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2章

第81話 戦いへ

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「準備は整った?」

「はい」

 昨日までとは違い、街中がそわそわした雰囲気。
 外からも、甲冑を着た人や武器を持った人が早足で南の方へと向かっていく。

「じゃあ、行ってくるよ」

「いってらっしゃい。二人とも、無理はしないでね」

 マリーさんが心配そうな表情で手を振って見送ってくれた。

 そして俺とウィンはドアを開けて外へ。
 魔物が待っている南にある場所へと向かっていく。




 どうしてこんなことになったのか、事の発端は今朝にさかのぼる。
 朝早い時間帯。広い食堂に集まってウィンの家族たちと食事をとる。

 黒っぽくて酸っぱいパンと、フィッシュアンドチップス。
 机の中央には、大きめの瓶。中に取り出しようのスプーンと濃い茶色をしたクリーム状の物が置いてあった。

「あれがマーマイトです」

 ウィンの言葉に、ピクリと震える。噂に聞いたあれか。
 とはいえ、それ以外にパンに塗るものが無い以上仕方がない。

 経験上、この黒いパンは酸っぱくてぼそぼそしている。何も塗らずに食べるのはきついし、なによりせっかく出してくれたのだからいただかなくては失礼になる。

 両親やウィンの兄妹がマーマイトを塗り終えた後、その瓶を手に取り、マーマイトを俺とウィンのパンに塗る。

 そして、食事が始まった。
 味は、やはり微妙だ。酸っぱい味のするパンに、塩辛いマーマイト。
 フィッシュアンドチップスは、そこそこといった所。

 この中では、一番まともな味。とはいえごちそうなってもらっている身。贅沢は言っていられない。

 何とか口に入れる。
 ……こんな食事、毎日続けたら精神がおかしくなりそうだ。

 両親は、俺達と決して目を合わせない。けげんな表情で、黙ってマーマイトをパンに塗りたくっている。

 他の兄妹たちも、あまり会話をしない。時折仕事の内容っぽい会話をするだけ。
 何というか、雰囲気が良くない。関係が、冷え切っているのだろうか。

 そんな気まずい、まずい食事をしている最中に事件は起こった。
 入口の扉がバンと開く。

「緊急事態です」

 やって来たのは、薄汚れた、灰色の甲冑を着た兵士の人。
 額に汗をかいていて、軽く息切れしていた。ここまで、走ってきたというのがなんとなくわかる。

「チッ──なんだ貴様、こんな時に」

 ラデックが舌打ちをして、明らかに不機嫌そうに質問をする。

「魔王軍です。どす黒い力に包まれて、でっかい化け物と、兵士みたいなやつが町の南に現れました。こっちに向かってきます」

「なんだよこんな時に。今、どうなってる?」

「近くにいた冒険者が応戦しましたが、全く歯が立たず増援が欲しいとのことです」

「何よもう。使えないわねぇ~~」

「仕方ない。冒険者達をありったけ動員しろ。わかったな」

 こんな時に、一大事。ついてないというか──。
 巨大な化け物ということは、強い魔力がある可能性がある。タツワナ王国の冒険者達のレベルは分からないが、苦戦は必至だ。

 ラデックに視線を向ける。

「私も行きます」

「そうか、不本意だが今は一人でも多くの人出が欲しい。頼むぞ」

 そして、俺がウィンに話しかけようとしたとき、ウィンが恐る恐る口を開いた。

「私も、行きます……」

 声が、ちょっと震えている。トラウマの中、勇気を出して言ったというのがわかる。
 慌ててウィンの肩を掴んで留めようとする。

「慌てないで。強い敵なんだ。おとなしくしていて。俺が、何とかするから」

 確かに昨日戦うと決意をした。しかし順序というものがある。いきなり強い敵と戦っても、うまくいくとは思えない。段階を踏まないと──。
 しかし、ウィンはひるまない。

「いいんです。故郷の危機ですから、私だって戦いたいです。それに──私だって、いつまでもこのままじゃ嫌です。ガルド様が戦うなら、私だって戦いたいです。お願いします」

 強気な口調で、じっと見つめてくる。恐らく、覚悟を決めているのだろう。
 たぶん、なんて言っても気持ちが変わることはない。

 それに、戦地に赴いたからといっても必ず戦わなきゃいけないわけじゃ無い。
 雰囲気を思い出させることも、大事なことの一つだと思う。

 ウィンの頭を優しくなでて、言葉を返す。

「わかった、期待してるよ」

「ありがとうございます」

「ウィン、頼むぞ」

 両親も、今回ばかりは応援してくれている。
 何とか、両親の期待にこたえられるようにしたい。


 そして、俺とウィンはこの場を後にしていった。

「みなさん、行ってきます」

 向うのは冒険者達が向かっている南の方。
 歩きながら、ウィンがひそひそと話し掛けてくる。

「ガルド様──場所とかわかるのですか?」

「わからない」

 ウィンの質問に、苦笑いをして答えた。

「ここ、俺も来たことが無い。ギルドに、知り合いがいるわけでもない。それに急いでる状況。それなら探してから行くよりも他の人達についていった方がいいと思ってね」

「そうなんですか──」

 とはいえ、万が一ということもある。ちょっと情報を聞くくらいのことはしておいた方がいい。

 周囲をキョロキョロと捜して、誰かいないか探す。
 ちょっと後ろに、剣を持っていて、小ぎれいな印象の人がこっちに向かって歩いてきているのを確認。

 恐らく冒険者だ。
 ちょっと振り返って聞いてみる。

「すいません、場所ってわかりますか?」

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