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第8章:悲しみの地、エリシャ
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ーーーゼロ、騎士にならないか?お前なら絶対に団長と共にこの自治州の英雄になれる。お前は自覚していないだろうが、その戦術眼や純粋な剣の腕は、おそらく団長をも凌ぐ素質を持っている……。私はそう思うぞ。ーーー
姉・アインの右腕にしてエリシャ白騎士団の副団長。
彼は度々、騎士団詰め所に通うゼロを誘っていた。
ーーー告白?……ははっ!弟のお前が推してくれるのは嬉しい話だが、団長はそんな男女の関係など興味が無いようだ。それに私は……団長の右腕として、この自治州を守れることの方が幸せなのだーーー
まるでゼロの兄のような存在だった副団長。
度々、団長であるアインとの恋の噂が囁かれもしたが、実際そういった事実は無く、ゼロの方が冷やかして副団長をけしかけたこともあった。
ゼロも、副団長ならアインを任せられると思っていた。
しかし、副団長は現状のままの関係を望んだ。
ーーー団長には、いつか普通の女としての幸せをつかんで欲しい。しかし、今の兵力ではどうしても『華将軍』の力に頼らざるを得ない。私が……いや、私たちがもっと力をつけ、強くならなければな。---
騎士道精神、そしてあくなき向上心。
そんな男の鑑ともいえる副団長の命も、『あの日』あっさり奪っていった。
「おい……テメェ……。」
アンデットと化した副団長の剣を受けながら、ゼロは死霊使いの青年を睨みつける。
「そうそう……その顔が見たくてこの『趣味』を続けてるんですよ。愛する人、尊敬する人の変わり果てた姿を見た人間の表情ほど、美しいものは無い……。」
死霊使いの笑顔が歪む。
その表情を見ているだけで、ゼロの胸の奥が怒りで熱くなってくる。
「ちくしょう……!!おい副団長!!俺だ!分からねぇのか!?」
「無駄ですよ……。私が蘇らせたのです。敵であるあなたの言うことなんて聞くわけが無いでしょう?それにねぇ……。」
死霊使いは、大笑いしながらゼロに人差し指を突き付けて、言う。
「死んで何日経ったと思っているんです?とーーっくに、脳ミソなんて腐っていますよ!!あっはっはっ!『ソレ』はもはや知能など持たない、戦うための道具に過ぎないのですよ!」
笑い声が、静かな城下にこだまする。
そして、アンデット達が、副団長の剣を受け止めたままのゼロに少しずつ近づいてくる。
「ほら、壊しなさい目の前の『ソレ』を!そうしないと他のアンデット達も貴方を食い殺しに行きますよ?……あ、そうか、このアンデット達もあなたの顔見知りかもしれませんねぇ……!!」
笑いながら、現状を楽しむ死霊使い。
「……お前だけは、絶対に許さねぇ……!!」
ゼロの鋭い視線が死霊使いに向けられる。
(どうする……?どうすることがみんなにとって幸せな逝き方なんだよ……)
徐々に迫り来る危機の中、ゼロは最善の方法を探していた……。
群がってくるアンデット達。
そして、目の前の副団長。
「くそ……!!」
その攻撃全てを受け流しながら、背後の扉を守るゼロ。
「そろそろ距離を取ったらどうですか?もうあなたの間合いではないでしょう?このままだと、かすり傷では済まなくなりますよ?」
死霊使いがゼロを挑発するように言う。
「大丈夫、場所を変えたからと言って、城に侵入したりはしませんよ。私はこう見えて……紳士なんです。」
歪んだ笑みを浮かべたまま笑う死霊使い。
「どの口が言ってやがる!一度死んだ人間の、安らかな眠りを冒涜しているような下衆がよ!!」
自分は出来る限りその場を動かず、アンデット達を投げ、そして蹴り飛ばすことで距離を稼ぐ。
「お前……一発殴ったらすぐ泣いてたじゃねぇか……思いっきり蹴飛ばしたんだから、大人しく気絶しててくれよ……!」
「あんたの腹に子供が居たのは知ってる。だから、子供くらい……守れよ!!」
次々と迫り来るアンデット達。
既に腐敗の始まったその顔にも、それぞれの特徴が残っており、それがゼロの心を痛めた。
「ほう……さすがこの国出身ですね。アンデットになってもだれが相手か分かると見える。楽しみですねぇ……この後どうやって殺し合ってくれるのか。」
その様子を見て楽しんでいる死霊使い。
「テメェ……待ってろすぐに倒してやる!!」
ゼロは死霊使いを睨みつけ、言う。
しかし、なかなかアンデットと化した民たち、そして副団長を退けられないでいた。
(くそ……どうする、気絶もしないんじゃたちが悪い。完全に倒すか、それとも……一気に死霊使いを倒すか。でも死霊使いを倒すには、副団長をどうにかしないと……。どうする?)
