怪盗ウイングキャット ~季節の花ジャムを添えて~

モブ

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 すっかり冷めた紅茶を飲み干した。もう一杯入れてくるという翼ちゃんに断りを入れて、猫ちゃんの話を聞くことにする。
「実はね、私たちの仲間の一人が行方不明になってるの」
「行方不明?」思わず聞き返すと彼女は頷いた。
「うん。翼のお姉さんでね。こっちではなんて名乗ってるかわからないんだけど……」
「えっ、翼ちゃんのおねえさん?というか名前がわからない?どういうこと??」
「私たちの名前ってこっちの世界だと使えないんだよ。聞き取れないし発音も独特でさ」
「じゃあ、君たちの名前って……」
「偽名だよ。私の本名はqawsedrftgyhujikolp。翼ちゃんはazsxdcfvgbhnjmk。どう、わからないでしょ?」
 確かにわからない。全くもって意味不明だ。
 そこにティーポットを持った翼ちゃんが戻ってきて空になったカップに新しい紅茶を注いでくれる。
「ありがとう」
「どういたしまして~」笑顔で答える翼ちゃん。
「翼、今日はもう疲れたでしょ?先に休んでていいよ」
「そうする。ありがと~」
 そういってリビングの奥に消えていった。

「翼ちゃん、体調でも悪いのか?まだ早い時間だけど、こんな時間からもう寝ちゃうなんて……」
 腕時計で時間を確認すると午後8時を少し回ったところだった。
「あー、その辺のところも後で説明するよ」猫ちゃんは話を続ける。
「ということで、私たちの仲間の一人で名前もわからない人がいて、その人の行方を捜しているのよ」
「なるほど……それで手がかりとかはないの?」
「こっちの世界に来ていて、生存してるってことはわかってるんだけど、今どこにいるのかまではわからないんだよね……」
「そっか……」
 どうしたものかと考えていると猫ちゃんが話しかけてきた。
「それでさ。私たちのいた町に守り神がいるのね。黒い猫と白い猫、それぞれ片方づつ翼が生えてる。そんな見た目の神様」
 そういってカードを差し出す。前に見た名刺だ。『怪盗ウイングキャット』と書いてあって、よく見ると右下に片翼の白と黒の猫が描かれている。
「これが守り神?」
 私が聞くと彼女は答えた。
「そう。ウイングキャット。私たちの町の守り神」
「ああ、つまり君たちの名前と怪盗名はこの守り神からきてるんだね」
「そのとおり。翼のお姉さんの足取りが掴めないから、向こうから探しに来てもらおうとしてるの。それが怪盗ウイングキャットの目的の一つ」
「なるほどね……目的の一つ?他にもあるの?」
「うん。目的はもう一つある。魔力の回収」
「魔力?それってゲームとかファンタジーによくある魔法を使うときに必要なあれのこと?」
「そうそう。よく知ってるじゃん。その魔力が無いとね。翼が死んじゃうの」
「翼ちゃんが死ぬ?どういう意味だい?」
「翼はね、えーっと、この世界でいうところの巫女?御使い?とにかく神様に仕えてる人って言えばわかるかな?」
「ああ、まあイメージはつくかな」
「それでね。その神様に魔力をすこしづつ送ってるの。そのせいで翼が活動するのに必要な魔力が足りてない状態なわけ。すぐにどうにかなるわけじゃないけど、放っておくとそのうち動けなくなる」
「そ、それはまずいんじゃないか?!どうすればいい?なんでも言ってくれ!」
 慌てて立ち上がる私を手で制して猫ちゃんは言った。
「だから今すぐどうこうなるって話じゃないってば。この世界は私たちがいたところと違って魔力がそこら中にあるわけじゃないの」
「そうなのかい?」
「一番魔力が多いのは美術品かな。絵画とか宝石とか。あと古い発掘物とかにも魔力が籠ってることがあるね」
「そういうものなのか……じゃあ、怪盗に盗まれたものがすぐに帰ってっ来るってのは、魔力を抜いて返してるってことか」
「そうそう!って、おじさん知ってたの?」
「まあ、パソコンがあれば世界中の情報が手に入るからね。それなりに調べてるよ」
「そうなんだ。じゃあ話は早い!要するに私たちがやってるのは、ウイングキャットの名前を広めつつ魔力を回収してるってこと」
「そういうことだったのか……納得したよ」
「おじさん、こんな話信じてくれるの?」
「そりゃあ信じるよ。全部本当の事だろう?」
「そうだね……」
 猫ちゃんは少し嬉しそうな顔で言った。そして話題を変えるように明るい声で言う。
「ありがとう、おじさん!これからもよろしくね!」
「こちらこそよろしく!」
 そう言って握手を交わす二人だった。

 翌日、私はいつものように喫茶店の開店準備をしていた。
「よし、準備完了っと」
「おじさん、おはよう~」
 そう言いながら翼ちゃんが喫茶店に入ってきた。
「やあ、おはよう」
 挨拶を返すと彼女が話しかけてきた。
「ねえ、おじさん。猫と一緒にお出かけするから今日はお店、一人で頑張ってね」
「わかったよ。いってらっしゃい」
「いってきまーす」
 手をひらひら振りながら店を出て行こうとする彼女だったが、途中で立ち止まり、こちらに振り返った。
「あっ、そうだ。おじさん」
「ん?なんだい?」聞き返す私に彼女は言った。
「仲間になってくれて、おりがと~」
 そう言い残し、今度こそ出て行った。一人残された私は呟く。
「やっぱり、あの子、いい子だなあ」

 翼ちゃんが言ってから一時間ほど経っただろうか。本日初めてのお客様が来店した。昨日も来ていた刑事の二人組だ。
「マスター、コーヒーをブラックで。二つお願いします」小柄でがっちりした方が注文してきた。長身の方は奥の窓際に座る。
「かしこまりました」
 コーヒーの準備を始める私を横目に彼らは何やら話し込んでいた。盗み聞きするつもりは無かったのだが聞こえてしまったのでつい耳を傾けてしまう。
「それで、どうでした?」
「だめだ。やはり空振りだった」
「そうですか……」どうやら事件について調べているようだった。
「そっちは?」長身の方が聞く。
「こっちも駄目でした。怪しい人物は見つかりませんね」
「目撃情報もいないということか……だが、まだ諦めるには早い。もう少し捜査を続けようと思う」
「・・・そうですね」
 しばらく会話した後、二人は帰っていった。あのゲームセンターの雑居ビルのことをしらべているのだろうか?でも猫ちゃんの話だと盗んだものはすぐに返しているはず。別の事件なのか?後で二人に話した方がいいかもな。

 その後も何人かお客様が来たが特に何事もなく一日の営業が終わった。閉店作業を終えた後、カウンターで一休みしているとドアベルの音がした。
「いらっしゃいませ」見ると猫ちゃんと翼ちゃんだった。
「お疲れさま、二人とも」声をかけると、二人が返事をした。
「お疲れ~」「お疲れ様です!」
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