聖戦記

桂木 京

文字の大きさ
上 下
79 / 191
第8章:悲しみの地、エリシャ

しおりを挟む
ーーーゼロ、騎士にならないか?お前なら絶対に団長と共にこの自治州の英雄になれる。お前は自覚していないだろうが、その戦術眼や純粋な剣の腕は、おそらく団長をも凌ぐ素質を持っている……。私はそう思うぞ。ーーー



姉・アインの右腕にしてエリシャ白騎士団の副団長。
彼は度々、騎士団詰め所に通うゼロを誘っていた。


ーーー告白?……ははっ!弟のお前が推してくれるのは嬉しい話だが、団長はそんな男女の関係など興味が無いようだ。それに私は……団長の右腕として、この自治州を守れることの方が幸せなのだーーー


まるでゼロの兄のような存在だった副団長。
度々、団長であるアインとの恋の噂が囁かれもしたが、実際そういった事実は無く、ゼロの方が冷やかして副団長をけしかけたこともあった。


ゼロも、副団長ならアインを任せられると思っていた。
しかし、副団長は現状のままの関係を望んだ。


ーーー団長には、いつか普通の女としての幸せをつかんで欲しい。しかし、今の兵力ではどうしても『華将軍』の力に頼らざるを得ない。私が……いや、私たちがもっと力をつけ、強くならなければな。---



騎士道精神、そしてあくなき向上心。

そんな男の鑑ともいえる副団長の命も、『あの日』あっさり奪っていった。


「おい……テメェ……。」


アンデットと化した副団長の剣を受けながら、ゼロは死霊使いの青年を睨みつける。


「そうそう……その顔が見たくてこの『趣味』を続けてるんですよ。愛する人、尊敬する人の変わり果てた姿を見た人間の表情ほど、美しいものは無い……。」


死霊使いの笑顔が歪む。
その表情を見ているだけで、ゼロの胸の奥が怒りで熱くなってくる。


「ちくしょう……!!おい副団長!!俺だ!分からねぇのか!?」

「無駄ですよ……。私が蘇らせたのです。敵であるあなたの言うことなんて聞くわけが無いでしょう?それにねぇ……。」


死霊使いは、大笑いしながらゼロに人差し指を突き付けて、言う。



「死んで何日経ったと思っているんです?とーーっくに、脳ミソなんて腐っていますよ!!あっはっはっ!『ソレ』はもはや知能など持たない、戦うための道具に過ぎないのですよ!」


笑い声が、静かな城下にこだまする。
そして、アンデット達が、副団長の剣を受け止めたままのゼロに少しずつ近づいてくる。



「ほら、壊しなさい目の前の『ソレ』を!そうしないと他のアンデット達も貴方を食い殺しに行きますよ?……あ、そうか、このアンデット達もあなたの顔見知りかもしれませんねぇ……!!」


笑いながら、現状を楽しむ死霊使い。


「……お前だけは、絶対に許さねぇ……!!」


ゼロの鋭い視線が死霊使いに向けられる。


(どうする……?どうすることがみんなにとって幸せな逝き方なんだよ……)


徐々に迫り来る危機の中、ゼロは最善の方法を探していた……。

群がってくるアンデット達。
そして、目の前の副団長。


「くそ……!!」


その攻撃全てを受け流しながら、背後の扉を守るゼロ。


「そろそろ距離を取ったらどうですか?もうあなたの間合いではないでしょう?このままだと、かすり傷では済まなくなりますよ?」


死霊使いがゼロを挑発するように言う。

「大丈夫、場所を変えたからと言って、城に侵入したりはしませんよ。私はこう見えて……紳士なんです。」


歪んだ笑みを浮かべたまま笑う死霊使い。


「どの口が言ってやがる!一度死んだ人間の、安らかな眠りを冒涜しているような下衆がよ!!」


自分は出来る限りその場を動かず、アンデット達を投げ、そして蹴り飛ばすことで距離を稼ぐ。


「お前……一発殴ったらすぐ泣いてたじゃねぇか……思いっきり蹴飛ばしたんだから、大人しく気絶しててくれよ……!」

「あんたの腹に子供が居たのは知ってる。だから、子供くらい……守れよ!!」

次々と迫り来るアンデット達。
既に腐敗の始まったその顔にも、それぞれの特徴が残っており、それがゼロの心を痛めた。


「ほう……さすがこの国出身ですね。アンデットになってもだれが相手か分かると見える。楽しみですねぇ……この後どうやって殺し合ってくれるのか。」


その様子を見て楽しんでいる死霊使い。


「テメェ……待ってろすぐに倒してやる!!」



ゼロは死霊使いを睨みつけ、言う。
しかし、なかなかアンデットと化した民たち、そして副団長を退けられないでいた。


(くそ……どうする、気絶もしないんじゃたちが悪い。完全に倒すか、それとも……一気に死霊使いを倒すか。でも死霊使いを倒すには、副団長をどうにかしないと……。どうする?)


