作ろうと思う。」
「うむ。そしてその勢力を、アガレスの影に怯え隠れている小さな勢力にも発信する。そして発起を促すのじゃ。小さな勢力でも、集まれば大きくなる。それを大陸に発信するのじゃ。」
ふたりの提案に、ゼロとグスタフ、そしてガーネットが驚きの表情を見せる。
「でもさ、それでどうしてシエラさんが出てくるの?」
ワカバがふと、何故そこでシエラが呼ばれたのか疑問に思う。
「そう、それが重要なのだ。」
「新勢力の旗印に、シエラを立てる。」
「……なんだって!?」
ローランド国王の言葉に、ゼロが驚く。
「シエラは、かつて大陸を統べていた皇帝ジークハルトのひとり娘じゃ。これ以上の適任はいない。アガレス軍に勝つだけではなく、帝国を奪還する。その決意を全大陸に発信するのじゃ。その呼びかけで発起した勢力を、ここローランド王国で積極的に受け入れる。もちろん、同盟国に近い勢力は、同盟国で受け入れる。」
「そりゃぁ……壮大な計画だな……。」
それは、全大陸を巻き込んだ戦い。
アガレス軍と、その他勢力に分かれて大陸の覇権を争おうというのだ。
「悪は間違いなくアガレス軍にある。何の罪もない国を滅ぼし、多くの人を屠ってきた。その悪を討つ。それが我々大陸の民の責務なのじゃ。その旗印に、最大の亡国の皇女を立てようというのじゃ。」
それは、ローランドとヨハネが考えた、最善の策だった。
「シエラよ……、この大役をそなたに任せたい。もちろん危険も伴うじゃろう。そなたを狙う刺客も増えるじゃろうし、戦場では真っ先に命を狙われる存在になる。危険は、必ず増える。」
ヨハネは、シエラの意見を聞く前に、シエラが旗印となった時のリスクを、隠すことなくシエラに告げた。
それでもし、シエラの気持ちの整理がつかずに断られても、それはそれで仕方ないと思ったのだ。
断られたら、また新しい旗印を当てればいい。そう思っていた。
シエラほどの影響力はなくなるかもしれないが、この軍にはローランド王子であるグスタフと、アズマの姫ワカバ、そしてエルシード国王となったエルザもいるのだ。
「……今の私に、そこまでの影響力があるとは思えません。」
「そうか……。それなら仕方……」
「……でも、私は帝国を取り戻したい、アガレスのために苦しんでいる人達を解放したい。その想いだけは確かです。命の危険なんて、きっと父の娘として生まれてきた時点であるんでしょう。今更、怯えてなんていられません。」
凛とした表情で、シエラは言う。
そんなシエラの姿を、ゼロは見ていた。
(バカヤロウ……そんなこと言って、震えてるじゃねぇか……。)
しっかりとした言葉。
凛とした表情。
しかし、その手は小刻みに震えていた。
シエラは、その震えが他の人に気付かれないように、手を組んで必死に力を入れていたのだ。
「そうか……。ならば、妾も……。」
そう言いかけた、その時だった。
ゼロが、シエラとヨハネの間に割って入った。
「シエラひとりに背負わせることなんてないさ。この軍は、シエラの私兵じゃねぇんだ。みんなでシエラを守ればいいさ。旗印にするなら、それを全力で守るのも、将の役目ってもんだろ?」
同じくらいの年齢の、それも女ひとりでアガレス軍に抗する勢力の旗印に据えられる。
その重圧を、ゼロは慮った。
「まぁ……まだあの4将たちに勝てるほどの実力があるかどうかは分からねえけど……シエラ、俺はお前の剣となり、盾となるよ。それは誓おう。」
ゼロはそう言って、シエラに手を差し伸べる。
その言葉が、不安で押し潰されそうだったシエラには嬉しくて……。
シエラは、差し伸べられたゼロの手をすり抜け、その胸に飛び込んだ。
「お……おいおい!!みんな見てるしマズイって!!」
突然のシエラの行動に驚き狼狽えるゼロ。
しかし、シエラは離れなかった。
「ありがとう……。本当に、ありがとう……。」
旗印になったら、孤独になるかもしれない。
シエラはそう感じていた。
しかし、そうではなかった。
自分の側には、こんなにも頼もしい将たちがいたのだから。
「戦力としては、もはやアガレス軍に抗するだけの力は手に入った。妾、ローランド、グスタフ、ゼロ、ワカバ、ガーネット。それにエルザとアズマ両国王もいる。これだけの将が居れば、それぞれに軍を編成することが出来る。あとは、決断だけじゃ。」
ヨハネがその場にいる将たちに言う。
シエラも、ヨハネの言葉に頷く。
「ヨハネ様、私はもう大丈夫。決断なら……出来ました。」
隣にいるゼロを見て、シエラは笑みを浮かべた。
ひとりでは何もできないかもしれない。
しかし、自分の周りには頼れる将たちがいる。
それだけで、大きなことでも成し遂げられそうな気がしたのだ。
「よし。ではさっそく、アガレス軍に宣戦布告してやろうではないか。そなたの宣言を機に、新たな兵や将が得られるかもしれぬ。」
