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第37話 この街の過去
しおりを挟むようやく六分咲きといった桜は、この場に集まった男たちの発する鋭い空気に当てられ、自ら存在を消そうとしているのではないか。
細い小道を通って庭に出た和彦は、ふとそんなことを考えてしまう。陳腐な表現だが、まるで映画やドラマを観ているようだった。つまりそれだけ、目の前で繰り広げられる光景に現実味がない。
立派な日本庭園だった。どれだけの手間と時間をかけて手入れしているのかは想像もつかないが、広々とした庭を覆う芝は青々としており、その庭をさらに彩るように桜の木々は薄ピンクの花をつけている。松やツゲの木もバランスよく配置され、この庭に出る途中には、ツツジやサツキといった樹木も植えられていた。桜の花が散ったあともさまざまな花が楽しめるよう、当然のように考えられているのだ。
招待客を誘導するために屋敷から庭へと赤絨毯が敷かれ、芝の青さも相まって、鮮烈に目に焼きつく。さらに、大きな赤い花がぽつぽつと咲いているかのように、野点傘が開いている。その下にテーブルとイスが置かれているのだ。
和やかなパーティーの光景――というには、庭にいる男たちは一様にダークスーツや紋付羽織袴を身につけており、息を呑むほど壮観だ。誰が見ても、単なる親睦団体の花見だとは思わないだろう。
この場にいる男たち全員が剣呑とした雰囲気をまとっており、明らかに一般人とは違う。荒んでいるわけでも、凄んでいるわけでもない。振る舞いはあくまで自然だが、それでも、見るものを畏怖させるだけの凄みがあるのだ。
一年近く、ヤクザと呼ばれる男たちと接してきて、慣れていたつもりの和彦でも足が竦む。ここにいる男たちは、ただのヤクザではない。それぞれがなんらかの修羅場を潜り抜け、汚すことのできない看板を背負いながら、組織を動かしている男たちなのだ。だからこそ総和会に選ばれ、この場に招かれた。
目につく色彩すべてが不吉なほど鮮やかで、それがますます和彦から現実味を奪っていく。唯一目に優しいのは、控えめに咲く桜の花ぐらいだ。
「――佐伯先生」
庭を支配する息苦しいほどの重圧に懸命に耐えていると、ふいに傍らから声をかけられる。ハッとして顔を向けると、和彦が無事に花見会に出席できるようにと、わざわざ総和会が世話係としてつけてくれた男が立っていた。
この庭に隣接する自然公園を、あくまで一般人を装いながら、男は和彦の護衛として傍らを歩き続け、今もこうして、案内役としての務めを果たしている。表を出歩くときは極力目立つことを避けるため、和彦もこの男も、今は地味な色合いのスーツを身につけている。
「休憩室を用意しています。そこで着替えを済ませてください。長嶺会長は現在、招待客の方々の挨拶を受けているところですので、まだ当分、時間がかかると思います」
「……そうですか……」
和彦自ら、守光に会いたいと望んでいるわけではないが、当然、そんなことを声に出して言うわけにもいかない。
男に伴われて歩きながら、和彦は控えめに視線を周囲へと向ける。黒をまとった男たちを少し落ち着いて観察してみれば、意外に年齢層が幅広いことに気づく。老年や中年といった年代の者が多いのは当然として、二十代や三十代に見える男たちも自然に場に馴染み、如才なく動き回っている。
さすがにこの距離では所属する組織を示すバッジは見えないが、総和会だけではなく、招待客が伴ってきた男たちも大勢いるだろう。十一の組で成り立っている総和会が主催する花見会は、人脈を広げるには絶好の機会のはずだ。なんといっても、長嶺守光によって吟味され、招待された男たちだ。この表現は変かもしれないが、身元はしっかりしている。
むしろ男たちにとっては、庭の隅を地味なスーツで横切る和彦が、怪しい存在に見えるかもしれない。気のせいではなく、探るような鋭い視線をちらちらと向けられているのだ。
ちなみに和彦は、守光から贈られた総和会のバッジを今日は持参していた。そうするよう、事前に総和会から連絡があったためだ。心情的に抵抗はあるが、着替えを済ませたあと、立場を明らかにするためにバッジをつけることになっていた。
庭に面した渡り廊下に沿うように歩いていると、敷地のどの辺りなのか見当もつかないうちに、きれいに払い清められた正面玄関へと出る。すでに門はしっかりと閉ざされ、外の厳重すぎるほどの警備の様子をうかがい知ることもできない。開放的だった自然公園とは対照的に、ここは庭や屋敷を含め、敷地はすべて高い塀に囲まれているのだ。
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