かつて共にこの地で暮らした仲間たち。
既に死を迎えているとはいえ、既に目の前でゼロと対峙しているのが亡骸だとはいえ、ゼロには彼らを攻撃することは出来ないでいた。
しかし……
「そうだ、魂も少しだけ操って見ましょう、少しだけ難しいですが、まぁ……私はこう見えて死霊使いとしては腕利きなのでね。」
死霊使いが何かを思い出したかのようにそう言った。
「やめろ……もうこれ以上エリシャの民を汚すなよ!」
死霊使いの言葉に怒り心頭のゼロ。
しかし、死霊使いはそんなゼロの様子を楽しんでいる節が見えた。
「さぁ……死者の彷徨える魂よ、その器に還りなさい……。」
ゼロが叫ぶも、死霊使いは聞き入れなかった。
呪文を詠唱すると、薄紫色の火の玉が無数に出現し、アンデット達に吸い込まれるように入っていった。
「ゼ・・・・・・ロ・・・・・・」
薄紫色の火の玉が、次々とアンデット達に吸い込まれていき、次の瞬間、目の前で対峙している副団長のアンデットから、聞きなれた声がした。
「嘘……だろ?」
ゼロの顔が、怒りに歪む。
「ゼロ……強く……なった」
「テメェ!!やめろ!今すぐ成仏させてやれよ!!!」
ゼロは死霊使いを睨みつけ、叫ぶ。
「いやいや……楽しい見世物ではないですか。死人と昔を懐かしみ、そして……殺し合う!!なんて趣味が悪いのでしょう!……って、自分で言っては世話ないですねぇ……」
死霊使いは歪んだ笑みでその光景を楽しむ。
「くそ……副団長……アンタ、本当に副団長の魂が戻ってるのか?」
ゼロは信じていなかった。
これも、死霊使いの道楽のひとつだ、ただ死人を自由に操っているだけなのだ、と思っていた。
「あんなに雑だった太刀筋が……今は信じるもののために戦っているのだな……」
「!!!」
ゼロの腕から、一瞬力が抜けた。
ーーーゼロ、力任せに攻めたところで、お前の雑な太刀筋では容易に凌がれてしまうぞ!!信じるもののために振るう一閃は、たとえ読めたとしても見切れはしない。気持ちの強さが、敵の防御をかいくぐり、そして貫いていくのだーーー
これは、良く騎士団詰め所に遊びに行き、騎士達と手合わせをしていた時の言葉。
副団長と手合わせをしたときに、なかなか有効な攻撃を放てず苛立ったゼロに、副団長が言ったアドバイス。
『雑な太刀筋』という言葉は、その時に副団長からゼロに向けられた言葉なのだ。
「本当に……副団長、なのかよ……」
「こんな形の再会になってすまない。私は……私たちはエリシャを守れなかった……。」
「なんで、なんで逃げなかったんだよ!!生きてこそだろ!!」
「アイン様を……団長を置いて逃げるわけにはいかなかった……。」
話せば話すほど、目の前のアンデットが副団長だと確信させられてしまう。
ゼロは、必死に副団長の剣を受け止めながら、首を激しく振る。
「本当に副団長なら……」
もう、ゼロは目の前のアンデットを正視することが出来なかった。
「頼む……本当に副団長なら……退いてくれ……!」
たとえ、アンデットという異形の存在になっても。
ゼロにとっては、気を許した存在のひとり。