ヨハネがそう言うと、ローランドは玉座を立ち、シエラを呼ぶ。
「此処に。これからはお主が筆頭だ。私は……いや、ヨハネもお主の下で力を尽くそう。」
英雄であり、王であるローランドが自らの立場をシエラにゆだねる。
それがどれほど大きなことなのか、シエラは分かっていた。
「おじ様……私……。」
『本当に、出来るでしょうか?』
そう言いかけて、シエラは小さく首を振った。
出来るか出来ないかではない。
やらねば、ならぬのだ。
「ゼロ……」
シエラは、ゼロを呼ぶ。
「ん?どうした?」
「隣に、来てくれませんか?ずっと一緒に戦ってきたあなたが居れば、心強いです……。」
心細さも、ゼロが隣にいることで和らぐような気がした。
これまで、幾度となく折れそうになったシエラの心を、ゼロは繋ぎとめてくれたから。
「俺?……いるだけで良いのか?」
「いるだけでいいんだよ。それがいちばん、シエラさんには大切なんだから、さ!もう、鈍いなぁ……。」
シエラの気持ちに気付かないゼロの背を、ワカバは思い切り叩く。
その勢いで、ゼロは前のめりになりシエラの隣に躍り出る。
「……ったく、いてぇな……。ま、俺の存在感が少しでも力になるなら、隣にでも立っててやるか。」
そしてゼロは、シエラの隣に立つ。
「……ありがとう。」
不思議なもので、ゼロが横に立った時点で、小刻みに震えていた手の震えが、完全に止まった。
「それでは……始めるとしようかの。」
準備が整ったところで、ヨハネがシエラの前に立った。
「どうするんだ?」
「うむ。妾の魔力を使って、ここの映像を世界中に映し出す。生きる者の脳内に直接ここのイメージを送るのじゃ。」
ヨハネは、そう言うと笑った。
「では、始めるぞ。」
ヨハネが精神を集中させる。
同時に、玉座の間に集まっている将たち、近衛兵たちが静まり返る。
「これから……本当に俺たちの戦いが始まるんだな……。」
固唾を飲んで、ヨハネの様子を見守るゼロ。
アガレス軍には、何度も煮え湯を飲まされてきた。
故郷であるエリシャを落とされ、ジェイコフには裏切られ、ガーランドを倒しきることもできず、リヒトには完膚なきまでに叩きのめされた。
死の狭間もさまよった。
そんな、強大な相手を前に、堂々と宣戦布告をすると言うことがどう言うことなのか。
(正直……怖い。それは否定しねぇ。でもな……)
ヨハネが詠唱を続ける。
(でもな、怖かろうがやらなきゃ始まらねぇ。どんなにボロボロになろうが、勝たなければ平和もないし、自由もない。俺たち人間は奴隷のように虐げられ、扱われて人生を終える。そんなの……許せる別けねぇだろ。)
ヨハネが最後の詠唱を終える。
全大陸の、命ある者に映像を投影する、そんな大魔法はおそらくこの世のどこを探してもヨハネくらいしかいないだろう。
「シエラよ、準備は良いか?……繋がるぞ!」
詠唱が終わると、ヨハネがその両手をシエラに向ける。
それと同時にシエラの身体が、そして玉座の間にいる者達の身体も淡く光りだす。
「よし、これでこの場にいる全ての者の映像が、世界中の命あるものの脳内に流れるであろう。さぁ……シエラよ。」
シエラは、大きく深呼吸をする。
この演説次第で、アガレス軍に敵意を抱く大陸のかくれた勢力が仲間になってくれるかもしれない。
逆に、勝ち目がないとわかれば、仲間になるどころか投降してしまうかもしれない。
(私……次第で……。)
その重圧が、シエラの両肩に重くのし掛かる。
「私は……」
シエラが、言葉を探す。
しかし、なかなか紡ぎ出されない、言葉。
そんなときだった。
「これ……もう聞こえてるんだよな?」
ゼロがおもむろに口を開いた。
「……ゼロ?」
シエラが驚き、ゼロの方を見る。
「俺は……いや、俺たちはこれから、大陸の命運を賭ける戦いをしようとしてる。世界を手中におさめようとしているアガレス軍、俺たちは奴らに抗う勢力として、これから決起することにした!ローランド、エルシード、アズマの3国同盟は、締結された。あとは、全力でアガレス軍と戦うだけだ!!」
ヨハネの方を向き、ゼロは力強く話す。
「そんな俺たちの事を、みんなに紹介しておこうと思う!俺はゼロ。この軍の主であるシエラの剣であり、この軍の先鋒を切る男だ!!」
ゼロは、魔剣を抜くとヨハネに剣を向けた。
「ふっ……面白い。」
ゼロの様子を見ていた一同。
その意図に次に気づいたのは、グスタフだった。
ゼロに目配せをすると、ゼロも笑って頷く。
「私は、ローランド国の王子、グスタフ。我がローランド王国も、この戦いに協力することにした。そして、私はこの軍においてはひとりの将。ゼロがシエラ殿の剣となるならば、私は盾となり守ろう。この大陸の希望を!」
グスタフの宣言に、ローランド近衛兵たちが沸く。
