怪盗ウイングキャット ~季節の花ジャムを添えて~

モブ

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 翌日、開店の準備をしていると、猫ちゃんがやって来た。今日は早いなあ。そう思いながら彼女を迎える。
「おはよー!おじさん!」
「おはよう、猫ちゃん」
 元気に挨拶を返す彼女に笑顔で返す。すると彼女はこう言ってきた。
「ねえ、おじさん、昨日の話なんだけど……」
「ん?どうしたの?」
「私たちの世界から来た人が探りを入れてるって話。あれから二人で考えてみたんだけどさ、あれって翼のお姉ちゃんなんじゃないかな?」
 私は思わず息を飲んだ。まさか、私と同じことを考えていたなんて。驚いた私に構わず猫ちゃんは続ける。
「おじさんの話聞いてたらさ、やっぱり私たちの世界から来たとしか思えないんだよね。それに、わざわざ私たちを探ってたんでしょ?だから、翼のお姉ちゃんなのかなあって……」
 そこまで言ったところで猫ちゃんは急に黙り込んだ。どうしたんだろうと思って見ていると彼女は小さくつぶやく。

「おじさん……誰か、見てる」
「え?」
 驚いていると猫ちゃんが私の腕を掴んできて、やや強引にカウンターの奥にあるパソコンの部屋に引っ張ってこられた。
「ちょ、ちょっと、猫ちゃん?」「静かに!」
 猫ちゃんは部屋の戸をわずかに開けて鋭い目線で隙間の外を睨みつける。
「男が1人。魔力反応なし。こっちの世界の人間だね」
 小声で囁くように彼女が言う。どうやら外に誰かがいるようだ。しかも、私たちを監視している人間が……。このまま放っておくわけにもいかないし、かといってどうしたらいいのか……。悩んでも仕方ないし、もういっそこちらから行っちゃおうか。
「猫ちゃん。その男の人ってどの辺にいるの?」
「店から右側の十字路の角。まだいるよ」
「わかった。ちょっと行ってくるよ」
 そう言って私は立ち上がった。
「えっ?!おじさん、危ないよ!」
「大丈夫、任せておいてよ」
 不安そうな顔をする猫ちゃんを置いて、そっと部屋を出る。大丈夫。日本はそれなりに安全な国だ。朝っぱらから人通りがそこそこあるこの通りで、そうそう何か起こるはずがない。
 ゆっくりと店を出て男のいると言われた所に向かう。向こうはこちらに気付いたようで慌てて逃げようとした。男が動いたのでやっと私にも居るのが確認できた。

「待ってください!」
 私は大声で呼びかける。男は立ち止まりこちらを振り向いた。年齢は20代後半くらいだろうか?スーツ姿の細身の男性だ。彼は困ったような顔でこちらを見ていた。
「あの、何か御用ですか?」
「いえ、うちの店にご用がおありのようでしたので……昨日もいましたよね?」
 私がそう言うと男はますます困った顔になった。
「あー、見られてましたか……」
「はい、それで、どういったご用件でしょうか?」
「えーと、それはですね……」
 言い淀む男に優しく話しかける。
「大丈夫です。ここでのことは誰にも話しませんし、警察に通報するつもりもありません。ただ、お話しを聞かせて頂けないかなと思いまして……」
「そうですか……」
 男はホッとした表情を見せた後、こう言った。
「では、お店の中でお話させて頂いてもいいですか?あまり外でするような話でも無いので……」
「……わかりました」

 私たちは店の中に戻り、テーブル席に向かい合って座った。猫ちゃんが心配そうな顔でこちらを見ている。大丈夫だと合図を送ると、彼女も頷いてくれた。
「さて、何から話したらいいものか……」
「そうですね、まずは自己紹介しましょうか。僕はこういうものです」
 そう言って黒い手帳を開いて見せる。そこには警察のシンボルマークがあった。その上に巡査部長の文字と顔写真。そこに映っているのは確かに目の前の男の顔だ。
「角筈(つのはず)警察署の本橋 通(もとはし とおる)と言います」
「あー、警察の方でしたか」
「ええ、まあ」
 そう言って照れ臭そうに笑う。
「それで、警察の人がうちになんの御用なんでしょうか?」
「実は、最近この辺りで窃盗事件がありましてね、その捜査をしているんです」
「はあ、そうなんですか。それがうちの店を監視することと何の関係が?」
「ああ、すみません。先にそちらの説明が先ですよね」
 そう言って本橋はポケットメモ帳を取り出し、間に挟んであった写真を二枚見せる。そこに写っていたのは見覚えのある人物だった。

「この男性はご存知ですか?」
「ええ、知ってますけど……。でもこの人って……えっ?」
 驚いて写真を二度見する。間違いない。この顔はうちの店に何度か来ていた刑事さんだ。でもなんで?同じ警察の人でしょ?驚きを隠せない私に本橋は説明してくれた。
「この男、梶本 雄介(かじもと ゆうすけ)と大久保 明道(おおくぼ あけみち)は、連続窃盗事件の容疑者として指名手配されています。それで、この店に出入りするところを見たという目撃情報があったので、監視していたんですよ」
「えっ?!でも、この人たち、刑事じゃなかったんですか?だって、何度もここに来てたし……窃盗事件の聞き込みだって言ってましたし……それに警察手帳も見ましたよ?!」
 驚く私に、本橋は落ち着いた声で答えた。
「当時の状況を詳しく教えていただけませんか?思い出せることだけで構いません」
 そう言われて私は思い出しながら話す。最初は店に来てコーヒーを注文して、それから盗難事件の調査をしていると言って手帳を見せてくれたこと。それから何回か二人で店に来た事。カウンターに飾ってある絵画を見て感心してたこと。それ以降店に来ていない事。それらを全て話した。

「なるほど、よく分かりました。ありがとうございます」
 そう言って頭を下げる彼に私は尋ねた。
「つまり、あの人たちは本物の警察じゃなかったってことですか?そうは見えなかったのですが……」
「ええ、違いますね。まず警察関係の人間なら仕事中に客として喫茶店に入ることは無いです。仕事外で客として喫茶店に入ったのなら事件の聞き込みなんてしません。手帳を見せて来たと言いましたが、ちゃんと確認しましたか?こうやって開きました?」
 そう言いながら本橋は自分の警察手帳を広げて見せた。確かに最初自己紹介の時にも開いて見せていた。あの二人の時はどうだったかなあ……?表紙だけ見せて中は開いていなかったような気がする。
「そういわれると見てない気がします……」
「そうです、彼らは刑事ではありません。おそらく、刑事になりすましていたんでしょう。まあ、一般の方はあまりこういう経験はないでしょうから、わからないのも無理はありませんが」
 そう言って苦笑する彼を見ながら、私も苦笑した。確かにこれまでの人生で刑事さんと直接話す事なんてほとんど無いもんなあ……。そんな事を考えていると、彼は時計を見て立ち上がる。
「それでは、僕はこれで失礼します。お時間ありがとうございました」
 そう言って本橋は店を出て行った。奥に隠れていた猫ちゃんがこちらに来て言った。
「ねえ、おじさん。もう開店時間過ぎてる」
 私は急いで店を開けた。
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