姉を任せても良いと思った男。
「頼む……退いてくれ……。」
ゼロの懇願。
ひかし、副団長の剣の力は弱まることは無かった。
「あの死霊使いに使役されている以上……私は戦わなければならないのだ。私の意思では、お前への攻撃を止める事は出来ない……。」
ゼロが副団長の剣を受け止めている間に、他のアンデット達もゼロの周囲を取り囲む。
ボロボロになった衣服。
錆びたアクセサリーで、それぞれ誰なのか分かってしまう。
「なぁ……やめろよ。俺達、同じエリシャの……仲間じゃないか。」
込み上げてくる涙。
ゼロはそれを、歯を食いしばることで堪え、必死に説得を続ける。
殴り合いの喧嘩をした相手もいる。
しかし、それでも仲良くやってきた仲間。
自分の剣で斬り伏せることなど、出来るわけも無い。
「ゼロ、許せ……」
「許してくれ……」
「お願い、許して……」
アンデットから口々に漏れる、謝罪の言葉。
ゼロは首を激しく振りながら叫ぶ。
「やめてくれ!!謝るのは俺の方だ俺は、俺は……」
(……みんなを守れなかった。)
ついに、副団長の剣に圧され、ゼロが膝をつく。
(俺……きっとここで死ぬんだな。でも……これでいいんだ。俺だけがのうのうと生き永らえてたって、きっと意味ないさ。このまま故郷で、皆と一緒に眠るのも……。)
ゼロの心に諦めが生まれる。
しかし、そんな時だった。
「ゼロ……頼みがある。」
もう少しでゼロを圧し潰すことが出来るはずの副団長が、ゼロに頼みごとをする。
「何でもする。……言ってくれ。」
せめて、この地で死を迎える前に、守れなかった人たちの頼みを聞こう。
ゼロはそう思って副団長に言った。
しかし、副団長から発せられた言葉は、ゼロが予想だにしなかった言葉だった。
「私を……私たちを、殺してくれ……」
「……え?」
押しているはずの副団長が、自分のことを殺せという。
「でも……俺のことを殺せば、アンタだけじゃない、みんな解放されるんだぜ?」
ゼロは、皆が解放されることで、せめて民たちの心を守ろうと考えていた。
たとえ、自分の命を投げうったとしても。
しかし、アンデット達は、それを望んでいなかった。
「ゼロ、お前は生きるんだ。私たちの分まで生きて……世界を平和にして、私たちを屠った者たちを倒してくれ。私たちの仇を取ってくれ……。」
「私達なら大丈夫。もう、アンデットなんだから、痛みなんてないわ……。」
「どのみち、あの死霊使いは俺たちのことを散々弄ぶつもりだ。頼む。俺達を……解放してくれ……。」
アンデット達の、民たちの願い。
それは……。
「ここでお前を殺してしまったら、私たちは身も心もただの魔物になってしまう。お願いだ……私たちが『人間』のうちに解放してくれ……。」
「嫌だ!!俺がみんなをもう一度殺す?……出来る訳ねぇだろ!!」
膝をついたまま。
副団長の剣を受けたまま。
ゼロは必死に叫んだ。
「だったら……俺が死んだ方がずっと楽だ。みんなを……斬る事なんて出来ない……。」
徐々に迫る、アンデット達。
やがてゼロの衣服を引っ張り、腕を、そして足を掴む。