かつて共にこの地で暮らした仲間たち。
既に死を迎えているとはいえ、既に目の前でゼロと対峙しているのが亡骸だとはいえ、ゼロには彼らを攻撃することは出来ないでいた。

しかし……


「そうだ、魂も少しだけ操って見ましょう、少しだけ難しいですが、まぁ……私はこう見えて死霊使いとしては腕利きなのでね。」


死霊使いが何かを思い出したかのようにそう言った。


「やめろ……もうこれ以上エリシャの民を汚すなよ!」


死霊使いの言葉に怒り心頭のゼロ。
しかし、死霊使いはそんなゼロの様子を楽しんでいる節が見えた。


「さぁ……死者の彷徨える魂よ、その器に還りなさい……。」


ゼロが叫ぶも、死霊使いは聞き入れなかった。
呪文を詠唱すると、薄紫色の火の玉が無数に出現し、アンデット達に吸い込まれるように入っていった。

「ゼ・・・・・・ロ・・・・・・」


薄紫色の火の玉が、次々とアンデット達に吸い込まれていき、次の瞬間、目の前で対峙している副団長のアンデットから、聞きなれた声がした。


「嘘……だろ?」


ゼロの顔が、怒りに歪む。


「ゼロ……強く……なった」

「テメェ!!やめろ!今すぐ成仏させてやれよ!!!」


ゼロは死霊使いを睨みつけ、叫ぶ。


「いやいや……楽しい見世物ではないですか。死人と昔を懐かしみ、そして……殺し合う!!なんて趣味が悪いのでしょう!……って、自分で言っては世話ないですねぇ……」

死霊使いは歪んだ笑みでその光景を楽しむ。


「くそ……副団長……アンタ、本当に副団長の魂が戻ってるのか?」


ゼロは信じていなかった。
これも、死霊使いの道楽のひとつだ、ただ死人を自由に操っているだけなのだ、と思っていた。


「あんなに雑だった太刀筋が……今は信じるもののために戦っているのだな……」

「!!!」


ゼロの腕から、一瞬力が抜けた。



ーーーゼロ、力任せに攻めたところで、お前の雑な太刀筋では容易に凌がれてしまうぞ!!信じるもののために振るう一閃は、たとえ読めたとしても見切れはしない。気持ちの強さが、敵の防御をかいくぐり、そして貫いていくのだーーー


これは、良く騎士団詰め所に遊びに行き、騎士達と手合わせをしていた時の言葉。
副団長と手合わせをしたときに、なかなか有効な攻撃を放てず苛立ったゼロに、副団長が言ったアドバイス。

『雑な太刀筋』という言葉は、その時に副団長からゼロに向けられた言葉なのだ。


「本当に……副団長、なのかよ……」

「こんな形の再会になってすまない。私は……私たちはエリシャを守れなかった……。」

「なんで、なんで逃げなかったんだよ!!生きてこそだろ!!」

「アイン様を……団長を置いて逃げるわけにはいかなかった……。」



話せば話すほど、目の前のアンデットが副団長だと確信させられてしまう。
ゼロは、必死に副団長の剣を受け止めながら、首を激しく振る。


「本当に副団長なら……」


もう、ゼロは目の前のアンデットを正視することが出来なかった。



「頼む……本当に副団長なら……退いてくれ……!」

たとえ、アンデットという異形の存在になっても。
ゼロにとっては、気を許した存在のひとり。
姉を任せても良いと思った男。


「頼む……退いてくれ……。」


ゼロの懇願。
ひかし、副団長の剣の力は弱まることは無かった。


「あの死霊使いに使役されている以上……私は戦わなければならないのだ。私の意思では、お前への攻撃を止める事は出来ない……。」


ゼロが副団長の剣を受け止めている間に、他のアンデット達もゼロの周囲を取り囲む。
ボロボロになった衣服。
錆びたアクセサリーで、それぞれ誰なのか分かってしまう。


「なぁ……やめろよ。俺達、同じエリシャの……仲間じゃないか。」


込み上げてくる涙。
ゼロはそれを、歯を食いしばることで堪え、必死に説得を続ける。

殴り合いの喧嘩をした相手もいる。
しかし、それでも仲良くやってきた仲間。
自分の剣で斬り伏せることなど、出来るわけも無い。


「ゼロ、許せ……」

「許してくれ……」

「お願い、許して……」



アンデットから口々に漏れる、謝罪の言葉。
ゼロは首を激しく振りながら叫ぶ。


「やめてくれ!!謝るのは俺の方だ俺は、俺は……」


(……みんなを守れなかった。)