「ゼロ……グスタフ様……。」
全く言葉がでなかった自分のために、次々と自分なりの宣誓をしていくふたりに、シエラは胸を打たれた。
「王子がそこまで仰るなら……次は私の番、ですね。」
次は、ガーネット。
「ローランド弓騎士団長・ガーネット。私はこの軍の将でも末席に位置する者。しかしながら忠誠心なら他の誰にも負けないと言う自負があります。私の矢が、敵の驚異を撃ち落とし、安心を手繰り寄せる一矢となることを願います。」
ガーネットは、丁寧に自分の思いを口にした。
「私は、東方アズマ国の名代・ワカバ!父アズマも、この軍との同盟を承諾したわ!私は名代として、そしてこの軍の将としてシエラさんの力になるつもりよ!」
そして、ワカバと続く。
「妾も、この戦いを見届けよう。そして隣にいるローランド国王も。我々はかつての七英雄として、アガレスをもう一度封印しようと思っておる。」
かつての英雄・ヨハネとローランドがさらに続くと、
「この戦い、勝てるんじゃないか?」
「あぁ……これだけの将を要する軍なんて、この先見ることはないだろうよ。」
周囲の平達も、にわかに活気づいてくる。
そして、再びゼロが口を開く。
「大陸各地で、アガレスの力に心折れそうになっている皆!どうか俺たちに力を貸してくれねぇか?ひとつひとつの力は小さくても、俺たちは集まることで大きな力になれる!こうやって、手を繋ぐことで、大きな力になれるんだ!」
ゼロにも、もちろんこの戦いに思うところがあった。
アガレスさえいなければ、復活を望む軍勢に故郷を滅ぼされることもなかったし、姉を殺されることもなかった。
「さぁ……話しやすくなっただろ?」
しかし、今は自分の思いだけをただぶつけるだけではいけない。
この戦いは、自分の私怨だけで片付く戦いではもはや無くなっている。
大陸全土の命運をかけた、『聖戦』であるのだ。
故に、ゼロはこの先の言葉をシエラに委ねた。
聖戦を勝つには、絶対的な『光』が必要。
そしてそれは、シエラに他ならないのだ。
「………はい。」
シエラは、意を決して口を開く。
「皆さん、私は………帝国皇女、シエラと申します。この度、私はこの連合国軍の長として、皆さんと戦うことになりました。」
先ほどまでの弱気なシエラは、もうそこにはいなかった。
周りには、有能な将がたくさんいるから。
そして、その将たちは皆、シエラのことを支えようとしてくれているから。
「連合国軍には、素晴らしい将達がたくさんいます。そんな将たちのもとで、軍は大陸の平和のために戦います。きっとアガレス軍を倒し、大陸に新しい平和をもたらすと約束します!」
シエラの宣言に、玉座の間の兵たちが沸く。
しかし、シエラはさらに口を開く。
「父が倒れ、私は国を追われました。戦争が始まり、私と同じような境遇の人たちが増えていった。私は……終わらせたいのです。家族と離ればなれになり、悲しい思いをする人たちが、少しでも減るように……」
シエラは、セロに視線を向ける。
ゼロもまた、故郷を追われ、姉を殺された悲しい運命をたどることになったひとり。
そんな人達の希望になれれば、シエラはそう思ったのだ。
「もう、こんな悲しい時代は終わりにしましょう。アガレス軍を倒したら、私は全世界と足並みを揃え、平和条約を結ぼうと思っています。その条約の対象となる国のなかに……」
それは、シエラが戦い続ける、もうひとつの理由。
「その中に、いつか取り戻した、我が帝国の名もあればいい……そう思います。」
その言葉で、シエラは演説を終えた。
「うむ……良い演説じゃった。」
ヨハネが、魔法を解きシエラに労いの言葉をかける。
それと同時に、玉座の間の中ではシエラに対しての惜しみ無い拍手が送られた。
「ありがとう……ございます。」
シエラは玉座の間にいる全ての人に深々と頭を下げる。そして……。
「ありきたりな、別段面白味もない演説ではありましたが、それがいまの私の隠すことの無い本心です。どうか……こんな私に、力を貸してはいただけませんか?大変な戦いになることは分かっています。それでも……どうか、お願いします。」
その場にいる全員に、改めて協力を求めた。
そのときだった。
「シエラ様……ばんざい」
玉座の間のどこからか、ひとりの兵士が呟くように言った。
「シエラ様万歳!!連合国軍、万歳!!!」
そんな呟きは、いつしかひとり、またひとりに伝わっていき、いつしか大きな歓声へと変わった。
「シエラ様万歳!!連合国軍、万歳!!!」
驚きの表情を見せるシエラ。
「これが、お前の力だよ。みーーんな、同じ気持ちだ。」
そんなシエラに、隣にいるゼロが優しくそう言った。
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