「頼む……私たちを、解放してくれ……。」
「お願い……」
大勢の、懇願する声。
ゼロは、それを振り払うように首を振る。
「ほらほら……早く殺してあげなさいよ……。私、もう退屈で眠くなってきてしまいましたよ……。」
ずっと静観してきた死霊使いが、欠伸をしながらゼロに言う。
「テメェ……絶対に、殺してやる……!」
そんな死霊使いを、鋭い眼光で睨みつける。
そして、少しだけ目を閉じ、考え……。
「……分かった。副団長、皆の望みをかなえよう。みんなの望み、そして願いのために……俺は修羅になることを決めた。」
力強く立ち上がると、
「副団長……ワリィ!!」
押していたはずの副団長を力いっぱい突き飛ばす。
「な……!!副団長には敵わないはずでは……?」
その行動に驚いた死霊使いが、ゼロを見て戸惑う。
「バーカ。確かに勝てない時もあった。でもな……俺だって成長してるんだ。あの頃と同じ実力だと思わないで欲しいな。」
周囲にまとわりついていたアンデット達も振り払い、魔剣を構える。
「みんな、本当にゴメンな。このまま、皆がアンデットとしてこの世で苦しみ続けるのが、どうしても俺には耐えられねぇ。俺のことを恨んでくれていい。俺が死ぬまでずっと呪い続けてくれていい。俺はそれを……背負う!」
魔剣に意識を集中させる。
魔剣は青白い光を発した。
「この地は……ここには姉貴が眠ってるんだ。少しだけ姉貴の聖なる力を借りれば……みんなを成仏させてやれる。俺に、ちゃんとその力があれば……。」
魔剣の発する青白い光は、次第に大きくなっていく。
「な……ふざけるな!!その前に、アンデット達に殺されてしまえ!この地に死体がある限り……アンデットなどいくらでも生み出せるんだからな!!……さぁやれ!!目の前の小生意気な剣士を葬るのです!!」
ゼロの魔剣の異変に怯える死霊使いは、周囲のアンデット達に命じた。
「奴を……殺せ!!食いちぎれ!!!」
姉・アインの右腕にしてエリシャ白騎士団の副団長。
彼は度々、騎士団詰め所に通うゼロを誘っていた。
ーーー告白?……ははっ!弟のお前が推してくれるのは嬉しい話だが、団長はそんな男女の関係など興味が無いようだ。それに私は……団長の右腕として、この自治州を守れることの方が幸せなのだーーー
まるでゼロの兄のような存在だった副団長。
度々、団長であるアインとの恋の噂が囁かれもしたが、実際そういった事実は無く、ゼロの方が冷やかして副団長をけしかけたこともあった。
ゼロも、副団長ならアインを任せられると思っていた。
しかし、副団長は現状のままの関係を望んだ。
ーーー団長には、いつか普通の女としての幸せをつかんで欲しい。しかし、今の兵力ではどうしても『華将軍』の力に頼らざるを得ない。私が……いや、私たちがもっと力をつけ、強くならなければな。---
騎士道精神、そしてあくなき向上心。
そんな男の鑑ともいえる副団長の命も、『あの日』あっさり奪っていった。
「おい……テメェ……。」
アンデットと化した副団長の剣を受けながら、ゼロは死霊使いの青年を睨みつける。
