怪盗ウイングキャット ~季節の花ジャムを添えて~

モブ

文字の大きさ
上 下
36 / 37

36

しおりを挟む
 気が付くと私は、自分の喫茶店のカウンター席に座ってうなだれていた。どうやってここまで来たのか覚えていない。
 外はすっかり暗くなっていて、明かりもつけず真っ暗な店内に一人ぽつんと座っていると寂しさが込み上げてきた。涙が頬を伝うのがわかると堰を切ったように溢れ出す。嗚咽を漏らしているとドアベルが鳴り、誰かが入ってくる気配がした。
「あら?電気も付けずにどうしたのかしら?」
 聞き覚えのある声と共に店内が明るくなる。誰かが電気を付けたようだ。顔を上げると、そこには見覚えのある男性二人、あの時計店の男たちと、真っ赤なドレスのような服を着た金髪碧眼の女性が立っていた。
 女性は微笑みながら入り口近くのテーブル席に座った。男性二人は、その女性を護るかのようにすぐ近くに立つ。ああ、この女性が時計店たちのボスか。その光景を茫然と眺めていた私に彼女は声を掛けた。
「アップルティーはありまして?私、喉が渇いてしまって」
 その声にハッと我に帰ると慌てて返事をした。
「あ、はい!ただいまお持ちします!」
 急いで準備に取り掛かる私の背中を見ながら彼女は呟いた。
「なるほどね」

 数分後、カップに入った紅茶を持ってきた私を彼女がまじまじと見つめてきたので居心地の悪さを感じる。その視線に耐えかねて思わず聞いてしまった。
「あ、あの……私の顔に何か付いていますか……?」
 すると、彼女はにっこりと微笑んで答える。
「いいえ、何もついていないわ。今はね」
 意味深な言葉に背筋がゾクリとした。どういう意味だろうと思っている間に彼女の視線は再びこちらに向けられる。まるで品定めされているかのような気分だった。
 しばらくした後、満足したのか笑顔に戻ると口を開いた。
「さて、本題に入りましょうか。あの子がいなくなったそうね」
 唐突に切り出された話に動揺しつつも何とか頷くことができた。
 
 それからしどろもどろになりながら事情を説明した後で頭を下げる。
「お願いします、翼ちゃんを探してください……!」
 必死に懇願する私を見て彼女はくすくすと笑った後で言った。
「ええ、構わないわよ。だって、元々探していたんですもの。それより、あなたはどうしてあの子を探したいの?」
 質問の意図がわからず困惑していると、更に続けて言ってきた。
「あなた、あの子の顔や声が思い出せて?」
 そう言われて翼ちゃんと猫ちゃんの顔を思い出そうとするが、全く思い出せない自分に驚く。えっ、何故!?必死に思い出そうとするが、何一つとして頭に浮かんでこなかった。
 困惑する私に彼女は追い打ちをかけるように言う。
「猫のある猫の守護神。その神の力が何なのかご存じないみたいね?」
「……猫のある猫の守護神……!?」

 それは怪盗ウイングキャットのシンボルになっているもの。そして翼ちゃんが魔力を供給している神様。その神様の力?それがどうかしたのだろうか?そう思っていると、彼女は言葉を続けた。
「魅了よ。あの子は魅了した相手を操れる力を持っているの。あなたも例外ではないようね」
 魅了されてた?私が翼ちゃんに?そんな馬鹿な……。信じられない!そう思いながら彼女を見ると、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「信じられなくて当然よね。でも本当なのよ。ほら……」
 そう言いながらパチンと指を鳴らすと、まるで頭の中に掛かっていた靄が晴れたかのような不思議な感覚が襲う。それと同時に、今まで二人と過ごした日々が色褪せていくような感じがした。
 あれ?何で私は二人を探そうとしてたのだろう?彼女たちはもうここに用が無くなったから出て行っただけなのに、何を必死になってるんだ……? 彼女たちとの付き合いは、ほんの一か月程。私は、なんでこんなに固執しているんだ?ただの手伝いだったろう?
 頭を抱える私に彼女は声を掛ける。
「貴方の頭に残っていた魔力を晴らしてあげたの。どう?魅了から解放された気分は?」
 そんなはずは無いと思いつつも、頭の中ではその言葉が正しいことを認識する自分がいることに気づく。これは、本当に頭がおかしくなっているのか?それとも本当に彼女に記憶を書き換えられたのか?わからない、わからないけど一つだけ言えることがあるとすれば、私はもう彼女たちを探す気がなくなってしまったということだ。

 放心状態の私を尻目に、彼女は席を立つと出口に向かって歩いていく。その後を二人の男性が付き従っていた。
 店を出る直前にこちらを振り返ると、微笑みを浮かべながら別れの言葉を告げた。
「それじゃあ、さようなら。もう会うことは無いでしょうけどね。彼女はこちらで探しておくわ」
 そう言って店を出て行く彼女を見送ると、私はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
 呆然としたまま店内の時計を見上げると、針は夜の12時を指していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

コントな文学『カラダ目当ての女』

岩崎史奇(コント文学作家)
大衆娯楽
会いたくなったから深夜でも・・・

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

風船ガール 〜気球で目指す、宇宙の渚〜

嶌田あき
青春
 高校生の澪は、天文部の唯一の部員。廃部が決まった矢先、亡き姉から暗号めいたメールを受け取る。その謎を解く中で、姉が6年前に飛ばした高高度気球が見つかった。卒業式に風船を飛ばすと、1番高く上がった生徒の願いが叶うというジンクスがあり、姉はその風船で何かを願ったらしい。  完璧な姉への憧れと、自分へのコンプレックスを抱える澪。澪が想いを寄せる羽合先生は、姉の恋人でもあったのだ。仲間との絆に支えられ、トラブルに立ち向かいながら、澪は前へ進む。父から知らされる姉の死因。澪は姉の叶えられなかった「宇宙の渚」に挑むことをついに決意した。  そして卒業式当日、亡き姉への想いを胸に『風船ガール』は、宇宙の渚を目指して気球を打ち上げたーー。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...