怪盗ウイングキャット ~季節の花ジャムを添えて~

モブ

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 恐らく非常電源に切り替えたのだろう。ほどなくして明かりがついた。ざわついていた周囲も落ち着きを取り戻していった。
 このレストランでは、ほんの少しの間、停電したってだけのことだ。既に他のお客は何もなかったかのように食事を続けているし、店員も慌てた様子はない。何事も無かったように振る舞っている感じだ。
 ただし、宝石展示会ではどうだろうか?
 停電が明けると、頑丈に施錠されていたケースの中に展示していた宝石が偽物とすり替えられていて、その傍らに宝石は「怪盗ウイングキャット」と書かれたカードが置かれていたら。
 きっと大騒ぎになるだろう。警察も来るだろう。でも、指紋も見つからないし、防犯カメラにも何も映っていない。宝石を持っている入場客もいない。何の証拠も出てこない。
 実際は宝石があらかじめすり替えられていて、停電の隙をついてスタッフがケースの隙間からカードを差し込んだだけなんだけどね。

 その後、食事を楽しんだ私達はビルを後にした。ピアノのお礼だと言ってランチ代は結構ですと言われたので、ありがたくご馳走になることにしたのだった。
 店を出るときに、隣の建物の屋上とつながってるガーデンに何人か警察が来て調べていた。どうやらちゃんと怪盗は騒ぎになってくれたようだ。
 もうここに用はない。
「これからどうする?もう帰るかい?」
 と聞くと二人とも頷いたので、私達三人は帰路につくことになった。
 遠回りになるが、帰り際にあの宝石展の建物があるを通ることにした。周りには人だかりが出来ていて、警官も慌ただしく動いているのが見える。
そんな光景を横目に通り過ぎていった。

 翼ちゃん達のマンションについて一段落、かと思ったが、猫ちゃんが魔力を抜き取った宝石を持ってまた外に出かけてしまった。私は翼ちゃんと一緒にソファーに座って紅茶を飲んでくつろいだ。
「猫ちゃんはどこにいったの?もう仕事は終わりだろう?」
 私は気になったことを聞いてみた。
「宝石を持ち主に送り付けるんだよ。送り元が特定されないようにね」
「そうなんだ」
「現物さえ戻れば警察は本気を出して調べないからね。持ち主も事を荒立てたくないだろうしさ。さっさと返しちゃうのが一番なんだよ」
 なるほど。せっかく盗んだ物を返却するなんて普通は考えられないことだけれど、私たちは別に宝石が欲しいわけじゃないからね。魔力が回収出来て、ウイングキャットを広められれば目的は達成するのだから。

 しばらく待つと猫ちゃんが戻ってきた。
「ただいま!」「おかえりー」
「猫ちゃん、おかえり。お疲れさまでした」
 私は労いの言葉をかけると、猫ちゃんは嬉しそうに笑ってソファーに座り込んだ。
「おつかれ!おじさん、初怪盗はどうだった?」
「実感はないかなあ。私は特に何もしてないからね」
「まあ、こんなもんだよ。怪盗と言っても実際に忍び込んで盗むなんて事、ほどんどやらないからね。情報と手回しが全てだよ」
「猫ちゃんは最初見たとき忍び込んでたけどね」
 私がそう言うと猫ちゃんはそっぽを向いて口笛を吹き始めた。
「とにかくさ、これで一段落ついたね」
 いつの間にか離れていた翼ちゃんが紅茶を入れてきて猫ちゃんに渡した。それを美味しそうに飲みながら猫ちゃんが言う。
「じゃあ、打ち上げ、やろっか!」「うん。やろう」

 二人はキッチンの方に向かっていった。しばらくすると何か焼いているのか甘い香りが漂ってきた。私はと言うとスマホでニュースサイトをチェックしながら待つことにした。まだ宝石展示会の事はニュースになっていなかった。
 さすがにまだ数時間しか経っていないから当然と言えば当然だが……もう少ししたら出てくるかな?などと考えているうちに良い匂いがしてきた。どうやら出来上がったようだ。
 二人が皿を手に持って戻ってくる。お皿の上には大きなパンケーキが載っていた。その上にバターが乗せられメープルシロップがかけられている。さらに生クリームが添えられており、イチゴやブルーベリーといったフルーツが盛り付けられていた。
「お待たせ!」「一人一個ね」
 テーブルに並べられる大きなパンケーキ。全部で三つ。見た目にも美味しそうなそれは確かに甘いもの好きならたまらないだろうと思うほどの出来栄えだった。ただ一つだけ問題があるとすれば量が多すぎるということだ。とてもじゃないけど、私じゃ食べきることが出来ない。
「これは、私には無理だよ。多すぎる」
 私が言うと、二人は顔を見合わる。
「……おじさんって小食なんだね」「だから言ったじゃん」
「いや、申し訳ない。年を取るとどうしても体が受け付けなくって」
 私が謝ると、猫ちゃんはため息をついた後、こう提案した。
「仕方ないから私が手伝ってあげるよ」
 猫ちゃんはナイフで私の分のパンケーキを四分割に切り分ける。そして一切れを自分の皿にのせた。
「じゃあ、私も」
 そう言うと翼ちゃんも一切れ持って行く。半分の量になった。これなら何とか食べきれるかも……。
「ありがとう。いただくよ」
 突然始まった打ち上げパンケーキパーティーは、空が暗くなる時間まで続けられた。
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