「そうそう……その顔が見たくてこの『趣味』を続けてるんですよ。愛する人、尊敬する人の変わり果てた姿を見た人間の表情ほど、美しいものは無い……。」
死霊使いの笑顔が歪む。
その表情を見ているだけで、ゼロの胸の奥が怒りで熱くなってくる。
「ちくしょう……!!おい副団長!!俺だ!分からねぇのか!?」
「無駄ですよ……。私が蘇らせたのです。敵であるあなたの言うことなんて聞くわけが無いでしょう?それにねぇ……。」
死霊使いは、大笑いしながらゼロに人差し指を突き付けて、言う。
「死んで何日経ったと思っているんです?とーーっくに、脳ミソなんて腐っていますよ!!あっはっはっ!『ソレ』はもはや知能など持たない、戦うための道具に過ぎないのですよ!」
笑い声が、静かな城下にこだまする。
そして、アンデット達が、副団長の剣を受け止めたままのゼロに少しずつ近づいてくる。
「ほら、壊しなさい目の前の『ソレ』を!そうしないと他のアンデット達も貴方を食い殺しに行きますよ?……あ、そうか、このアンデット達もあなたの顔見知りかもしれませんねぇ……!!」
笑いながら、現状を楽しむ死霊使い。
「……お前だけは、絶対に許さねぇ……!!」
ゼロの鋭い視線が死霊使いに向けられる。
(どうする……?どうすることがみんなにとって幸せな逝き方なんだよ……)
徐々に迫り来る危機の中、ゼロは最善の方法を探していた……。
群がってくるアンデット達。
そして、目の前の副団長。
「くそ……!!」
その攻撃全てを受け流しながら、背後の扉を守るゼロ。
「そろそろ距離を取ったらどうですか?もうあなたの間合いではないでしょう?このままだと、かすり傷では済まなくなりますよ?」
死霊使いがゼロを挑発するように言う。
「大丈夫、場所を変えたからと言って、城に侵入したりはしませんよ。私はこう見えて……紳士なんです。」
歪んだ笑みを浮かべたまま笑う死霊使い。
「どの口が言ってやがる!一度死んだ人間の、安らかな眠りを冒涜しているような下衆がよ!!」
自分は出来る限りその場を動かず、アンデット達を投げ、そして蹴り飛ばすことで距離を稼ぐ。
「お前……一発殴ったらすぐ泣いてたじゃねぇか……思いっきり蹴飛ばしたんだから、大人しく気絶しててくれよ……!」
「あんたの腹に子供が居たのは知ってる。だから、子供くらい……守れよ!!」
次々と迫り来るアンデット達。
既に腐敗の始まったその顔にも、それぞれの特徴が残っており、それがゼロの心を痛めた。
「ほう……さすがこの国出身ですね。アンデットになってもだれが相手か分かると見える。楽しみですねぇ……この後どうやって殺し合ってくれるのか。」
その様子を見て楽しんでいる死霊使い。
「テメェ……待ってろすぐに倒してやる!!」
ゼロは死霊使いを睨みつけ、言う。
しかし、なかなかアンデットと化した民たち、そして副団長を退けられないでいた。
(くそ……どうする、気絶もしないんじゃたちが悪い。完全に倒すか、それとも……一気に死霊使いを倒すか。でも死霊使いを倒すには、副団長をどうにかしないと……。どうする?)
