怪盗ウイングキャット ~季節の花ジャムを添えて~

モブ

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 牛丼のチェーン店で盛りそばを食べて自宅に戻り一息つく。午後からはどうしようか?今まで休日と言ったら疲れ果てて寝ることくらいしか無かったのだが、喫茶店を始めてこんなに時間が有り余ると何をしていいかわからなくなる。あの喫茶店は夕方には閉店するので一日の労働時間も10時間程度と短く、なんと一週間に一度必ず休めてしまう。夢のような環境だ。
 とはいえ何もしないのも勿体ないしなあ……仕方ない、本屋にでも行くか。私は身支度を整え家を出た。

 歩くこと数十分、駅前にある大型書店に到着した。今はどんな小説が主流なのだろうか?そんなことを考えながら適当にぶらぶらしていると、ふと目に止まったものがあった。料理の本だ。
 超有名動画配信者同士の料理対決。究極 vs. 至高というタイトルだ。面白そうなので手に取ってみた。パラパラとめくり内容を確認してみる。ふむ、なかなか美味しそうじゃないか。私も一応飲食店の店長だしメニュー開発とかも後々するかもしれない。購入しようかと思ったところに聞き覚えのある声が話しかけてきた。
「あれ、おじさん?」
 見るとそこには翼ちゃんが立っていた。今日は可愛らしいワンピース姿だ。
「やあ、奇遇だね」
「そうだね、こんなところで会うなんて珍しいね」
「今日はどうしたの?」
「ちょっと用事があってこの辺に来てたんだ。おじさんは?」
「暇つぶしに本でも読もうかと思って来たんだ」
「そうなんだー」そう言って私の持っている本を覗いてきた。
「あ、これ知ってるよ!確か結構前にやってたやつだよね!この人の完全究極体グレートTKGっていうレシピがすごい人気なんだよ!」
 嬉しそうに教えてくれる彼女を見て微笑ましい気持ちになる。
「へー、そうなんだ。その完全グレートTKG?ってどんな料理なんだ?」
「えっとね、ご飯に生卵入れてかき混ぜたやつ」
「……それってただの卵かけご飯じゃないの?」
「全然違うよ。卵白と卵黄、それと近代調味料を真空低温調理法で調理することで従来のTKGを遥かに超えた味になってるんだよ」
「そ、そうなんだ……」
 なんだかよくわからなくなってきた。今の卵かけご飯ってすごいんだな。
「おじさん、この本買うの?」
「ああ、買おうか迷ってるんだけど……」
「じゃあ私が買ってあげるよ!」
 そういうや否や私の手からさっと取り上げてそのままレジに向かう。返事をする暇も無い。この速さが若さか……。私はおとなしく待つことにしたのだった。
 5分ほどして彼女は戻ってきた。手には袋を持っている。中にはさっき買った本が入ってるんだろう。
「はい、どうぞ」笑顔で渡してくる彼女にお礼を言って受け取る。
「ありがとう、いくらだった?」財布を取り出しながら聞くと、彼女は首を横に振った。
「いいよ、これくらい私が払うから!」
「いや、それはさすがに悪いよ」
「いいの、私が買いたくて買ったんだから気にしないで。おじさんにはお世話になってるんだからさ、こういう時くらい頼ってほしいな」
 そう言われると何も言えない。まあ、今回はお言葉に甘えることにしよう。
「わかった、それじゃあ、ありがたく奢られておくことにするよ。ごちそうさまでした」
 お辞儀をすると彼女は満足そうに頷いたのだった。
「そういえば翼ちゃんははなんでここに居たんだい?買い物?」
 そう聞いてみると彼女はハッとした顔になった。
「そうだった。ごめんね、私そろそろ行かなきゃ。またねー」
 そう言って慌てて行ってしまった。何か用事があったのだろうか?まあ、彼女のことだし何かあれば連絡をくれるだろう。そう思い、私は家に帰ることにした。

 翌日、喫茶店の開店準備終えてカップを磨いていたら、コーヒー用のカップの取っ手になにやら赤いものが付着してるのを見つけた。何だろうと思い布で強く擦ってみたが全然落ちない。口紅とかでは無いな。血でもなさそう。なんだこれ?
 使うわけにもいかないし、後で捨てておこうと思い、とりあえず透明なビニール袋に入れてパソコンのある部屋に置いておいた。

 開店してからしばらく経った頃、カランコロンとドアベルが鳴り来客を告げる。
「いらっしゃいませ」
 入ってきたのは常連客の一人、30代くらいの男性だ。この時間に来るのは珍しいなと思いながら接客をする。彼はカフェオレを注文すると、おもむろに口を開いた。
「マスターさん、実はお話したいことがあるのですけど……」
「はい、なんでしょう?」
「この店を監視してるっぽい人がいるんですけど、ご存じでしたか?」
 思わず固まる私。監視?何の話だ?全く心当たりがない。
「えっ、どういうことですか?」
「店内からだと確認出来ないんですけど、この店を出て右の十字路。そこの電信柱の影からこちらを伺っている若い男性がいるんですよね。あ、見ないで下さい。気付かれますよ」
 咄嗟に言われた方を確認しようとしたところを止められる。危ないところだった。
「変質者か何かでかね?ほら、ここって可愛い店員さんがいるじゃないですか。警察に連絡した方がいいかもしれませんよ」
「なるほど。ありがとうございます」
 常連の男性はカフェオレを飲み干して会計しようとしたので、それを制す。
「いえ、今回はサービスさせてください。ありがとうございました」
 そう言って彼を見送る。とりあえず警察に連絡する前に翼ちゃんに連絡してみよう。
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