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2章

無名戦士の墓

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 今年も、この日がやってきた。
 土砂降りともいえる雨の中。ゴォン──ゴォン─という鐘の音が鳴る。

 ローラシア王国との国境付近にある草原地帯。

 地平線が見渡せる広々とした平野の中に、十字架があった。
 鋼鉄の重々しい雰囲気、まるでその十字架の下に眠る魂の感情を表しているかのように。


 遠くにあるハイネス山脈を見つめていると、背後から誰かが話しかけてきた。

「ノーデン様。魔王様がお見えになられます」

「わかりました」

「しかしノーデン様はいつみても美しゅうございます。モデルのような、すらりとした体系。純白ともいえる白髪の、整った髪。そして、青白い瞳──わが領土でも、世界一美しいと評判ですぞ」

「ありがとうございます」

 にやりとした笑みでお世辞を言ってきたのは魔王軍幹部の一人、ゾイガ―。
 吊り上がった目つき、筋肉質な肉体。焦げ茶色で、猛獣のような牙を持つ獣人のような姿をした男だ。

「しかし、私は魔王様に愛をささげると決めた身。あまりそういった目つきで見ないよう配下たちのもお伝えくださいます」

「それは皆、ご理解しています。しかし、理性では理解していてもノーデン様に惹かれるものが後を後を絶たないのでしてね──」

「ありがとうございます」

 こいつは外見に似合わず、お世辞がうまく周囲に取り入るのがうまい。こうやって自分の派閥を作って勢力を拡大してきた事実がある。あまり口車に乗らないよう、適度な距離感をもって接していきたい。

「魔王様は──準備はできていますか?」

 やってきたのは黒い身体をした魔族の兵士。私は──仮にも魔王様の妻。魔王様の威厳を損ねないように落ち着いて対応せねば。


「おそらく大丈夫です。もう少しで来る予定です。あいにくですが、雨は強いです。体調を崩さないこと、失礼の無いよう対応すること。よろしいですね?」

「了解しました」

 配下の魔物2人は、敬礼をした後この場を去っていった。そう、あいにくの大雨。それでも、帝国にとって重要な日にち、重要な時間。失礼に当たることは絶対に許されない。

 今日でなくてはだめなのかと私や家臣たちは、日を改めたほうが良いと進言したが魔王様は聞き入れなかった。

「ダメだ。今日でなければ意味がない。理由はわかるな?」

「終戦記念日、だからですね?」

「そうだ」

 そのとき魔王様は、伍長という小隊長クラスの身。しかし、それゆえに悲惨な戦いや戦場の状況。そして、仲間たちが次々と戦死していく姿。

 特に、人間たちの正義の元に醜い者たちを次々と虐殺していく姿は今も心に刻み付けられ、今も仲間たちが人間たちに殺されていく姿が夢に出てくると聞いている。
 成り上がった。成り上がって、人間たちから見捨てられた人たちをかき集めた。

 確かに人間たちには殺戮を繰り返したかもしれないし、殺しをした以上彼らには私達魔王軍たちを攻撃する権利はある。
 でも同じように、私達だって攻撃を仕掛けてきた相手を憎み、戦いを続ける権利は十分にあると思う。
 私達魔王軍と人間たちが総力戦で戦った世界最大の決戦。
 ここはそこでも1番の激戦地とされ、この血一帯が血に染まった。


 この戦いで私達魔王側は200万の兵士や現地の国民たちがなくなったとされている。このせいで、若い男性が大量に戦死。歪んだ人口比が誕生し、今でもその影響を受けている。
 そんな、「祖国大戦争」の終戦記念日が今日だったのだ。
 魔王様は、そんな彼らの魂を鎮めるため、そして彼らの犠牲によって私たちの今の安寧があるということをわすれないために終戦記念日は必ずここで祈りをささげているのだ。

 私達を侵略者の人間から守るために兵士たちは自らの犠牲をいとわずに戦い続けた
 彼らの名前をすべて知っている物は誰もいない、名もなき英雄たち。それでも、私たちの国のために最後まで戦場で散っていったのだ。
 それでも彼らの血によってわれらの祖国と生活が成り立っていることを示している場所。
 通称無名戦士の墓。

 魔王軍最高幹部──ガタノゾーアやゾイガー、ハスターなどが墓場の前に立ち、魔王様が祈りをささげるのを待つ。

 あいにく──今日は大雨。土砂降りとも言っていい。ラングーンなどで小規模な戦闘が起こっていて決して情勢は安定していない。

 魔王様だって体調を悪くさせるわけにはいかない。そこは考慮しないと。
 そして、魔王様が馬車に乗ってやってきた。
 馬車から降りた魔王様に、傘を差す。灰色で筋肉質の肉体は、まるでオーラのように紫色に光っている。

 まがまがしい身体のフォルムに刻み付けられた数々の傷は、今まで死線を何度も潜り抜けてきた身であることを表していた。

「魔王様、おはようございます」

「「「おはようございます」」」

 姿が見えるなり、ここにいる全員が魔王様に向かって頭を下げる。
 さっきまでの雰囲気が、一気にピリッとしたものになった。


 そして、祈りの時間となった。

 まずは魔王様。私がさしていた大きな革製の傘から出て十字架の元へ。
 いけない、このままだと魔王様がずぶ濡れになってしまう。

 魔王様に持っていた傘を刺そうとしたその時だった。魔王様が私の傘を持っていた手の腕をつかんだ。

「魔王様。濡れてしまいます。体調を崩されてしまいますよ」

「いらぬ」

「しかし──」

「私達のために戦ってきた者たちは──雨の日でも傘など刺さなかった」
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