かつて共にこの地で暮らした仲間たち。
既に死を迎えているとはいえ、既に目の前でゼロと対峙しているのが亡骸だとはいえ、ゼロには彼らを攻撃することは出来ないでいた。
しかし……
「そうだ、魂も少しだけ操って見ましょう、少しだけ難しいですが、まぁ……私はこう見えて死霊使いとしては腕利きなのでね。」
死霊使いが何かを思い出したかのようにそう言った。
「やめろ……もうこれ以上エリシャの民を汚すなよ!」
死霊使いの言葉に怒り心頭のゼロ。
しかし、死霊使いはそんなゼロの様子を楽しんでいる節が見えた。
「さぁ……死者の彷徨える魂よ、その器に還りなさい……。」
ゼロが叫ぶも、死霊使いは聞き入れなかった。
呪文を詠唱すると、薄紫色の火の玉が無数に出現し、アンデット達に吸い込まれるように入っていった。
「ゼ・・・・・・ロ・・・・・・」
薄紫色の火の玉が、次々とアンデット達に吸い込まれていき、次の瞬間、目の前で対峙している副団長のアンデットから、聞きなれた声がした。
「嘘……だろ?」
ゼロの顔が、怒りに歪む。
「ゼロ……強く……なった」
「テメェ!!やめろ!今すぐ成仏させてやれよ!!!」
ゼロは死霊使いを睨みつけ、叫ぶ。
「いやいや……楽しい見世物ではないですか。死人と昔を懐かしみ、そして……殺し合う!!なんて趣味が悪いのでしょう!……って、自分で言っては世話ないですねぇ……」
死霊使いは歪んだ笑みでその光景を楽しむ。
「くそ……副団長……アンタ、本当に副団長の魂が戻ってるのか?」
ゼロは信じていなかった。
これも、死霊使いの道楽のひとつだ、ただ死人を自由に操っているだけなのだ、と思っていた。
「あんなに雑だった太刀筋が……今は信じるもののために戦っているのだな……」
「!!!」
ゼロの腕から、一瞬力が抜けた。
ーーーゼロ、力任せに攻めたところで、お前の雑な太刀筋では容易に凌がれてしまうぞ!!信じるもののために振るう一閃は、たとえ読めたとしても見切れはしない。気持ちの強さが、敵の防御をかいくぐり、そして貫いていくのだーーー
これは、良く騎士団詰め所に遊びに行き、騎士達と手合わせをしていた時の言葉。
副団長と手合わせをしたときに、なかなか有効な攻撃を放てず苛立ったゼロに、副団長が言ったアドバイス。
『雑な太刀筋』という言葉は、その時に副団長からゼロに向けられた言葉なのだ。
「本当に……副団長、なのかよ……」
「こんな形の再会になってすまない。私は……私たちはエリシャを守れなかった……。」
「なんで、なんで逃げなかったんだよ!!生きてこそだろ!!」
「アイン様を……団長を置いて逃げるわけにはいかなかった……。」
話せば話すほど、目の前のアンデットが副団長だと確信させられてしまう。
ゼロは、必死に副団長の剣を受け止めながら、首を激しく振る。
「本当に副団長なら……」
もう、ゼロは目の前のアンデットを正視することが出来なかった。
「頼む……本当に副団長なら……退いてくれ……!」
たとえ、アンデットという異形の存在になっても。
ゼロにとっては、気を許した存在のひとり。
姉を任せても良いと思った男。
「頼む……退いてくれ……。」
ゼロの懇願。
ひかし、副団長の剣の力は弱まることは無かった。
「あの死霊使いに使役されている以上……私は戦わなければならないのだ。私の意思では、お前への攻撃を止める事は出来ない……。」
ゼロが副団長の剣を受け止めている間に、他のアンデット達もゼロの周囲を取り囲む。
ボロボロになった衣服。
錆びたアクセサリーで、それぞれ誰なのか分かってしまう。
「なぁ……やめろよ。俺達、同じエリシャの……仲間じゃないか。」
込み上げてくる涙。
ゼロはそれを、歯を食いしばることで堪え、必死に説得を続ける。
殴り合いの喧嘩をした相手もいる。
しかし、それでも仲良くやってきた仲間。
自分の剣で斬り伏せることなど、出来るわけも無い。
「ゼロ、許せ……」
「許してくれ……」
「お願い、許して……」
アンデットから口々に漏れる、謝罪の言葉。
ゼロは首を激しく振りながら叫ぶ。
「やめてくれ!!謝るのは俺の方だ俺は、俺は……」