ついに、副団長の剣に圧され、ゼロが膝をつく。


(俺……きっとここで死ぬんだな。でも……これでいいんだ。俺だけがのうのうと生き永らえてたって、きっと意味ないさ。このまま故郷で、皆と一緒に眠るのも……。)


ゼロの心に諦めが生まれる。
しかし、そんな時だった。


「ゼロ……頼みがある。」


もう少しでゼロを圧し潰すことが出来るはずの副団長が、ゼロに頼みごとをする。



「何でもする。……言ってくれ。」


せめて、この地で死を迎える前に、守れなかった人たちの頼みを聞こう。
ゼロはそう思って副団長に言った。
しかし、副団長から発せられた言葉は、ゼロが予想だにしなかった言葉だった。



「私を……私たちを、殺してくれ……」

「……え?」



押しているはずの副団長が、自分のことを殺せという。

「でも……俺のことを殺せば、アンタだけじゃない、みんな解放されるんだぜ?」


ゼロは、皆が解放されることで、せめて民たちの心を守ろうと考えていた。
たとえ、自分の命を投げうったとしても。

しかし、アンデット達は、それを望んでいなかった。


「ゼロ、お前は生きるんだ。私たちの分まで生きて……世界を平和にして、私たちを屠った者たちを倒してくれ。私たちの仇を取ってくれ……。」

「私達なら大丈夫。もう、アンデットなんだから、痛みなんてないわ……。」

「どのみち、あの死霊使いは俺たちのことを散々弄ぶつもりだ。頼む。俺達を……解放してくれ……。」



アンデット達の、民たちの願い。
それは……。


「ここでお前を殺してしまったら、私たちは身も心もただの魔物になってしまう。お願いだ……私たちが『人間』のうちに解放してくれ……。」



「嫌だ!!俺がみんなをもう一度殺す?……出来る訳ねぇだろ!!」


膝をついたまま。
副団長の剣を受けたまま。
ゼロは必死に叫んだ。

「だったら……俺が死んだ方がずっと楽だ。みんなを……斬る事なんて出来ない……。」


徐々に迫る、アンデット達。
やがてゼロの衣服を引っ張り、腕を、そして足を掴む。


「頼む……私たちを、解放してくれ……。」

「お願い……」


大勢の、懇願する声。
ゼロは、それを振り払うように首を振る。


「ほらほら……早く殺してあげなさいよ……。私、もう退屈で眠くなってきてしまいましたよ……。」


ずっと静観してきた死霊使いが、欠伸をしながらゼロに言う。


「テメェ……絶対に、殺してやる……!」


そんな死霊使いを、鋭い眼光で睨みつける。
そして、少しだけ目を閉じ、考え……。



「……分かった。副団長、皆の望みをかなえよう。みんなの望み、そして願いのために……俺は修羅になることを決めた。」

力強く立ち上がると、


「副団長……ワリィ!!」

押していたはずの副団長を力いっぱい突き飛ばす。


「な……!!副団長には敵わないはずでは……?」


その行動に驚いた死霊使いが、ゼロを見て戸惑う。


「バーカ。確かに勝てない時もあった。でもな……俺だって成長してるんだ。あの頃と同じ実力だと思わないで欲しいな。」

周囲にまとわりついていたアンデット達も振り払い、魔剣を構える。


「みんな、本当にゴメンな。このまま、皆がアンデットとしてこの世で苦しみ続けるのが、どうしても俺には耐えられねぇ。俺のことを恨んでくれていい。俺が死ぬまでずっと呪い続けてくれていい。俺はそれを……背負う!」


魔剣に意識を集中させる。
魔剣は青白い光を発した。


「この地は……ここには姉貴が眠ってるんだ。少しだけ姉貴の聖なる力を借りれば……みんなを成仏させてやれる。俺に、ちゃんとその力があれば……。」


魔剣の発する青白い光は、次第に大きくなっていく。


「な……ふざけるな!!その前に、アンデット達に殺されてしまえ!この地に死体がある限り……アンデットなどいくらでも生み出せるんだからな!!……さぁやれ!!目の前の小生意気な剣士を葬るのです!!」


ゼロの魔剣の異変に怯える死霊使いは、周囲のアンデット達に命じた。



「奴を……殺せ!!食いちぎれ!!!」

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

練習用短編1

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

空の六等星。二つの空と僕――Cielo, estrellas de sexta magnitud y pastel.

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:235pt お気に入り:0

あなたならどう生きますか?両想いを確認した直後の「余命半年」宣告

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:2,385pt お気に入り:37

月が導く異世界道中

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:56,863pt お気に入り:53,919

箱庭

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1

処理中です...