(……みんなを守れなかった。)
ついに、副団長の剣に圧され、ゼロが膝をつく。
(俺……きっとここで死ぬんだな。でも……これでいいんだ。俺だけがのうのうと生き永らえてたって、きっと意味ないさ。このまま故郷で、皆と一緒に眠るのも……。)
ゼロの心に諦めが生まれる。
しかし、そんな時だった。
「ゼロ……頼みがある。」
もう少しでゼロを圧し潰すことが出来るはずの副団長が、ゼロに頼みごとをする。
「何でもする。……言ってくれ。」
せめて、この地で死を迎える前に、守れなかった人たちの頼みを聞こう。
ゼロはそう思って副団長に言った。
しかし、副団長から発せられた言葉は、ゼロが予想だにしなかった言葉だった。
「私を……私たちを、殺してくれ……」
「……え?」
押しているはずの副団長が、自分のことを殺せという。
「でも……俺のことを殺せば、アンタだけじゃない、みんな解放されるんだぜ?」
ゼロは、皆が解放されることで、せめて民たちの心を守ろうと考えていた。
たとえ、自分の命を投げうったとしても。
しかし、アンデット達は、それを望んでいなかった。
「ゼロ、お前は生きるんだ。私たちの分まで生きて……世界を平和にして、私たちを屠った者たちを倒してくれ。私たちの仇を取ってくれ……。」
「私達なら大丈夫。もう、アンデットなんだから、痛みなんてないわ……。」
「どのみち、あの死霊使いは俺たちのことを散々弄ぶつもりだ。頼む。俺達を……解放してくれ……。」
アンデット達の、民たちの願い。
それは……。
「ここでお前を殺してしまったら、私たちは身も心もただの魔物になってしまう。お願いだ……私たちが『人間』のうちに解放してくれ……。」
「嫌だ!!俺がみんなをもう一度殺す?……出来る訳ねぇだろ!!」
膝をついたまま。
副団長の剣を受けたまま。
ゼロは必死に叫んだ。
「だったら……俺が死んだ方がずっと楽だ。みんなを……斬る事なんて出来ない……。」
徐々に迫る、アンデット達。
やがてゼロの衣服を引っ張り、腕を、そして足を掴む。
「頼む……私たちを、解放してくれ……。」
「お願い……」
大勢の、懇願する声。
ゼロは、それを振り払うように首を振る。
「ほらほら……早く殺してあげなさいよ……。私、もう退屈で眠くなってきてしまいましたよ……。」
ずっと静観してきた死霊使いが、欠伸をしながらゼロに言う。
「テメェ……絶対に、殺してやる……!」
そんな死霊使いを、鋭い眼光で睨みつける。
そして、少しだけ目を閉じ、考え……。
「……分かった。副団長、皆の望みをかなえよう。みんなの望み、そして願いのために……俺は修羅になることを決めた。」
力強く立ち上がると、
「副団長……ワリィ!!」
押していたはずの副団長を力いっぱい突き飛ばす。
「な……!!副団長には敵わないはずでは……?」
その行動に驚いた死霊使いが、ゼロを見て戸惑う。
「バーカ。確かに勝てない時もあった。でもな……俺だって成長してるんだ。あの頃と同じ実力だと思わないで欲しいな。」
周囲にまとわりついていたアンデット達も振り払い、魔剣を構える。
「みんな、本当にゴメンな。このまま、皆がアンデットとしてこの世で苦しみ続けるのが、どうしても俺には耐えられねぇ。俺のことを恨んでくれていい。俺が死ぬまでずっと呪い続けてくれていい。俺はそれを……背負う!」
魔剣に意識を集中させる。
魔剣は青白い光を発した。
「この地は……ここには姉貴が眠ってるんだ。少しだけ姉貴の聖なる力を借りれば……みんなを成仏させてやれる。俺に、ちゃんとその力があれば……。」
魔剣の発する青白い光は、次第に大きくなっていく。
「な……ふざけるな!!その前に、アンデット達に殺されてしまえ!この地に死体がある限り……アンデットなどいくらでも生み出せるんだからな!!……さぁやれ!!目の前の小生意気な剣士を葬るのです!!」
ゼロの魔剣の異変に怯える死霊使いは、周囲のアンデット達に命じた。
「奴を……殺せ!!食いちぎれ!!!」
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